[CML 064966] 中国による「債務の罠」は虚構である

yorikazu shimada ningen @ hotmail.com
2022年 7月 19日 (火) 20:29:04 JST



https://www.theatlantic.com/international/archive/2021/02/china-debt-trap-diplomacy/617953/


中国による「債務の罠」は虚構である

その言説は、中国とその取引先である発展途上国の両方を誤って描写している。

デボラ・ブローティガム/メグ・リスマイア
2021年2月6日

中国は、貧しい国々に次々と借金をさせることで、支払うことができずほとんど利益をもたらさない高額なインフラを建設させているという話がある。中国の最終的な目標は、そうしたインフラを苦闘する債務国から取り上げることなのだと。世界中の国々がコロナウイルスの流行に対抗し、低迷する経済を強化するために借金を重ねているなか、このような差し押さえが実際に行われるのではないかという懸念が高まっている。

このように考えると、「一帯一路」で示されている中国の国際化は、単なる地政学的影響力の追求ではなく、ある意味では武器でもある。中国からの借金で重荷を背負った国は、マフィアから借金したギャンブラーのように、北京の操り人形となり、身動きが取れなくなる危険があるということになる。

その典型例が、スリランカのハンバントタ港である。北京は、商業的に成功する見込みのないプロジェクトのために、スリランカが中国の銀行からお金を借りるように仕向けたとされ、その過酷な条件と乏しい収入により、スリランカは最終的にデフォルトに陥ったという。そして、その時点で北京はハンバントタ港を担保として要求し、スリランカ政府は中国企業に経営権を明け渡さざるを得なくなったというのである。

トランプ政権はハンバントタ港を指して、中国による債務の戦略的利用を警告した。2018年には、マイク・ペンス元副大統領が、「債務の罠外交」と呼び(ペンスはこの言葉を政権末期まで使った)、中国の軍事的野心の証拠だとした。昨年、かつて司法長官だったウィリアム・バーは、この事例を挙げて、北京が「貧しい国に借金を負わせ、条件の再交渉を拒み、インフラそのものを支配している」と主張した。

スリランカの偉大な伝記作家の一人であるマイケル・オンダチェがかつて言ったように、「スリランカでは、よく語られた嘘は千の事実に値する」。「債務の罠」の言説がまさにそれで、強力な嘘なのだ。

私たちの調査によると、中国の銀行は既存のローンの条件を再構築することに積極的で、どの国からも実際に資産を差し押さえたことはなく、ましてハンバントタ港を差し押さえたこともない。中国企業がハンバントタ港の株式の過半数を取得したことは、教訓的な話ではあるが、よくある話ではない。ワシントンに新政権が誕生した今、世界中に広まり、おそらく意図的に誤解されているハンバントタ港の事態の真実を明らかにすることは急務である。

ハンバントタという街は、スリランカの南端に位置し、アジアとヨーロッパを結ぶ海上貿易のほぼすべて、そして世界の海上貿易の80%以上を占めるインド洋航路から数海里のところにある。中国企業がこの街の港の建設を受注したことは、欧米諸国との継続的な競合(しかし米国はほとんど放棄していた)の中に身を投じたということだった。

中国ではなくカナダ国際開発庁が、カナダの大手エンジニア・建設会社であるSNC-Lavalin社に出資して、同港の実行可能性調査を実施した。私たちは情報公開請求により、この調査の詳細が書かれた1,000ページ以上の文書を入手した。2003年に終了したこの調査では、ハンバントタ港の建設が実現可能であることが確認された。また、カナダ人が最も恐れていたのは、ヨーロッパの競合他社にプロジェクトを奪われることだったことが、裏付けとなる資料に記されている。SNC-Lavalin社は、スリランカ港湾局(SLPA)と「民間コンソーシアム」との間で、一括事業請負後譲渡方式を基本とした合弁契約を結んでプロジェクトを進めることを推奨した。これは、1つの企業体が港の立ち上げに必要なすべての手続きを請け負い、立ち上げた後にはその運営を行うというものだ。

そのカナダのプロジェクトは、スリランカの政治事情により頓挫してしまった。しかし、ハンバントタ港建設計画は、2005年から2015年まで大統領を務めたマヒンダ・ラージャパクサと、ハンバントタで育った弟のゴタバヤ(現大統領、元国防大臣)のラジャパクサ家の施政下で盛り上がった。彼らは、2004年に大津波がスリランカの海岸と地域経済を破壊した後の急を要する課題として、この地域に大型船が入れるようにすることを約束した。

