[CML 048576] 増えぬ生活支援相談員...短期雇用悩み 身分保障に不安定さ

りょうこ baffydct at gmail.com
2017年 6月 12日 (月) 11:43:39 JST


福島民友からです。

「復興公営住宅や新築住宅などに住居を移す避難住民が増えており、仮設住宅では独居高齢者や高齢者夫妻が残り、孤立していくことが懸念されている」。大熊町の生活支援相談員を務める星良樹さん(34)は現状を語る。

いわき市好間工業団地内にある大熊町社会福祉協議会いわき連絡所では平日の夕方、生活支援相談員が訪問した避難住民の報告書を作成する姿がある。21人の相談員は日中、同市内で避難生活を送る約1800世帯の住民宅を訪れ、健康状態などを確認し、緊急を要する場合などは個人情報に十分配慮しながら、町に報告している。「個々の世帯で問題は違うが、運動不足による健康不安やストレスが深刻化している」。相談員総括チーフも務める星さんは話す。

高齢化の課題の一方、避難のストレスなどを和らげ、孤立化を防ぐ大きな役割を担う相談員の人員不足が慢性化している。同いわき出張所の現在の人員では各世帯を2カ月に1度訪問するのが限界で、目標とする1カ月に1度の訪問は困難な状況だ。1年ごとの短期雇用という身分保障の不安定さが、人員確保を難しくしている要因の一つだ。大熊町社協いわき連絡所の吉田利孝所長(63)は「高齢者世帯の増加などから相談員の果たす役割は増している。県も長期雇用できるよう、国に対し財源確保を求めているが、早急な対応が必要だ」と訴える。

*身近に暮らす「いるだけ支援」*

福島大災害ボランティアセンターの三浦恒彦さん(21)=同大4年=は9月から、浪江町民が暮らす福島市飯坂町の北幹線第1仮設住宅での生活を送っている。三浦さんは、仮設住宅に住んで避難住民をサポートする同センターの「いるだけ支援」として避難住民と同じ環境で暮らしている。

住民たちとのラジオ体操も日課になった。「孫の顔を見ながら家族で一軒家に住んでいた高齢者の皆さんが、知らない土地で避難生活を続けることは心身ともに相当な負担になっているはず」と考える。

いるだけ支援は、高齢者が多い仮設住宅の住民と世代間交流などを図りながら、引きこもりや孤独死の防止などにつなげようと始まった。仮設の2戸に学生が2~3カ月交代で住み、大学に通いながら住民を支援している。

三浦さんは北海道北広島市出身。高校2年の時に東日本大震災が起きた。「自分に何かできることはないか。今、福島に行かないと後悔する」と衝動的な思いに駆られる中、災害ボランティアセンターの活動を知り、福島大に進学した。得意のピアノを生かし、仮設住宅での慰問活動に取り組んできた。

今後は、仮設住宅での芋煮会や音楽会の開催を計画している。「一人でも多くの住民と会って話をして、今まで外に出にくくなっていた人が出てきてくれたり、自分たちが住民同士の交流のきっかけになれば」と三浦さんは話す。

これまでのボランティア活動を通して三浦さんは「今後、帰還できる地域が増えていく中で、(帰還の)決断を急かされていると感じている住民も少なくない」と指摘する。「住民の選択の自由を奪うことなく、温かく見守っていくことが大事ではないか」と考えている。
富岡・60歳以上「全体の52%」 ストレス主因、健康悪化懸念

県や県社会福祉協議会、市町村などの担当者は、仮設住宅で暮らす人たちの高齢化率が今後高まっていくと推測する。

富岡町の仮設住宅の住民を年代別に集計した数値(9日現在)を例に挙げると、60~79歳の割合が突出しており、60歳以上の割合は全体の52%を占める。町の担当者は「仮設住宅団地の自治会運営が難しくなってきているところもある」と高齢化の影響の一例を挙げた。

高齢化の背景として、高齢者は精神的、体力的に自立するのが難しかったり、若い世代に比べ古里への帰還意識が強いため、避難元以外で新たに住宅を求めるケースが少ないことなどが考えられるという。県は、仮設住宅の入居期間を原則2017(平成29)年3月までとしているが、避難区域がある町村は追加延長を個別に判断することになっており、仮設住宅の住民の高齢化への対応は当分の間必要になってくる。

県社会福祉協議会の担当者は、仮設住宅から転居する人が増えることで住民、特に高齢者が孤立化し、健康悪化につながることを懸念。「家の中に引きこもらないよう交流事業などが今まで以上に重要になるだろう」と指摘する。また、仮設住宅から転居する人が増えることで仮設で暮らす高齢者が焦燥感を抱き、ストレスによる健康悪化につながることも考えられるという。

