[CML 048784] いま、「場違いなことを試みる」ことの大切さについて ――相沢侃さんの「今読む辺見庸」を読む。

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2017年 6月 19日 (月) 12:05:35 JST


タイムリーな相沢侃さんの「今読む辺見庸」(昨日のこと。なぜか辺見庸ブログの記事がすべて消去されている。更新作業中
に倒れでもしたのだろうか、などという危惧も生じる)。たとえば「づ傾沈批判、臣民共産党批判はネット(フェイスブック)で
も見向きもされないが、槍続けなければならないと思う」の辺見庸の言葉の以下の引用に強く共感します。相沢さんに倣って
私も小見出しをつくってみます。

曰く。いま、「場違いなことを試みる」ことの大切さについて。

『場違いなわけです。ただ、場違いなことが、どれだけ大事なことかという気がします。ささやかな抵抗のほうが、国会前での
鳴り物入りのデモよりも頭が下がります」「そうしたことを冷笑し、馬鹿扱いすることが、時とともに組織や社会をどれだけ悪く
していくことでしょうか。コンフォーミズム(大勢順応主義)の傾向はますます、きつくなっている。だから場違いなことを試みる
ってことこそ大事なんじゃないかな。衆議に従って、ではなく緊急動議的に発言していく勇気って言うんでしょうか。勇気なん
て、あんまり好きな言葉じゃないけどね。おずおずとした発言でいい。かっこ悪く、ぶつぶつでいい。自分がそういうことに直
面したときに、果たしてどれだけ誠実でいられるかという問題だと思うんです。』

相沢侃FB 2017年6月19日
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=340503326367143&id=100012224340206

『ゝ酣秋には出てくると知られていた四度目の共謀法。つい最近「籠池加計隠し」だと叫んだ勢力があった。「戦争法(安
保法)」を共謀罪法と読み替えてみる。

「戦争法(安保法)なんて、突然降ってわいたみたいに思われるけど、長い時間をかけて熟成されたものですよね。A級戦
犯容疑の岸信介を祖父に持つ安倍(首相)は、昭和史をいわば身体に刻み込んだ右派政治家として育ってきたわけでしょ。
良かれあしかれ、真剣さが違いますよ。死に物狂いでやってきたと言っていい。何というのか、気合の入り方が尋常じゃな
い。それに対して、野党には『死ぬ覚悟』なんかないですよ。これからもそうでしょう。だから、やすやすとすべてが通ってい
くに違いない。むっとされるかもしれないけれども、国会前のデモにしても『冗談じゃない、あんなもんかよ』という気がします
ね」

SEALDsバブルを振り返る。

――SEALDs(シールズ)のような若者の行動は新鮮に映りましたが。

「若い人たちが危機感を持つのは理解できます。ただ、あれは『現象』だとは思うけど、ムーブメント(運動)とは考えてませ
ん。まだスローガンみたいな言葉しか言えてないじゃないですか。ぼくはそこに何も新しいものを感じない。もっと迂遠(うえ
ん)で深い思想というか、内面の深いところをえぐるような言葉が必要だと思います」 




「例えば米国や欧州でのサミット(主要国首脳会議)に反対するデモは、資本主義のあり方そのものに反対している。あま
りにもむき出しで、びっくりしちゃうんですけどね。日本とは『怒りの強度』が全然違う。なぜ、国会前デモのあとに行儀良く
道路の掃除なんかできるんでしょうかね」

山口二郎の愛国心ツイートを思い出す

「安倍政権が現状をこれ以上悪くすることへの反発というのはあるでしょう。しかしどこか日本的で、むしろ現状維持を願
っているような感じがしますね。例えば、日々食うにも困るような最底辺層の怒りや悲しみを担ってるわけじゃない。なか
にはそういう人もいるでしょうけど、全体としては『何としても社会そのものを深いところから変革したい』という強いパッシ
ョンが見えないんです」

――極端に言えば、いまの自分の暮らしが保たれることだけを願っているように見えると?

「そういうことです。『怒りの芯』がない。それは言葉の芯とともにどこかに消失してしまったんでしょう。この傾向は70年
代から幾何級数的に進んできたと思います。市場経済の全面的な爛熟(らんじゅく)って言うんでしょうか、それとともに
言葉が収縮し、躍動しなくなったことと関係あるかもしれません」

づ傾沈批判、臣民共産党批判はネット (フェイスブック) でも見向きもされないが、槍続けなければならないと思う。

「場違いなわけです。ただ、場違いなことが、どれだけ大事なことかという気がします。ささやかな抵抗のほうが、国会前
での鳴り物入りのデモよりも頭が下がります」
「そうしたことを冷笑し、馬鹿扱いすることが、時とともに組織や社会をどれだけ悪くしていくことでしょうか。コンフォーミ
ズム(大勢順応主義)の傾向はますます、きつくなっている。だから場違いなことを試みるってことこそ大事なんじゃない
かな。衆議に従って、ではなく緊急動議的に発言していく勇気って言うんでしょうか。勇気なんて、あんまり好きな言葉じ
ゃないけどね。おずおずとした発言でいい。かっこ悪く、ぶつぶつでいい。自分がそういうことに直面したときに、果たし
てどれだけ誠実でいられるかという問題だと思うんです」』

以下、省略。都藤邦さんの引用コメントと辺見庸へのインタビュー記事は下記参照。
https://www.facebook.com/takashi.higashimoto.1


東本高志@大分
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