[CML 053590] 納涼会?ゲランてなによ香水か だいぶ違うな鵜飼哲と

大山千恵子 chieko.oyama at gmail.com
2018年 9月 3日 (月) 22:01:39 JST


 *とあるメーリング・リストから廻ってきた。前から知ってるけど出典を引用するのに困るよね。*
*左翼系って、能書きタレだから....うっとおしいこと極まりない。*
Against All Authority 第二回
≪アナキスト納涼会≫
反ファシズム闘争から68年5月へ――いま、ダニエル・ゲランを想起する
<https://twitter.com/against_all_A/status/1031457275104223233>
お話:鵜飼哲さん
2018年9月8日 土曜日 14時~17時
山谷労働者福祉会館
カンパ制 ※資料等、実費程度をお願いします

「壁の落書きの話しとか、まあどうでもいいでしょ。それより、もっと大事なことがあるんじゃないの?」
「大事なことって何?」
「いや、まあ、何だろ…」
1968年の運動についての話なんだけど。で、ダニエル ・
ゲランは『神もなく主人もなく』っていうアナキストのアンソロジーが有名なんだけど、68年の運動にもかかわっていた。当時65歳くらい。この人を通して、68年が象徴となっている運動について考えていきたい、というのが今回の主旨です。
ゲランについてもう一つ、焦点を当てたいポイントがあって、それは1930年代の反ファシスト闘争とのかかわり。ゲランの本でいうと、『人民戦線
革命の破産』とか『褐色のペスト』とかの頃。この頃ゲランは社会党の左派に属していて、アナキストではない。しかし彼の中にあるサンディカリスト的な経験、”絶対自由主義的傾向”が、ことあるごとに頭をもたげる様子が書かれていて、とてもいい。後者、『褐色のペスト』において、ゲランは1933年のドイツ、ヒトラーが政権を掌握し共産党が非合法化される頃に入り、生々しいレポートを残しています。1968年というのは第二次大戦終結の23年後。「たった23年か!」という感じじゃない?

そういうわけで、今年は68年から50周年ということだけど、ナチスの政権掌握から85周年ということも合わせて考えたい。ヨーロッパではここ数年、排外主義的なポピュリズムが台頭し、それがネオ・
ファシスト
運動の呼び水になっているらしいです。いまイタリアでは、路上でアフリカ系の移民を狙った暴力が頻発してたりして。日本での排外主義の動きも、この文脈で考える必要があるでしょ。

68年をゲランを通して見る、それはつまりある一つの確固とした視点、歴史的な文脈で68年を考えるということだと思うんだが、そういう集まりです。鵜飼哲さんが来て話してくれるんで、彼を囲んでその話からいろいろ考えられたらと思う。

アナキズム万歳!

◎鵜飼哲さんからのメッセージ
「フランスのシリア植民地支配を目撃して労働運動に飛び込んだゲラン。闘争の経験を通して彼はアナーキズムを選び取り、反ファシズムからレジスタンス、植民地解放闘争支援から68年5月、そして同性愛者解放運動へ――運動家、思想家、歴史家として彼が残した膨大な仕事から私たちがいま学べることはなにか。ともに考えていきましょう。」

画像、どうしよう。じいさんの探すの疲れた。
困ったときは、野枝!!!

画像は、伊藤野枝伝
<http://blog.goo.ne.jp/chieko_oyama/e/4317750ea39b50e07607de8c10e00cff>



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大山千恵子
ブログ 「千恵子@詠む...」 毎日更新http://blog.goo.ne.jp/chieko_oyama


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