[CML 048908] 元日本人慰安婦の回顧録:「オンナには地獄だった」-城田すず子さんのこと

りょうこ baffydct at gmail.com
2017年 6月 23日 (金) 12:57:16 JST


元日本人慰安婦 <http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B0%D6%B0%C2%C9%D8>
の回顧録:「オンナには地獄だった」-城田すず子さんのこと[image: Add Star][image: aed (green)]
<http://d.hatena.ne.jp/aed/>[image: hell7O] <http://d.hatena.ne.jp/hell7O/>
49[image: eigode-asobu] <http://d.hatena.ne.jp/eigode-asobu/>

Memoir of comfort woman tells of 'hell for women' (AP via
<http://d.hatena.ne.jp/keyword/via> China Daily - 2007-07-06 10:52) 元記事

http://www.chinadaily.com.cn/world/2007-07/06/content_911759.htm

元日本人慰安婦の回顧録:「オンナには地獄だった」

(以下の内容は、元記事にもとづいてStiffmuscleが編集したものです)

日本、館山。丘の上に立つ小さな教会、ふもとには様々な理由から自立が不可能になった女性のための居住施設「かにた婦人の村」がある。天羽道子シスターの後に従い、その教会の地下室へ降りて行った。


[image: f:id:Stiffmuscle:20070707125603j:image:right]
<http://f.hatena.ne.jp/Stiffmuscle/20070707125603>

幾年にもわたり、幾十人もの女性がここ「かにた婦人の村」で晩年を過ごしてきた。女性たちの遺灰は質素な祭壇の下にある石碑の後ろで眠っている。天羽さんは一枚の白黒写真を納骨堂の壁から降ろし、祭壇の上に置いて、ろうそくに火を灯した。

写真の中の女性は、少女のようなおかっぱ頭で、にこやかに微笑んでいる。彼女の名前は、城田すず子(仮名)さん。

17歳で実父に売られ売春をさせられた城田さんは、第二次世界大戦
<http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%E8%C6%F3%BC%A1%C0%A4%B3%A6%C2%E7%C0%EF>
中ずっと旧日本軍 <http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B5%EC%C6%FC%CB%DC%B7%B3>
に付き従って太平洋のあちらこちらを回った。日本の降伏後、帰国した城田さんは、占領米軍を客に取らされた。薬物中毒になり、困窮の末、何十年もここの施設に入所していた。

歴史学者 <http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CE%F2%BB%CB%B3%D8%BC%D4>
は彼女のような日本人女性は数万人はいただろうと考えているが、名乗り出て自分の体験を話した日本人「慰安婦」は城田さんだけである。

城田さんは、1935年 <http://d.hatena.ne.jp/keyword/1935%C7%AF>
、14歳のときに母親がなくなるまでは、それなりに平穏な生活を送っていた。家業のパン屋が倒産し、父親は博打に走った。父親は借金の肩に、城田さんを売春宿に売り飛ばした。当初は、年上の女性たちの着付けや化粧を手伝っていたが、18歳のときに、客を取るよう命じられた。閉じ込められた部屋で、強姦された城田さんは、何日間か床に伏し、その後、梅毒の治療を受けた。一方、父親は博打をやめず、売春宿から借金を重ねた。横浜のブローカーが城田さんを
台湾 <http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C2%E6%CF%D1>
の売春宿に売り飛ばした。城田さんの回想録によれば、台湾へ行く船には、朝鮮
<http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C4%AB%C1%AF>、沖縄
<http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B2%AD%C6%EC>
、日本の女性が乗船していたが、この女性たちは厳しく監視されたという。

台湾で、城田さんは売春宿の中に閉じ込められていた。経営者は民間人だったが、売春宿は旧日本軍専用で、女性が逃げ出さないように厳重に監視していたのも軍当局であった。売春宿から外出するには書類が必要で、警察が彼女の行動を監視していた。

「私は名実共に奴隷になりました。土曜日や日曜日には、いつも列ができ、男たちは中に入ろうと先を争っていました。まさに肉体市場です。思いも感情もありません。一人当たり、10~15人の客を取らされました。」と城田さんは、彼女のあまり知られていない回顧録「マリアの讃歌」に書いている。

この後、城田さんは、何とかこの奴隷状態を抜け出し、帰国するが、一家は離散した。頼る先もない城田さんは、お金を借りてサイパン
<http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%B5%A5%A4%A5%D1%A5%F3>に渡り、その後、トラック島、パラオ
<http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D1%A5%E9%A5%AA>
島と渡り歩いた末、慰安所の帳簿係として働くことになる。

爆撃による死地を脱し、終戦後に帰国した城田さんだが、新しい生きる術はなかった。街から街を渡り歩いていく生活のなかでメタンフェタミン(ヒロポン
<http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D2%A5%ED%A5%DD%A5%F3>
)中毒になってしまう。博多に移った城田さんだが、ここでも仕事はなく、結局、占領米軍が頻繁に利用する売春宿で働くことになる。

城田さんは、売春婦に群がるアメリカ兵のことを「戦争のようでした。私にとっては全く新しい世界でした」と書いている。ある米兵と暮らし始めた城田さんは、未来への希望を持ち始めたが、米兵は彼女を捨てた。城田さんは自殺を図った。母親の墓参りのときに、姉妹が自殺したことを知った。

