[CML 061358] 学問の自由を巡るある国際的な議論について

kodera @ tachibana-u.ac.jp kodera @ tachibana-u.ac.jp
2021年 4月 14日 (水) 17:05:43 JST


皆様
小寺です
日本学術会議任命拒否問題で改めて「学問の自由」とは何かが問われています。
それは歴史認識の問題でも問われることです。今世界で起きていることを、ご存
知の方もいると思いますが紹介させていただきます。長文になりますがお許しく
ださい。

3月22日の参議院文教科学委員会で次のやり取りがなされました。
自民党有村治子参院議員の質問:
「自然科学であれ人文科学であれ、またどのような立場を取るにせよ、学術的探
求や学術的成果の発表方法、表現については、法律や公序良俗に反しない限り最
大限尊重されるべきだと考えます。根拠のない係争や感情論ではなく、論拠を明
示せねばならない学術論文に対する反論や批評は言論においてなされるべきだと
考えます。様々な視点や意見を持つ人々がそれぞれフェアプレーの精神で論陣を
張り、そして複眼的な検討を経てより説得力のある真実を見出していくことこそ
学問や研究の強さであり、強靱さであり、民主主義の発展につながる尊い対話だ
と考えます。日本の文部科学行政をつかさどるトップとしての文部科学大臣のご
所見をうかがいます」
萩生田文科相野答弁:
「研究者が外部から干渉されることなく自発的かつ自由に研究活動を行い、その
成果を自由に発表することは尊重されるべきと考えています。なぜなら、それぞ
れの研究者が自発的かつ自由に研究活動を行い、互いに競い合うことで真理に近
づくことができるということを私たちは歴史から学んできたと思うからです。し
たがって、ある研究者の研究成果に対する批判は、他の研究者の別の研究成果に
よって行われてこそ意義があるものになると思っております」

これを読まれてどう思われますか。おかしなことは言っていないと思われる方も
多いと思います。
しかしこれはハーバード大学のラムザイヤー教授の2020年12月の論考、”
Contracting for sex in the Pacific War”(太平洋戦争における性契約)が、
International Review of Law and Economicsに掲載されたことを巡る国際的な
論争に対する日本政府の立場の表明なのです。
この論文は、日本軍「慰安婦」は売春宿の業者と自発的に交渉を行い契約を結ん
だとし、「ゲーム理論」に基づきその「契約」を論じるというもので、ラムザイ
ヤー氏は「慰安所」の制度の責任はあくまで朝鮮人業者にあり、日本軍や政府に
はないとしています。
しかし氏の論文には、その根拠となる契約書などの証拠が一切示されていません。
それに対してUCLAのチェ教授をはじめとした経済学者らによる連名の書状が出さ
れ、ノーベル賞受賞経済学者を含む3000名が賛同しています。
その中で「この論説は、これらの若い女性や少女が耐え忍んだ過酷な状況がゲー
ム理論の手法を使って理解できるものであると主張する事により、上記経済学の
学術誌とおよび学問分野としての経済学双方の評価をおとしめている。」
「我々は学問の自由に尽力している。経済学者として我々が最も憂慮するのは、
この論説が経済学の言語を利用し一切根拠のない歴史的主張を試みている点だ。
我々はインターナショナル・レビュー・オブ・ロー・アンド・エコノミクスの編
集者一同に対し、必要なあらゆる是正手段を用いて以下に述べる憂慮点に対処す
る事、また掲載決定の過程と学術的基準について説明する事を要求する。我々の
学問分野には学術的および倫理的な基準が維持されるべきであると我々は考える。
」

このように世界の経済学者や歴史学者がこれは学術的に見て論文に値しないとそ
の撤回を要求していることに対して、「撤回ではなく論戦するべきだ」と日本政
府が主張することは学術への政治的介入に他なりません。
ハーバード大の教授が従軍慰安婦問題で日本政府の責任はないと語ったことをこ
の間産経新聞などは日本政府の立場を支持する学者の見解として大きく報じまし
た。それが撤回されることに危機感を持った人々や自民党の一部議員がSNSで発
信しています。自民党山田宏議員は「日本政府は、ラムザイヤー教授を不当な集
団暴力から断固守るべきと考えます。外務省と対応いたします」とツイートし、
学問の世界の議論に日本政府が介入することを求めているのです。
この文脈で上記の国会議論もなされました。有村氏はこの質問の前にラムザイヤ
ー論文発表後、米国や日本、韓国において撤回要求の動きがあることにふれたう
えで上記の質問をし、羽生田大臣もそのことを意識して答えたのです。
学術的に不完全で実証性がない論文の撤回は「学問の自由」を守る上で重要です。
もちろんきちんとした証拠に基づいたものであれば、その内容や結論が異なるか
らと言って論文自体を撤回させることは誤りです。いずれにせよ、それは国際的
な学術コミュニティの中の論争を通じて解決されるべきことであり、日本政府が
介入することではありません。
羽生田大臣も直接ラムザイヤー論文に言及はしていませんが、この文脈の中では
「ラムザイヤー論文の発表を阻止する行為には反対だという立場を明快に示した
答弁だった」(古森義久麗澤大特任教授)のように見られかねません。
この問題は世界で今進行中です。
学術への政治の介入を考える上でもぜひ注目していただければと思います。

参考資料

J.MarkRamseyer ”Contracting for sex in the Pacific War”
International Review of Lawand Economics 
http://chwe.net/ramseyer/ramseyer.pdf

「太平洋戦争における性契約」について憂慮する経済学者による連名書状 
http://chwe.net/irle/letter/japanese.shtml

Jeannie Suk Gersen 「慰安婦の真実を追い求めて」
ニューヨーカー誌 March 13, 2021
https://www.newyorker.com/culture/annals-of-inquiry/seeking-the-true-story-of-the-comfort-women-j-mark-ramseyer-japanese-translation



山口智美モンタナ州立大学教員「ハーバード大教授の『慰安婦』論文が、世界中
で「大批判」を浴びている理由」
21.4.10 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/82049?page=1

古森義久麗澤大学特別教授「米国『慰安婦論文』への抑圧に日本政府も反対表明」
21.3.31 https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64718











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