[CML 055397] 「靖国・戦争・『国』・天皇を考える」ゼミのテキスト

masuda miyako masuda_miyako1 at hotmail.com
2019年 3月 28日 (木) 09:35:43 JST


皆さま
 おはようございます。増田です。これはBCCでお知らせしています。重複・超長文、ご容赦を!
天皇代替わりを考えるのに、この添付テキスト※にある史料は参考になるのではないかと思います。
      ※本MLは添付できないので、見たい方は個人メールをください

 これは、某予備校において3学期、件名テーマで5コマのゼミを行った際、私が作成したテキストです。

 実は、去年までは、もうちょっとはユトリがあったんですけど、少子化や通信高校の増加で生徒が減った
ため、講師陣は一律コマ数を2割減らされてしまいました。私は単価を下げられても、もうちょっと時間が
欲しいんですけど、言い出すわけにいかず(笑)甘んじてます。

 ゼミ5コマって、ホント、厳しくて…ここに3回分のテキスト(資料)を紹介しますが、18年度は靖国神社と
慶応大日吉キャンパスにある旧海軍司令部地下壕跡の見学を中心に組みました。つまりは座学は3コマ…

 「現天皇の退職・新天皇の就任」興業で、アベ日本会議政府・マスゴミあげて大騒ぎしていますが、韓国
の国会議長が言うように明仁天皇は「最高戦犯の息子」であり、徳仁さんが天皇になれば「最高戦犯の孫」
という歴史に刻まれた事実は消しようがありません。

 今、そんな歴史事実を作った明治薩長成り上り政府と統治権の総覧者にして大元帥が、「平和・民主主義・
基本的人権」を求める日本「国民」を圧殺した歴史を直視する必要が、主権者日本国民にはあると思います!

(1)第1回テキストは「靖国神社のHPに、いかにウソがシャーシャーと書いてあるか」を中心に説明。太字
部分がミソ!(笑)

 「国のため」というけど、「どんな国のため」だったかは全く、問うことがない…明治薩長成り上り政府が作った「国」
は「『天皇が絶対の大権を持つ無民主主義・無基本的人権』国」で、名称を「大日本帝国」といいました。そういう
「国のため」に命を捨てさせられる、そういう「国」だったという事実、そういう「国」が「大日本帝国」だったので、今の
「国民主権・民主主義・基本的人権尊重」の「日本国」という「国のため」では全くなかった、という決定的な「国」
の違いを無視する、ということを説明。

 また、賊軍とされた会津の戦死者等「佐幕」と見られた武士たちは「尊い生命を捧げられた方々」には入れても
らえてない、西郷隆盛も賊軍として死んだので入れてもらっていない、という事実は全く無視して「差別がない」なん
ていえるのだろうか? という疑問も投げかけます。

 で「共同体のために尽くした死者の御霊を神として祀り崇敬の対象とする文化・伝統」なんて、全くウソであること
も説明します。そんなもんは薩長成り上り政府が明治になってから作ったものですよね…江戸時代までは、神話上の
神さん…大国主とか天照とか、地元の神さん…を除いては「死者の霊」を神さんとするのは菅原道真が典型で非業の
死を遂げた人物に祟られるのが怖くって、神さんに祭り上げたわけで…

 それに天皇一族だって、ず〜〜っと神仏混淆で仏式で弔い、死者は「仏になる」ように敵味方を問わず菩提を弔う、
ってのが「日本の良き伝統」だったわけで、その良き伝統を破壊したのが「靖国」なのだ、という事実を確認します。

 だいたい、幕末・明治まで「共同体のために尽くした死者の御霊を神として祀」った神社なんて、どこにありますか?「死
亡したらその人間の御霊を神さんにする」なんて、トンデモの思い上がりですよね…

 そして、WIKIを利用して(笑)、死者の数と戦争・事変を確認。全部は終わりませんでした。

(2)第2回は、靖国神社・遊就館の見学
 私は、何度行っても息苦しくなって最後は窒息しそうな感じになって困ります。人の命を捨てさせたことに対して、ちっとも
「悼む」という気持ち(心・感情)が無い軍事博物館…

 日露戦争を「白人大国を破った戦争」「ロシアに圧迫されていた国の人たちや植民地支配されたアジア人を喜ばせた戦
争」としてアベが「戦後70年談話」で言っていた、日本会議の連中が大好きな語り口が、なんともあけっぴろげに展開してあ
ります。

 初めて靖国神社に行った生徒たちの感想は「もう少し厳粛な雰囲気があるかと思ってたけど、なんだか、違う感じだった」と
とっても健全な感想を出してくれました! 「厳粛な感じ」というのは「『戦死者を心から悼む』という雰囲気」のことを言ってい
るんじゃないかと思います。

 なにしろ、靖国神社・遊就館というところは「戦争は良いことだ!」「戦争で死ぬのは立派なことだ!」がコンセプトで、なんだ
か「明るい」んですからねぇ…出入り口のお土産屋さんも、とっても明るいし(笑)!?

