[CML 048951] 前川喜平氏の記者会見を見て

久下格 kuge_on_cml at aoisora.org
2017年 6月 25日 (日) 15:04:08 JST


元国労組合員の久下です。IWJが流してくれた6月23日の前川前文科省次官の記者会見を見て、Facebook で公開した感想です。長文の投稿お許しください。
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● 個人の尊厳、国民主権 ●

 6月23日(2017/06/23)の前川喜平氏の会見はたくさんの人々に感銘をあたえ、ネット上でも様々な媒体が意見を表明しています。私にも触れたい点、書きたい点がたくさんあるのですが、ここでは前川氏が記者クラブの求めに応じて書いた「個人の尊厳、国民主権」という言葉について書きたいと思います。
 「個人の尊厳」という言葉も「国民主権」という言葉も中学校で習ったように思います。全ての個人がお互いを人間として尊重する「個人の尊厳」。「平和主義」「基本的人権の尊重」とともに日本国憲法の三大原則の一つである「国民主権」。何となく皆が、戦後日本ではあたりまえだと思っている原理、何もしなくても、空気のように私たちの社会を規定し続ける原則だと、大半の人々が思っている原理です。しかし、実際にはそうではない。この二つの原則を、建前ではなく本当の意味で社会を律する原理として確立するためには、国民(普段私は使わないのですが、ここではあえて「国民」)には不断の努力が、あるときには自分自身の人生を賭けた行動すら必要となる。そのことを前川氏は自らの行いによって私たちに示したと思うのです。

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 私は38年間、国家公務員をしていて、(中略)…仕事をする中で感じたのは「国家公務員が自分を捨てて仕事をし ているのではないか」「滅私奉公のようなことをしているのではないか」ということだ。それはいけないのではないか。国家公務員の仕事をしているとはいえ、 一人の人間として尊厳を持った存在ということを忘れないようにしなければならない。
 自分の信念、思想、信条、良心はきちんと自分自身だけのものとして持っていなければいけない。これが個人の尊厳ということを訴えた理由です。後輩の文科省職員に伝えたい言葉です。
 「国民主権」もそうです。国家公務員として、全体の奉仕者として仕事をする一方で、主権者の一人という国民の立場であるわけで、その立場でおかしいと 思ったことは、何らかの形でこれはおかしいと言わなければならないのではないか。(中略)…一人の個人であること、一人の国民であることを忘れないずに仕事をしてほ しい。これは後輩の国家公務員に贈りたい。
https://mainichi.jp/articles/20170623/mog/00m/040/022000c
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 ここには、権力の中枢、官僚のトップにまで上り詰めた前川氏が、なぜ今回、公の場で安倍政権の姿勢を批判する発言を始めたのか、そのおおもとにある考え方が示されていると思います。
 目の前で不正が行われているとき、それを正すことができずに目をつぶり、与えられた仕事をただ有能にこなすことで出世の階段を上がっていく、それでは「滅私奉公」ではないか。人間の尊厳がないがしろにされているのではないか。いや、自分自身で人間の尊厳をないがしろにしているのではないか。前川氏にとって「人間の尊厳」とは、「個人の権利が侵されない」という受け身の権利ではなく、人が信念、思想、信条、良心を持った一個の存在として能動的にふるまうことができるのかを問う、生き方の原理であると思います。省内で共有され、関係者すべてが存在を知っている文書がなかったことにされ、関係者すべてが知っている官邸の関与がなかったことにされる。それが権力の力で押し通される。それを黙って見過ごすしかない。そんな社会は「人間の尊厳」が保証されている社会だとは言えません。
 国民主権にも同じような意味が込められています。目の前で「あったことがなかったことにされ」、首相による友人への巨額利益誘導の疑いの濃い事態が進行しているのに、現に共有されている文書を政権がないことにしているのに、事実を公表できないとすれば、それは主権を持った者の振る舞いであると言えるのか。権力者に臆して黙り通し、自分の身の安全と自身の将来をはかるのは、主権を持った国民としての振る舞いではない。国民主権という原理もまた、何もしないでも空気のように存在する「与えられた権利」ではなく、一人一人が主権者として振る舞う努力を通して、本当のものにしていかねばならない、そうした権利として、前川氏はとらえていると思います。
 今、私たちは、こうした考えにもとづいて、権力の中枢と巨大マスコミが共謀した謀略報道の脅しにも負けず、人生をかけて発言した前川氏を、なんとしても守り抜かねばならないと思います。

ここで負けたら…、
「やっぱり、権力に楯突いてもいいことはない」という結果になってしまったら…、

 人間の尊厳も国民主権も、もっと言えば、私たちが学校で習ってきた民主国家日本のあり方は、あまりに空疎な建前になってしまう。いや、さらにもっと言えば、長く、あまりに空疎な建前になっていた、人間の尊厳、国民主権という原理、民主国家日本という原理を、前川氏は自分自身の人生を賭けた行いによって、いきいきとした原理として、公正、平等で民主的な社会を作るための原則として私たちの前に提示してくれたのだと言えます。
 今、問われているのは、私たち一人一人です。私たち一人一人が、人間の尊厳をかけて、主権の保持者としての責任をもって行動することができるのか。
 臨時国会を開催して全関係者の証人喚問を実施するために、加計学園問題の全容を解明するために、みんなが自らの持ち場で一歩前に踏み出そうではありませんか。

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久下  格 
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