[CML 054280] 「天皇制、メロドラマ、あるいは幻想の共同性」菅孝行  映画大学

大山千恵子 chieko.oyama at gmail.com
2018年 11月 19日 (月) 07:31:54 JST


 *このまえ詠んだ アンビシャス・ガール独立不羈なのだ 葉室麟かく「蝶のゆくへ」と
<https://blog.goo.ne.jp/chieko_oyama/e/f748d002e9f03b61c855c8ecd0c5d86d>**
だと、透谷って最低野郎だったなあ。* *でも、天皇制の撲滅が焦眉の課題だから行ってみようかなあ。*---- 以下 転載

*上映『北村透谷 わが冬の歌』(1977, 菅孝行脚本)*

*討議 菅孝行×日本映画大学・瀆神*
*「天皇制、メロドラマ、あるいは幻想の共同性」*
<https://www.facebook.com/events/274472879875559/?active_tab=about>
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

“暴動なき「激動」の時代に、歴史から何を学ぶか”

文学者・北村透谷が生きた時代は、文字通りこの国が急速に近代化していく道程、立憲君主制による政治体制が確立していく過程だった。透谷は、政治・社会運動と文学の筆で世の中と立ち向かう。

本作が公開された1970年代は、隆盛をきわめたニューレフト運動が後退の一途をたどり、テロやリンチ・内ゲバで自壊し、かつて燃え上がった運動の余燼がくすぶる時代だった。

両者の時代は、政治・文化・芸術の革命の時代であった。今を生きる私たちにとって現在の時代を俯瞰することはできないが、いま私たちはどのような時代に立ちあわされているのだろうか。2010年代という時代は、世の中が変わる分水嶺に立ちあわされていることにかわりはない。決して、この2つの時代と並置できるものではないが、対置して歴史から学び、2つの激動の時代と何かしらの鎹を得られる場を設定することはできるかもしれない。いまこそ、日本の近代史を俎上にあげて私たちは考える必要があるとおもう。

今年は明治150年、透谷生誕150年にあたる。この国の戦後史の転換点のいま、天皇代替わりと戦後憲法改正のいま、近代化に立ちあった透谷と戦後民主化の過程に立ちあった菅孝行たち安保闘争世代の激動のクロニクルに、芸術・政治などそれぞれの問題意識のアプローチをする結節点の場を設ける。

企画代表・藤田優

*『北村透谷 わが冬の歌』*
1977年 日本 104分 カラー ビスタ 35mm
製作:三映社 配給:ATG
企画:葛井欣士郎 製作:富山加津江
脚本:菅孝行 監督:山口清一郎
<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E6%B8%85%E4%B8%80%E9%83%8E>
撮影:田村正毅 照明:野村隆三 美術:育野重一 音楽:高橋悠治 録音:杉崎喬 編集:鈴木昌彦 助監督:崔洋一
出演:みなみらんぼう、田中真理、石橋蓮司 他

北村透谷(1868-1894)
思想家、詩人。1868年、小田原の没落士族の家庭に生まれる。81年、当時最高潮に達していた自由民権運動に触発され、その後急進化していく自由民権運動に地方民権家として加わるが、自由党左派大井憲太郎らが企図した朝鮮革命のための資金強奪を、同志の大矢正夫に誘われたのを契機に運動を離脱。以降、キリスト教の洗礼を受け、クエーカー派の平和主義運動に携わる。また、『文学界』創刊に携わり、詩・小説・文芸評論を執筆。主な作品に、大阪事件との関わりをうたい日本初の自由律による長編叙事詩『楚囚之詩』(1889)、壮大な宇宙感覚に終末観・厭世観を込めた劇詩『蓬莱曲』(1891)、親友・大矢正夫、恩師・秋山国三郎と過ごした八王子川口村の回想記『三日幻境』(1892)、評論に、木下尚江をして「大砲をぶちこまれた」と言わしめた『厭世詩家と女性』(同)など。『人生に相渉るとは何の謂ぞ』(1893)では批評家・山路愛山と文学の意義を論争し、「大、大、大の虚界を視よ」「空の空の空を撃ちて星にまで達せん」と主張した。やがてキリスト教的な生き方からも逸脱し、新たな演劇を志向し幾多の構想をしたが実現しなかった。94年、自殺。その功績は、当時の知識青年や島崎藤村に影響を与え、日本における近代ロマン主義の嚆矢とされる。透谷の再評価は戦後に本格化し、生誕100周年の1968年、世界的社会反乱の時代に最高潮に達した。