担当者は「1995年の阪神・淡路大震災でも最後まで仮設住宅に残ったのは高齢者だった。今後は、生活状況を把握する意味でも生活支援相談員らが高齢者と接触する機会を増やし、孤立感を和らげる必要がある」と話す。
仮設住宅、進む高齢化 孤独感...1人暮らしでは夜が怖い

「せっかく仲良くなった友人と離れ離れになるのは寂しい」。郡山市富田町の若宮前仮設住宅で暮らす三瓶容子さん(79)=富岡町から避難=は、2011(平成23)年7月に入居して以来、4年4カ月にわたり仮設住宅で避難生活を送っている。当初は、震災前から交流のあった友人が別の仮設住宅に移ってしまい寂しい思いをしたという。

三瓶さんは原発事故に伴い川内村に避難後、須賀川市の娘の家に身を寄せた。しかし、日中は家族が仕事で家を空けるために1人で過ごすことになり、孤独感を感じたという。その後、郡山市のビッグパレットふくしまに避難する友人に会いに行ったところ、仮設住宅への入居を勧められた。

入居当初は窮屈だと感じた仮設住宅での暮らしにも慣れ、徐々に知り合いを増やし生活を充実させていった。今では仮設住宅内の「おだがいさまセンター」で編み物やフラダンスなど積極的に活動している。

フラダンスについては、富岡町民でつくる「フラチーム
ワロハ」のメンバーとして、神奈川県藤沢市で開かれるイベント「江の島フラ・パラダイス」に3年前から毎年参加しており、町民の元気な姿を全国に発信している。

一方で「高齢者の1人暮らしでは夜が怖い。いつ自分が病気になるか分からない」と胸中を明かす。仮設住宅に万一の際の異常を伝える赤色灯を付けてもらったが、自動的に警察などに通報されるわけではなく「誰にも気付いてもらえなかったら」と不安を抱いている。

あくまで「仮設」である以上、「仮設住宅にはいつまで入居していられるか分からない」と三瓶さん。近く、郡山市にある復興公営住宅に入居することを決めた。一方、おだがいさまセンターでの活動も続けたいが、復興公営住宅からは30分かけて徒歩で移動するか、タクシーを使うしか方法がない。復興公営住宅での暮らしについても「新しい仲間づくりは難しい」と不安を抱える。

「体は元気だが、心は泣いているよ」。古里を追われた孤独感は拭えないまま、毎日積極的に体を動かすことで気持ちを紛らわせている
帰還率8割に 福島・川内、仮設と借り上げ住宅無償提供終了要因

原発事故による避難指示が昨年6月に、全て解除された川内村に帰還したのは6月1日現在で912世帯2181人となり、人口に占める割合(帰還率)が80.57%と8割に達した。

帰還率はこれまで約7割だった。仮設住宅と民間借り上げ住宅の無償提供が3月末で終わり、帰還が進んだ形だ。

遠藤雄幸村長が6月議会で帰還状況を報告した。住民基本台帳に基づく人口は、1日現在で1252世帯2707人。

一方で、仮設住宅からの退去を巡り、病気や生活再建が見通せないことなどを理由に3世帯が入居を続けており、入院中のため2世帯が荷物を残している。

仮設住宅にとどまっている住民について、遠藤村長は「住居の紹介や生活再建を支援していく」と述べた。
福島・南相馬の下渋佐行政区閉区へ 津波被害で災害危険区域指定

福島県南相馬市原町区の沿岸部で、東日本大震災の津波被害を受けてほぼ全域が住居を新築できない災害危険区域に指定された同市原町区の下渋佐行政区が7月末、行政区を閉区し、隣接する上渋佐行政区と統合することが、市への取材で分かった。

同市で津波被災を理由に行政区を閉じるのは3例目で、同市原町区内では初めて。

市によると、下渋佐行政区は震災前、68世帯260人が暮らしていたが、震災による津波で59世帯が流失し、32人が犠牲になった。その後、2012(平成24)年5月に同行政区のほぼ全域が災害危険区域に指定された。

震災から6年がたち、住民の生活がある程度落ち着いてきたとして、今年に入ってから隣接する上渋佐行政区と統合の話し合いを進め、行政区を閉じることを決めた。

市は行政区の再編に伴う条例の改正案を今月の議会に提出し、議会で承認を得た後、統合する。近く閉区に伴う式典を行う。

自宅を流された下渋佐行政区長の男性(70)は「戦前は漁業も盛んで海水浴場もあったという。閉区は何とも言えない残念な気持ちだ」と話した。


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