私たちは、デンマークのエンジニアリング会社ランボル社が2006年に作成した2つ目の実行可能性調査を調べた。そこには、SNC-Lavalin社の計画と同様の提言がなされていた。プロジェクトの初期段階では、石油、自動車、穀物などの非ンテナ貨物の輸送をおこない収益を上げ、その後、従来のコンテナの輸送や保管に対応できるように港を拡張するべきだと主張していた。その頃、100マイル離れたところにある首都コロンボの港は、世界でつねに最も忙しい港の一つとして知られており、拡張されたばかりなのにすでにその限界を迎えていた。しかし、コロンボ港は都市のど真ん中にあるのに対し、ハンバントタは後背地があるため、拡張性・発展性に優れていたのだ。

当時のインド洋地域は、いたるところが成長を続けており、中産階級が拡大していた。インドやアフリカ中の家庭では、中国からより多くの消費財を求めていた。また、ベトナムのような国は急速に成長しており、より多くの天然資源を必要としていた。ハンバントタ港は、その存在を正当化するために、世界で最も忙しい積み替え港であるシンガポールを通過する貨物のほんの一部でも確保すればよかった。

ランボル社の報告書を手にしたスリランカ政府は、米国とインドに打診したが、両国ともノーと言った。しかし、スリランカ政府の希望を知っていた中国の建設会社である中国港湾社グループが、このプロジェクトを中国政府に強く働きかけた。そして中国輸出入銀行が資金を出すことになり、建設を中国港湾社が受注した。

これは習近平が「一帯一路」構想を打ち出す6年前の2007年のことである。当時スリランカは長い内戦の最後の、そして最も血なまぐさい局面にあり、世界は金融危機に向かっていた。詳細は重要である。中国輸出入銀行は、3億700万ドルを4年間の猶予期間付きの15年ローンで融資し、スリランカ政府に6.3%の固定金利か、LIBOR(ロンドン市場における銀行間取引金利)に応じて上下する変動金利のどちらかを選ぶように言った。スリランカ政府は、交渉中世界の金利が上昇傾向にあることを意識して、有利な条件を固定するため前者を選択した。そして港湾プロジェクトの第1段階は、3年以内に予定通り完了した。

税収不足に悩む紛争国にとって、融資の条件は妥当なものだった。スリランカ港湾局(SLPA)の前局長であるサリヤ・ウィクラマスリヤは、「紛争中に3億ドルもの商業融資を受けるのは容易ではなかった」と語っている。同年、スリランカは初の国際債を発行したが、その利率は8.25%だった。この2つの決断は、後になって政府を悩ませることになる。

そして2009年、何十年にもわたって繰り広げられてきたスリランカの内戦がついに終結した。勝利を手にしたスリランカ政府は、借金をして国のインフラを整備することに着手した。年間の経済成長率は6%まで上昇したが、スリランカの債務負担も同様に増加した。

ハンバントタでは、ランボル社が提言した第1段階の港の収益化を待たずに、マヒンダ・ラージャパクサ大統領が第2段階を進め、ハンバントタをコンテナ港に変えた。2012年、スリランカは中国輸出入銀行から7億5700万ドルを借り入れたが、今度は金融危機後の低金利である2%であった。ラージャパクサ大統領は、港の名前を勝手に自分の名前にしてしまった。

2014年になると、ハンバントタ港は赤字になった。もっと経験豊富な事業者が必要だと考えたスリランカ港湾局は、中国港湾社と中国の港湾運営大手・招商局グループとの間で、新港の開発と運営を35年間共同で行う契約を結んだ。中国招商局は、すでにコロンボ港で新ターミナルを運営しており、中国港湾社は14億ドルを投じてコロンボ・ポート・シティという、埋め立てを伴う金になる不動産プロジェクトを進めていた。しかし、弁護士が契約書を作成している間に、政変が起きていた。
                                                                                                  ラージャパクサ大統領は2015年1月にサプライズで選挙をおこないい、選挙戦の最後の数ヶ月で、保健大臣であるマイトリパラ・シリセナがラージャパクサに挑戦することを決めた。マレーシア、モルディブ、ザンビアの野党候補と同様に、現職者の中国との経済的関係や汚職疑惑が選挙戦の格好の材料となった。国中が驚いたことに、そしておそらく本人もそうだったろうが、シリセナは勝利した。