城田さんは1971年に日本基督教出版局(1985年には、かにた出版部)から回想録『マリアの讃歌』を世に出す。しかし、この本は絶版になって久しく、出版元にも残っていない。

城田さんは、「かにた婦人の村」で20年近く暮らし、1993年に亡くなった。「慰安婦」たちの悲劇が、国際問題となった直後であった。

同僚の慰安婦たちの悲鳴が夢に出てきて、うなされると、城田さんは1984年に、「かにた婦人の家」の深津文雄牧師への手紙に書いている。

「終戦から40年になりますが、日本のどこからも声が起こってきていません。兵士や一般国民の記念碑は数あるのに、中国、東南アジア
<http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C5%EC%C6%EE%A5%A2%A5%B8%A5%A2>、南太平洋、アリューシャン
<http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A2%A5%EA%A5%E5%A1%BC%A5%B7%A5%E3%A5%F3>
列島でセックスを強要され、好き勝手に弄ばれた挙句、捨てられて、凍てつくような寒さの中を彷徨ったり、犬や狼の餌食になった女性たちの記念碑はありません。

軍隊が進攻したところには必ず慰安所がありました。・・・・兵隊さんは列を作って並んでいるし、次の兵隊さんが来る前に自分の性器を綺麗にする暇もありませんでした。私たちは死ぬほどの痛みを感じていたのに。兵隊さんを何度絞め殺してやろうと思ったことか。頭がおかしくなりそうでした。・・・・わたしたちが死んだら、ジャングルに穴掘って、そこに放り込んでおしまいです。もちろん、家族への通知なんてありません。わたしは、この目で見たんです、オンナにとってはこの世の地獄を。」

この城田さんの想いを知った深津牧師は、慰安婦たちの記念碑を建てた。最初は木の記念碑だったが、後に石の記念碑を建てることができた。

天羽シスターは、終戦記念日 <http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BD%AA%C0%EF%B5%AD%C7%B0%C6%FC>
に、記念碑を訪れ、集いを開く。城田さんの死を看取った人でもある天羽シスターは、こう言った。

「名乗り出て国に恥をかかせるな!という無言の圧力があるのです。だから誰も名乗り出ていないのです。ですが、城田さんは自分の体験を語った最初の元日本人慰安婦です。彼女の体験が証拠なのです、日本政府にたいする異議申し立てなのです。」

【ソウル聯合ニュース】韓国外交部は23日、米ニューヨークの国連本部で22日(現地時間)に人種差別撤廃委員会(委員18人)の選挙が行われ、
韓国人女性の鄭鎮星(チョン・ジンソン)ソウル大社会学科教授(63)が委員に選出されたと伝えた。来年から2021年まで委員
を務める。鄭氏は国連人権理事会諮問委員会の委員(08~13年)などを務めた国際人権専門家だ。

関連
鄭鎮星教授「慰安婦問題、証拠資料は無尽蔵 まだ発掘してないだけ」
http://gensen2ch.com/archives/70945590.html
[image: 69d87093]
<http://livedoor.blogimg.jp/gensen_2ch/imgs/5/c/5cdc2e8f.jpg>


人種差別撤廃委員会は人種差別撤廃条約に対する国別報告書を審査し、条約の履行に関する勧告を行う。旧日本軍の慰安婦問題も委員会の関心事の一つで、
韓国人の委員選出によって人権の観点から同問題への注意が喚起されることになるか注目を集めそうだ。

同委員会は14年、慰安婦問題を否定し被害者の名誉を傷つける日本国内の動きを非難し、被害者の権利侵害に対する調査を経て加害者を処罰するよう日本政
府に勧告した。

外交部によると、韓国人が同委員会の委員に選出されたのは韓国が1978年に人種差別撤廃条約に加入して以降、初めてだという。
東亜日報
「『日本海軍特警隊』が慰安婦調達を担当して道路で無作為に女性を逮捕し、強制的に身体検査を受けさせた後、慰安所に入れた。
女性が慰安所から脱出した場合、家族を逮捕して虐待し、さらに殺害した場合もあった。」

2007年4月に公開されたオランダ情報部隊文書「日本海軍占領期間、オランダ領東インドのボルネオで発生した強制売春に対する報告書」に記録された内容だ。

日本軍慰安婦問題の権威、林博史関東学院大教授は「この文書は慰安婦の強制性を否認する日本政府の立場をひっくり返すことができる明白な資料」と評した。

この文書を発掘・公開したのは鄭鎮星(チョン・ジンソン)ソウル大社会学科教授(64)だ。日本軍慰安婦研究の権威である彼女が2004年に出した「
日本軍性奴隷制」改訂版が最近出版された。オランダ情報部隊文書をはじめ、多様な発掘資料が載っている著書で2004年以後、発掘した資料を追加した。

5日、研究室で会ったチョン教授は「日本政府の『証拠はなく証言だけある』という立場をひっくり返すほどの資料を発掘しなければならない」
と強調した。「私たちが発掘しないからそうであって、資料は無尽蔵です。慰安婦強制動員を立証する資料を発掘して研究する努力をしなければなりません。」

「日本軍性奴隷制」改訂版を出版した鄭鎮星(チョン・ジンソン)ソウル大教授
[image: 1] <http://livedoor.blogimg.jp/gensen_2ch/imgs/b/9/b971eed9.jpg>


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