[CML 053791] 沖縄が押し付けられてきた「『戦後の国体』が抱える矛盾」とは?<白井聡氏>

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2018年 9月 27日 (木) 17:53:53 JST


沖縄が押し付けられてきた「『戦後の国体』が抱える矛盾」とは?<白井聡氏>
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月刊日本編集部

2018.09.27

 今週末に迫った沖縄県知事選。オール沖縄側候補の玉城デニー氏と与党側の佐喜真淳氏の事実上の一騎打ちとなっているが、その結果は今後の沖縄だけでなく国政にも影響を与えるものとして注目されている。
 そんな中、翁長雄志県知事はどのような意志を持って沖縄県政に挑んでいたのか。沖縄が押し付けられていた「戦後の国体の矛盾」とは何なのか?
『月刊日本10月号』に掲載された『国体論 菊と星条旗』(集英社新書)の著者であり気鋭の政治学者である白井聡・京都精華大学人文学部専任講師の論考をお送りしたい。

翁長雄志知事の生き様


―― 沖縄県の翁長雄志知事が亡くなりました。4年に及ぶ翁長県政をどのように評価していますか。
白井聡氏(以下、白井):翁長氏は沖縄県知事に就任して以来、強固な意思を持って辺野古新基地建設を食い止めようとしてきました。その激務とストレスが命を縮めることにつながったのだと思います。その意味で、翁長氏の死はまさに壮絶な死と呼ぶべきであり、その生き様、死に様には人の胸を打つものがあります。




 https://hbol.jp/wp-content/uploads/2018/09/41D4iJJf8bL._SX308_BO1204203200_-186x300.jpg 『国体論 菊と星条旗』(集英社新書)
 この間、翁長氏は私たちが耳を傾けるべき発言を多く行ってきました。たとえば、2015年に菅官房長官と会談した際には、「安倍総理が『日本を取り戻す』というふうに、2期目の安倍政権からおっしゃっていましたけど、私からすると、日本を取り戻す日本の中に、沖縄は入っているんだろうかなというのが、率直な疑問です」、「『戦後レジームからの脱却』ということもよくおっしゃいますけど、沖縄では戦後レジームの死守をしているような感じがする」と述べています。
 これは私が「戦後の国体」と呼ぶものに対する根源的な異議申し立てです。『国体論 菊と星条旗』(集英社新書)で論じたように、戦前の日本は「天皇陛下がその赤子たる臣民を愛してくれている」という命題に支えられ、その愛に応えることが臣民の義務であり名誉であり幸福であるとされました。ここでは天皇に支配されているという事実が否認されています。これが「戦前の国体」です。
 戦前の国体は敗戦を機に再編成され、かつて天皇が占めていた位置をアメリカが占めるようになります。その結果、戦後の日本では「アメリカが日本を愛してくれている」という命題が支配的になり、日本がアメリカに従属している事実が否認されることになりました。この特殊な対米従属レジームこそ「戦後の国体」です。
 この戦後の国体は天皇制の存続と平和憲法、沖縄の犠牲化の三位一体によって成り立っています。
 マッカーサーは日本の占領を円滑に進めるために天皇制を存続させようとしましたが、そのためには徹底的な非軍事化を打ち出さなければなりませんでした。というのも、世界中で多くの人たちが「ヒトラー、ムッソリーニに比すべきヒロヒト」と考えていたからです。
 その一方で、アメリカは共産主義の脅威に対抗するため、日本を軍事要塞化する必要がありました。これが「戦後の国体」が抱え込んだ大いなる矛盾です。そこで、その解決策として、日本から沖縄を切り離し、米軍が完全に自由に使用できる「基地の島」と化すことにしたのです。
 ここには昭和天皇がアメリカに沖縄占領の継続を求めた「沖縄メッセージ」も関係しています。沖縄メッセージが実際にどれほど影響力があったのか十分には明らかになっていませんが、昭和天皇の考えは当時の日本の統治エリートたちの一般的な意思と合致しました。
 その結果、沖縄は日本国憲法もアメリカ憲法も通用しない、いわば無法地帯となりました。もちろん民主主義は存在せず、経済的繁栄からも取り残されました。
 このように、沖縄は「戦後の国体」の矛盾が凝縮された場所です。翁長知事にはそのことがよく見えていたからこそ、「戦後の国体」を正面から批判し続けたのだと思います。

沖縄を差別しているという自覚がない人たち


―― 翁長氏は沖縄の置かれた状況を打開するため、保守と革新が協力する「オール沖縄」を追求していました。これはこれまで誰もなしえなかった画期的な試みです。なぜ翁長氏にはこのような取り組みができたのでしょうか。


 https://hbol.jp/wp-content/uploads/2018/09/51bc1C53euL-182x300.jpg 『戦う民意』
白井:それは難しい問題ですが、翁長氏の著書『戦う民意』(KADOKAWA)には大変印象的な場面が描かれています。
 翁長氏は政治家一家に育ちますが、子供のころから隣近所や親戚が米軍基地をめぐり、「基地なしで生活ができるのか」(保守派)、「カネで魂を売るのか」(革新派)とののしり合い、憎しみ合う姿を見てきたといいます。
 この対立は非常にお互いを傷つけるものだったと思います。お互いの言い分にはそれぞれ一理あるからです。戦後の沖縄には基地経済に頼って生活を送らざるをえなかった時期がありましたし、同時にその基地が沖縄の人々を危険にさらしてきたわけです。
 翁長氏は早くからこうした対立に違和感を持っていたのだと思います。そして、いわゆる本土が、沖縄人同士がいがみ合う様を高みの見物で笑っていることに気づいたわけです。だから、この構造を壊さなければならないという決意で、オール沖縄を結成したのだと思います。


