[CML 051479] 故・塩見孝也さん「お別れ会」実行委員会に参加して
長船青治
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2018年 1月 15日 (月) 20:20:40 JST
皆様へ
この案内は、非公開型「9条改憲阻止の会」拡大運営委員会メンバーと公開型の「市民のML」に私的友人を加えた約700名宛に送信します。
同時に故人が公開日記を掲載していたミクシイに自動配信します。
またFB友達200名のみ閲覧可能なフェイスブックにも同時投稿します。
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第1回目は顔見せということでしたが、仕事の都合で欠席しました。
第2回目に参加したのですが、出席者は私を入れて6名でした。
9条改憲阻止の会で10年前にやった「生前葬」の実行委員会の人数の多さを思い出すとこの少なさはやや不安でした。
それは会場が「連合会館」で20万円超ですでに予約してあること。
酒代やつまみなど入れて経費200万円の予定で参加者が200名を下回った時は赤字分は実行委員で按分するというのも不安材料です。
それに塩見さんの遺影に私がSNSに掲載した3年前の清瀬市議選の後、新宿の純喫茶「西武」で撮影したものを
使いたいとの松平さんのリクエストに応えて引き伸ばして持参したのに、まむし氏が「こんな普通のジジイ顔ではあまりに塩見が可哀想だ。」と
言われて急遽ネットから拾い上げた中から40年前のまだ塩見さんの髪の毛が真っ黒でイケイケの頃の顔がいいということになって
何となくどうでもいいやという気分になって、私は初対面で75才のまむし氏の希望を立ててあげたのでした。
それでも生前の殊更晩年の2011年3月以降、東日本大震災緊急支援市民会議で行動を共にすることが多かった晩年の塩見さんの人柄を思うと
この「お別れ会」の実行委員として微力ながらお手伝いしたいと思います。
以下は呼びかけ文です。
添付ファイルを開けない方のためにテキストも貼り付けて置きます。
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「塩見孝也お別れ会」ならびに「時代を語る会」への案内状
塩見孝也さんが、2017年11月14日に心不全で亡くなりました。享年76歳でした。
塩見さんは1962年京大(文学部)に入学、京大、京都府学連で活躍しその後、三派全学連と第二次ブント結成に中心的役割を担いました。
そして、全共闘運動、70年安保闘争の過程で共産主義者同盟赤軍派を結成、議長として「大菩薩」「よど号」を主導し逮捕、
破防法も適用されて18年間にわたる獄中生活を送りました。
出獄後は「9条改憲阻止の会」の運動に参加するなどして、多くの方と交流しました。
また文筆活動を通して「革命の夢」を語り続け一生を終えました。
塩見さんといえば、やはり「赤軍派」問題です。
1969年に「前段階武装蜂起」を主張して無謀な局面突破を追求し、7/6事件で第二次ブンドを崩壊させ、後の連合赤軍事件への道を開いた事実を避けて通ることはできません。
それらは日本の地において、20世紀の革命運動の終わりを開く端緒となりました。
赤軍派を胚胎した第二次ブントの路線的根拠が問われた所以でもあります。
そうした事々をも含めて想い致しつつ、塩見さんのお別れ会を開催したいと思います。
第一部は「塩見孝也お別れ会」、第二部は「時代を語る会」とします。
彼との交流の濃淡を問わず、彼への評価の違いも問わず、多くの方々の参加を呼びかけます。
記
(第一部)「塩見孝也お別れ会」
日時・2018年3月4日(日)・午後2時〜5時
会場・連合会館
会費・1500円
(第二部)「時代を語る会」
日時・同上午後6時〜9時
会場・同上
会費・3500円(飲食あり)
(呼びかけ人)
新開純也(京大友人) 大下敦史(「情況出版」) 江田忠雄(9条改憲阻止の会) 渕上太郎(経産省前テントひろば)
山中幸男(救援連絡センター) 村田能則(元ブント)高原浩之(元赤軍派)
尚、大下さんは、本年1月3日、癌で亡くなりました。病床より、本会の成功のために心を砕いておりました。
「呼びかけ」は故人の強い遺志でした。ご冥福をお祈り致します。
連絡先 03-5213-3238(情況出版) 090-6481-6713(松平直彦)
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長船青治
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