(3)第3回は、,海寮鏤犲圓燭舛蓮岷冦遏扮冤此法殉国者」?か 「大日本帝国によって戦場に引き出され殺された犠
牲者」か?◆,海寮鏤犲圓燭舛「現在の平和で繁栄した日本の基礎」なのか? について、正確に考えることができるよう
に江口圭一先生の『日本の侵略と日本人の戦争観』(岩波ブックレット)から、英語圏の4つの、日本語で言う「国」に対
照する言葉の存在を先ず、紹介。

 「現在の平和で繁栄した日本の基礎」を作ったのは、大日本帝国の侵略戦争に反対し「民主主義の国・基本的人権が
尊重される国」を求めたために、大日本帝国政府に殺された人たち・弾圧された人たちだ、と確認。

 安倍が大好きで靖国の神さんに収まっていて、かつ、明治になって作り上げられた単体の神社もある吉田松陰の侵略思想を
確認。

 それから、ネールの当時のリアルタイムの「日露戦争認識」を見ます。当時のアジア人にだって「日露戦争で、最初は『日本の勝
利』を喜んだけど、直ぐに『少数の侵略的帝国主義諸国のグループに もう一国を加えたというにすぎなかった。その苦い結果を、
まず最初になめたのは、朝鮮だった。」という事実を看破されてしまっていた、と確認します。

  それから、南京大虐殺について、日本軍の戦闘詳報など、たくさんの物的証拠があることを確認。で、欧米との戦争に至る
会議録に「アジアの植民地を欧米から解放する」なんて方針は一字も無いこと、御前会議は昭和天皇に事前に許可を得たもの
だけが出ることを確認。

(4)第4回は、明治薩長成り上り政府を支えた福沢諭吉のトンデモ侵略・ヘイト思想を批判した吉岡弘毅と日清戦争に反対
した勝海舟の言説を先ず紹介。

 吉岡は福沢を「掠奪主義」と喝破し「我日本帝国をして 強盗国に変ぜしめん と謀る者なり」であり、それは「徒らに怨を四隣
に結び 憎を万国に受け 不可救の災禍を 将来に遺さんこと必せり」と、まさに、明治薩長成り上り政府が作った大日本帝国
による掠奪主義・侵略主義の「災禍」が現代日本社会にまで及ぶことを予言していました。

 それから、靖国の大部分の「神」を生産した(?)太平洋戦争に至る経過、なぜ、降伏をズルズルベッタに延ばして徒に「特攻」という
自殺攻撃を若い人たちに強制したか、を見ます。大元帥昭和天皇はじめ当時の「帝国日本」の陸海軍指導者たちの、あまりの無責
任、他人の命を失わせることに対する全くの無感覚には何度見ても暗澹とします。

 最後にどうしても生徒たちに紹介しておきたかったのは渡部良三さんの『小さな抵抗』という、実に大きな抵抗です。「捕虜虐殺」の
上官命令に、どんな拷問を受けても服さなかった人が、あの時代・あの戦争中の日本人の中に最低一人は存在した!!! という事実…

 三国連太郎さんは「徴兵忌避をしようと逃げたけれど、実母の密告によって憲兵につかまり、大陸に兵として送られながら、一発の
銃弾も撃たず、日本に帰ってきた」ということを聞いてます。渡部良三さんまで行かなくとも、自分の人間としての良心に恥ずる行為は、
戦争の中でもしない、ということを貫いた日本人をこそ「誇り高い日本人」として生徒たちに伝えるべきだと私は思っています。

(5)第5回は、慶応日吉キャンパスにある海軍司令部地下壕を「日吉台地下壕保存の会」
(公式HP http://hiyoshidai-chikagou.net/)
のスタッフのご案内で見学。月2回(第2水曜・第4土曜日)に催行されています。

 ブロックの厚さが40センチ!? もある実に堅牢な地下壕でした…ここに海軍連合艦隊司令部が移転してきたのは1944年7月サイパン
陥落により「絶対国防圏」が破られて以降です。サイパン陥落ということは、つまりは「絶対にもう連合国軍には勝てない、勝利の見込み
はない」ということが明確になっていた、ということです。

 それでも、昭和天皇は「降伏」をする意思は無く、当然、部下たちには夢にも考えられず、安全な日吉に地下壕を作り、若者たちに
「特攻」死を繰り返し命じたのです。

 本当はもう一コマで、まとめをしたかったところですが、「大日本帝国」と「日本国」とは、全く「国柄・国のかたち」が正反対の「国」なのだ、
ということ、そして「命を守ること=人権を守ること」ということを、生徒たちが考える機会にしてくれたら! と期待しています。




史料の原文は国会図書館のコピーサービスを使いました。このサービス、とってもありがたいです。




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