菅孝行(1939-)
思想家、劇作家。1939年、陸軍中将菅晴次の子として東京で生まれる。東大在学中から演劇活動を始め、62年卒業後、東映に入社。同年発表された新劇批判のマニフェスト「死せる芸術=新劇に寄す」は、「アングラ演劇を思想的に切り開いた画期」(扇田昭彦)とされる。加藤泰『真田風雲録』(1963)や内田吐夢『宮本武蔵
一乗寺の決斗』(1964)などの演出助手を手掛け、東映労組京撮支部書記長として奮闘。67年退社。以降、演劇、文学、映画、社会・政治思想など多様な領域で評論活動を展開。72年、演劇集団「不連続線」を結成。技芸を持たない者の表現の可能性を模索し、エスタブリッシュメントを超えることを目指した。同年に起きた連合赤軍事件の裁判には「連合赤軍公判対策委員会世話人」として参与。70年代前半から、ライフワークとなる〈天皇制〉の考察を始める。80年代、「反天皇制運動連絡会議」を結成。昭和記念公園、全斗煥・天皇会談、首相の靖国公式参拝、天皇在位60年記念祝典の反対運動を主導。その思想は反天皇制最大の理論的支柱として、当時の政治青年や社会運動家らに多大な影響を与えた。2014年、天皇制批判論を集成した『天皇制論集』第一巻(全三巻)が刊行。現在、『月刊コモンズ』に「天皇制と闘うとはどういうことか」、『映画芸術』に自伝「ことにおいて後悔せず」を連載中。今年11月、最新刊『三島由紀夫と天皇』(平凡社新書)が刊行。
*

透谷の自殺は私的な事件であると同時に歴史的な意味を付与されることになる。
問題なのは、これが一つの、前衛の物語りの範型として定着することである。じぶんがそこに立ち現れた世界を変えようとして想像力空間に生きることが、須らく上げ底された箱庭で悲劇を演じることになる。
あらゆる芸術的冒険やダンディズムはもちろん、政治的革命や一切の野心的企図に彩られた行為はことごとく箱庭のなかの、現実規定力無き茶番にされる。
挫折も転向も、また関係を断絶された場での主観的充足も非転向も茶番である。

菅孝行 「鎖錠されたラディカリズム」『情況』1994.8

*2018.11.24(土)*
12:00 開場
12:20 挨拶(10分)
12:30 上映『北村透谷 わが冬の歌』(104分)
14:15 休憩(15分)
14:30 討議 菅孝行×瀆神[藤田優、吉岡雅樹、前澤里紅]
16:30 終了

会場
*日本映画大学*白山校舎H211
川崎市麻生区白山2-1-1 2F
小田急線*「新百合ヶ丘」*駅 南口より徒歩約20分/バス約5分
新百合ヶ丘駅南口バスターミナル
■3番バス乗場 [新10] 「新ゆりグリーンタウン」行 [日本映画大学] 前
■6番バス乗場 [新15] 「大谷」行 [日本映画大学] 前
■7番バス乗場 [新17] 「聖マリアンナ医科大学」行 [日本映画大学] 前

無料

日本映画大学・瀆神
080-1321-7614
https://www.facebook.com/tokushin2017/



-- 
大山千恵子
ブログ 「千恵子@詠む...」 毎日更新http://blog.goo.ne.jp/chieko_oyama


CML メーリングリストの案内