スリランカの対外債務の約40%を占める国際債の支払いが急増したため、シリセナ政権はすぐに財政難に陥った。シリセナが大統領に就任したとき、スリランカは日本、世界銀行、アジア開発銀行に対する債務が中国に対するものよりも多かった。2017年にスリランカが支払うことになる45億ドルの債務のうち、ハンバントタ港関連のものはわずか5%だった。ラジャパクサ、シリセナ両政権下の中央銀行総裁の意見はあまり一致してないが、ハンバントタ港、そして中国からの債務が国の財政難の原因ではないと私たちに語っている。

また、デフォルト(債務不履行)もなかった。スリランカ政府は国際通貨基金(IMF)からの救済を受け、必要なドルを調達するために、カナダ人が勧めていたように、経営不振のハンバントタ港を経験豊富な企業にリースすることにしたのである。公開入札は行われず、入札に参加したのは招商局と中国港湾社の2社だけだったが、スリランカは招商局を選び、99年リースの大株主となり、11億2,000万ドルの現金を中国輸出入銀行への支払いではなく、外貨準備の増強に使った。

コロンボを拠点とする独立系シンクタンク、ベリテ・リサーチのリサーチディレクター、スバシニ・アベイシンゲは、港湾問題が発生する前には「スリランカがインド洋に沈んでも、欧米諸国のほとんどは気づかなかっただろう」と語った。 突然、ワシントンの外交政策演説でその島国が取り上げられるようになった。マイク・ペンスは、ハンバントタが中国の「前方軍事基地」になることを懸念した。

しかし、ハンバントタの立地がもつ戦略的重要性は、ビジネスにかんしてだけである。ハンバントタ港は、インド洋の激しいうねりを避けるために海岸に切り込まれており、その狭い水路にはタグボートの助けを得て一度に1隻の船しか出入りできないようになっている。 軍事衝突が起きれば、そこに駐留する艦艇は「樽の中の魚」だ。

「債務の罠外交」というのは、中国を狡猾な債権者とし、スリランカのような国をだまされやすい被害者とする考え方である。しかし、よく考えてみると、状況ははるかに複雑である。中国の対外進出は、国内の発展と同様に、探究的で実験的なものであり、頻繁な調整を伴う学習プロセスである。たとえば、ハンバントタ港を建設した後、中国の企業や銀行は、強い指導者は打倒されてしまうものであり、そうした政治的リスクに対処するための戦略を持っていた方が良いということを学んだ。彼らはいま、その戦略を練り、ビジネスチャンスを見極め、勝てないと判断した場合は撤退するようになっている。一方、米国の民主・共和両党の指導者や評論家は、中国の「現代の植民地主義」について演説しているのである。

この20年間で、中国企業は、ヨーロッパが支配したままの国際的な建設ビジネスでどのように振る舞うすべきか、多くのことを学んできた。 世界の建設会社トップ100社のうち、中国は2000年の9社から27社に増えたのに対し、ヨーロッパは41社から37社に、米国は20年前の19社から7社に減った。

中国資本の事業で利益を得ているのは、中国企業だけではない。ハンバントタ港の一件で、スリランカの投資、援助、資本提携の訴えを何度も断ってきた地域大国インドほど危機感を持った国はないだろう。インドの企業メグラジは、英国のエンジニアリング会社アトキンスと国際コンソーシアムを組み、ハンバントタ港の長期計画と新しいビジネス区域の開発計画の作成をおこなった。フランス企業であるボロレやCMA-CGMは、招商局や中国港湾社と提携して、ナイジェリアやカメルーンなどの港湾開発をおこなっている。

中国による「債務の罠」という虚構の反対側には、債務国がある。スリランカをはじめ、ケニア、ザンビア、マレーシアなどは、地政学的なゲームに慣れ親しんでいる。彼らは、自分たちが中国に簡単に騙されたという米国人の見方に腹を立てている。マレーシアのある政治家は、匿名を条件に、同国の政治ドラマに中国資金がどのように登場しているかについて語ってくれた。「米国務省は、相手が中国の奴隷であるというキャンペーンのレトリックと、実際に中国の奴隷であることの違いがわからないのか?」

中国企業がスリランカの港の過半数の株式を取得するに至った出来事は、世界がどのように変化しているかについて、多くのことを明らかにしている。中国や他の国々は、互いに交渉することでより洗練されてきている。米国が彼らと一緒に学ぶことができないとしたら、それは恥ずかしいことだ。

デボラ・ブラウティガムは、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院のバーナード・L・シュワルツ教授(国際政治経済学)。 メグ・リスマイルは、ハーバード・ビジネス・スクールのF・ウォーレン・マクファーラン准教授。




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