[CML 055901] <「いつになったら わかるのだろう」 ピート・シーガーさんが作った「花はどこへ行った」の訳詞日本語歌詞は、阪大ニグロさんの訳詞が、私は一番しっくりきます。今日5/26大阪で中山一郎さんが、阪大ニグロとノーニュークスシンガーズの演奏について語ります。>
京都の菊池です。
ekmizu8791 at ezweb.ne.jp
2019年 5月 26日 (日) 08:41:18 JST
<「いつになったら わかるのだろう」 ピート・シーガーさんが作った「花はどこへ行った」の訳詞日本語歌詞は、
阪大ニグロさんの訳詞が、私は一番しっくりきます。
今日5/26大阪で中山一郎さんが、
阪大ニグロとノーニュークスシンガーズの演奏について語ります。>
https://www.freeml.com/kdml/11954
転送転載歓迎
京都の菊池です。
ピート・シーガーさんが作った
「花はどこへ行った」は、
日本では、
おおたたかしさんの訳詞による日本語歌詞が定着しているそうです。
(花はどこへ行った/うたごえサークルおけら
http://bunbun.boo.jp/okera/haho/hana_dokohe.htm
で、読めます。)
しかし、
私は、学生時代に、
阪大ニグロさんの訳詞による「花はどこへ行った」の日本語詞を知って、
ガツンと来ました。
この歌の内容、そして、それをきちんと伝える阪大ニグロさんの訳詞に、魅了されました。
それ以来、私にとって大切な歌です。
「花はどこへ行った」について作られたテレビ番組の紹介文を発信された方が、その番組の内容とともに、
原詞と、阪大ニグロさんの訳詞を紹介しています。
そこから、
阪大ニグロさんの訳詞をはりつけます。
紹介--世紀を刻んだ歌 『花はどこへいった~静かなる祈りの反戦歌』
http://www.jca.apc.org/stopUSwar/notice/music2.htm
より
どこへ行った 野に咲く花は
どこへ行った あの花は
どこへ行った 娘たちが摘んだ
いつになったら わかるのだろう
どこへ行った あの娘たち
どこへ行った 娘たち
どこへ行った 若者たちのもとへ
いつになったら わかるのだろう
どこへ行った 若者たちは
どこへ行った あの若者
どこへ行った 戦争に行った
いつになったら わかるのだろう
どこへ行った あの兵士たち
どこへ行った 兵士たち
どこへ行った あの墓の下に
いつになったら わかるのだろう
どこへ行った 兵士たちの墓は
どこへ行った あの墓は
どこへ行った 野辺の花になった
いつになったら わかるのだろう
どこへ行った 野に咲く花は
どこへ行った あの花は
どこへ行った 娘たちが摘んだ
いつになったら わかるのだろう
本日5月26日日曜日、大阪で行われる
歌とトークでつなぐ非核・平和のつどい
日時:5 月26日(日) 午後1時半~4時半
場所:ドーンセンター(1F パフォーマンス・センター)
大阪市中央区大手前1丁目3-49
参加協力券 一般1000円 ほか
主催:非核・平和のひろばーノーモア・ヒバクシャ核廃絶をー
問い合わせ:072-253-0524(定森)
にて、
「花はどこへ行った」を含め、
阪大ニグロとノーニュークスシンガーズの「反戦・平和」「反核・反原発」の活動が、
映像で紹介されます。
詳しくは、
中山一郎さんのフェイスブック
https://www.facebook.com/profile.php?id=100000478495050
を参照ください。
中山さんは、
阪大ニグロとノーニュークスシンガーズ
の演奏をユーチューブに、順次アップされています。
その何曲かを、紹介をまとめた方がおられます。
よろしければ、ほかの歌も聞いてみてください。
#湘南Theo No.462 「阪大ニグロ」の歌声がユーチューブで聴ける - 湘南Theoの平和のページ・ブログ - Yahoo!ブログ
https://blogs.yahoo.co.jp/heiwanochikai1/14610431.html
中山一郎さん自身も、
フェイスブック
https://www.facebook.com/profile.php?id=100000478495050
に、歌の紹介を
例えば、
○「https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=3073918335967419&id=100000478495050&sfnsn=mo
昨年4/20にYouTubeに公開した、詩人の小島 力さんの『原発下請労働者』(1980年作=下掲)を原詩として、「日高反原発闘争」の真っ只中の1984年に私が歌った『俺は のむ』の視聴回数が、本1/8(火)、1,200回!を超えました。
https://youtu.be/zER4LBZ0l5U 。お聴きいただいた皆さま、誠に有り難うございました。
1日に数千人が投入される、「使い捨ての雑巾」としての「原発下請け労働者」・・・。「1年間で50ミリシーベルト/5年間で100ミリシーベルト」の”特攻!”を強いられる「フクシマ」の現実は、もっともっと苛烈!なものでありましょう。 そして、全てが、「アンダー・コントロール」・・・!?
皆さま、引き続きお聴きいただければ幸いです。 」
○「 https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=3237174742975110&id=100000478495050&sfnsn=mo
昨年5/27に公開した、1982年12月に私が歌った『オモニ あいたい』 (原題: 故郷と引き離されて https://youtu.be/_8kvlSdyMVc )の視聴回数が、本3/21(木・祝)、800回!を超えました。 お聴きいただいた皆さま、誠に有り難うございました。
この曲は、戦時中に強制連行され、筑豊の豊州炭鉱で働かされた朝鮮人炭鉱夫が、現場監督(皇民化政策で「日本人」にさせられた朝鮮人なのです!)に気取られないように密かに歌い継いだ地底の歌で、この曲を公にした原唱者の安龍漢(アン・リョンハン)さん(故人)は、1943年2月、17歳の時、故郷の慶尚北道(朝鮮半島の南東部)の山中で、突然! (オモニに会えることも無く!)強制連行されました。
★この曲を歌うに当たっては、果たして私が歌ってもイイものだろうか・・・?、という大~いなる!ジレンマがありました。原唱者・安さんの方がイイに決まっているからです・・・。 ただ、安さんの原唱は「公開」されていませんので、「誰かが曲の存在そのものを紹介しなければ・・・」との考えで、敢えて私が歌ったという次第です。
この曲は、朝鮮半島にご縁の皆さんは言うに及ばず、日本の、特に若い!皆さんに、「歴史の真実」として聴いて欲しいと切念!しています。
劣悪極まりない暗い地底での、仲間への友情と連帯、そして、現場監督への「死を賭した抵抗」の原風景が私の目の中に滲んでいます。
皆さま、引き続きお聴きいただければ幸です。」
というふうに、
書いていっておられます。
よろしければ、これも、読んでいってみてください。歌を聞いてみてください。
*追記
『関西フォークの歴史 BOX』
http://enken.com/museum/record/hensyu/2006_kansaifolknorekishibox.html
にも、収録されているように、
阪大ニグロさんによる、
「花はどこへ行った」は、
URC レコードから出たレコードにも、収録され発売もされたのですが、
(URC レコードについては、
URCレコードとは | URCレコードカタログ紹介
http://urc.ponycanyon.co.jp/urc.html
を参照ください)
すてきな、日本語訳詞であり、すてきな演奏なのに、
あまり知られていません。
京都の菊池です。の連絡先
ekmizu8791あっとezweb.ne.jp
(送信の時は、あっとを@に変更して送信してください)
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