―― 翁長氏は『戦う民意』の中で、2013年に銀座でオスプレイ撤回のデモを行ったとき、ネット右翼からヘイトスピーチを浴びせられた経験について記しています。翁長氏はヘイトを受けたことに加え、道行く人たちがヘイトに何の関心も示さなかったことがショックだったと書いています。日本の中には間違いなく沖縄差別が存在します。
白井:在日コリアンに対する差別は広く知られているのに対して、沖縄に対する差別は無意識化されていると言えると思います。しかし、戦後の国体の矛盾を全て沖縄に押しつけておきながら平気でいられるのは、間違いなく沖縄差別があるからです。
―― 沖縄差別はネット右翼だけでなく、日本全体の問題です。かつて朝日新聞が那覇市長時代の翁長氏に「県議時代には辺野古移設推進の旗を振っていましたよね」と質問したところ、翁長氏が「苦渋の選択というのがあんた方にはわからないんだよ」と応じるということがありました。この朝日の記者の中にも沖縄差別が見え隠れします。
白井:まさにその通りだと思います。辺野古移設を拒むという決断も、受け入れるという決断も、どちらも不安と苦悩に満ちたものにほかならないわけです。そのことを理解していないから、立場の変更を変節だなどと言ってしまう。そもそも沖縄に苦渋の決断を強いてきたのは誰かということです。本土の人間は意識していようがいまいが、沖縄を抑圧する構造、すなわち「戦後の国体」の護持に加担しています。その自覚がないから、そのような質問をしてしまうのでしょう。本土の人々に翁長氏を変節だと批判する資格はありません。
 同じことは、これから行なわれる県知事選挙の結果についても言えることです。仮に、翁長県政を否定する選挙結果が出たときに、本土でオール沖縄に期待していた人々が何を思い、何を言うかが問題です。東京の政府は、一括交付金の削減など兵糧攻めまでやっているのであり、そしてその政府の政策を事実上支持しているのは、本土の人間なのだということを、一瞬たりとも忘れてはならないと思います。
オール沖縄の再活性化を期待


―― 翁長氏は亡くなる直前、今後の沖縄を担う政治家として自由党選出の国会議員である玉城デニー氏に期待していました。玉城氏についてはどのような評価をしていますか。
白井:私は玉城氏と面識がないので詳しいことはわかりませんが、玉城氏と長年付き合いのある元沖縄タイムス記者の渡辺豪氏が書いた記事によると、玉城氏は大変苦労された方だといいます。
 玉城氏のお父さんは沖縄駐留の米軍人でした。しかし、顔を見たことがないそうです。玉城さんは母子家庭で育ちますが、お母さんが住み込みで働いていたので、近所の知人のもとに預けられます。そのため、玉城さんは自分には実の母と育ての母、二人の母親がいると言っています。初めて実の母と一緒に暮らすようになったのは小学生に入ってからで、コザ市の長屋のようなところで生活していたそうです。
 玉城氏の生い立ちは戦後沖縄の一面を非常に雄弁に物語るものです。政治家一家に生まれ育った翁長氏の生い立ちも戦後沖縄を象徴するものでしたが、玉城氏はそれとはまた別の側面を象徴していると言えます。
―― 玉城氏は今後どのような取り組みを進めていくべきだと思いますか。


白井:玉城氏には翁長氏が作り、残したオール沖縄の枠組みを再活性化してもらいたいと思っています。正直なところ、翁長県政末期にはオール沖縄について悲観的な話ばかり聞こえてきました。
 もともとオール沖縄は「イデオロギーよりもアイデンティティ」という観点から、保守と革新が腹8分、腹6分をもって団結するという枠組みでした。しかし、裁判闘争では政府が勝利し、名護市長選で敗北するという具合に、状況はますます厳しくなりました。そうなれば士気も下がり、腹6分でまとまっていたものもまとまりにくくなります。それでもオール沖縄が瓦解しなかったのは、翁長氏という余人をもって代えがたいキャラクターがいたからでしょう。
 翁長氏が亡くなったいま、オール沖縄とは何なのか、保革をどうやってまとめるかということが改めて問われています。玉城氏には革新系と保守系の長所を伸ばし、短所を補い合うことで、強固な体制を作り上げてもらいたいと思います。
(8月27日インタビュー、聞き手・構成 中村友哉)
白井聡●京都精華大学人文学部専任講師、政治学者。1977年、東京都生まれ。おもな著作に『永続敗戦論―戦後日本の核心』(太田出版・石橋湛山賞、角川財団学芸賞受賞)など
<文/月刊日本編集部>
げっかんにっぽん●「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。
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