[CML 049441] Fwd: [軍学共同反対:598] 核兵器禁止条約採択で地方からの声明 紹介 とネット署名

りょうこ baffydct at gmail.com
2017年 7月 10日 (月) 21:50:32 JST


---------- 転送メッセージ ----------
From: 赤井純治 <akai at geo.sc.niigata-u.ac.jp>
日付: 2017年7月10日 19:06
件名: Re: [軍学共同反対:598] 核兵器禁止条約採択で地方からの声明 紹介 とネット署名
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皆様

大きな組織ではないですが、国連での核兵器禁止条約採択で 私が代表を
している 地方組織=新潟県原水協で以下の声明を出しました。
新潟にかかわるところ、新潟大の学生が国連に要請行動に行ったこと
などにもふれています。 ご参考までに。

この禁止条約を機に一気に核廃絶世論を高める運動を県内で展開したいと考えています。その一つとして、今進められている 世界数億を目指すヒバクシャ国際
署名があります。ネット署名は以下です。紙媒体も打ち出して使えます。

http://hibakusha-appeal.net/index.html

紙媒体
http://www.antiatom.org/downloads/hibakusha-intlsig_chihiro_2016.pdf

いま、国内で300万まできています。(私は6/19-6/30までの県内平和行進の
なかで、1000筆を越え、今1105筆) ご協力ください。

赤井純治




*新潟県原水協声明 *

*: **国連の核兵器禁止条約採択にあたって*

2017年7月7日、国連は、核兵器禁止条約(Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons)を122
ヶ国の賛成で採択した。これは、核兵器廃絶へむけて、1945年広島・長崎での原爆投下、核兵器ジェノサイド以来72
年目、あるいは原水爆禁止運動が国民的に盛り上がった1954年以来の大きな目標の一つであった、核兵器全面禁止
という大きな里程標に至った歴史的瞬間であり、感動的な出来事である。これを被爆者の方、長年原水爆禁止運動に関わってきた人を
はじめ、すべての平和を愛する県民と共に喜びたい。この禁止条約から核兵器完全廃絶に向かう段階に入った。

*3**つの意義と3つの背景*

この会議開催には、国連ではじめて、禁止条約が正面からとりあげられたこと、さらに市民社会も参加しての国連の会議であったこと
、核兵器廃絶勢力が主流になり、米ロ等核保有国がロビー活動を行うなど、これまでの主役と脇役が逆転の構図が出現したことなどの
意義があげられる。さらに、このような動きになった背景には以下の3点を指摘できる。1.これ迄の被爆者を先頭にした、
また日本の国民的な原水爆禁止運動の粘り強い積み重ねがあったこと、2.核兵器の非人道性が改めて国際的に広範に認識されてきたこと、3.これまでのNPT
再検討会議で、核廃絶へ向かわない核保有国の曖昧な態度に反発して、核保有国を除いてでも核兵器禁止へ向かうことを大多数の国が決断して動き出
したということである。



*日本政府の対応*

この歴史的な動きに、被爆国でありながら日本政府はこの会議の開催自体に反対し、欠席していた。欠席した席には、ここにいてほしかった(#wish you
were here)と書かれた折り鶴がおかれた。被爆国政府として、核兵器禁止と廃絶へ背をむける姿は許しがたい。唯一の被爆国である日
本の政府は、被爆者の思いに応え、これまでの考えを改め、条約に参加することを求める。

*歴史*

これまでの原水禁運動の歴史を簡単にふりかえってみておく。*1945年8月、広島 長崎*に原爆投下、さらに、1954 3.1 *ビキニ事件*
がおこり、第五福竜丸を含む1000隻にも及ぶ漁船が被災した。このビキ二事件で、3度も原水爆の被害をうけるという
ことで、国民的怒りは、原水爆禁止運動として全国各地で燎原の火のように広がった。杉並の主婦たちが自発的に始めた署名は1年余で3200万筆を超え、1955
年第一回*原水爆禁止世界大会*を生み出し、核戦争阻止、核兵器廃絶、被爆者援護・連帯を3原則とする*原水爆禁止日本協議会(原水協)*ができ、翌56年には
*日本被爆者団体協議会(被団協)*ができた。この原水協と被団協の相次いでの設立の意義は、運動の主体ができたということで大きい。
日本での原水爆禁止世界大会は毎年の開催され、そこには、国内外の核兵器廃絶運動が集約され、海外の運動とも連携、国連・
外国政府関係者も参加し、現在国連で活躍中の中心的な人も世界大会参加者が多くいる。それだけの意義と実績をもつものといえる。*被団協*
への被爆者の思い、それまで、ケロイドなどで、いわば世間の日陰にいた人たちが、自らの苦しみ、この世の地獄をみた経験を二度と、世界に起こしてはならないと、
その人類史的使命を体いっぱいに体現して運動をはじめた、このことによってヒバクシャが自ら生きる意味を見出したとのこと
を聞いたことがある。このヒバクシャを中心に、被爆国民が繋ぎにつないできた原水爆禁止運動、これが海外の人の共感・共鳴をよび今にいたる。共感共鳴しないの
は日本国政府、アベ自公政権である。1958年から始まった*平和行進*は元僧侶の西本敦さんという一人の勇気が歴史を動かす例にも
なっていて、今も続いている。今年も県内各自治体を訪問し、自治体と、我々、国連認証のNGO団体としての原水協の市民運動
の共同と連帯、平和を確実に確保しようという共通の理解をふかめあった。1960年代、70年代、米ソ冷戦の核軍拡競争の中で核兵器は最大7万発にまでになった。
1980年代には*核の冬*の危険性のクローズアップ。核実験は禁止されたが、核兵器を禁止せよとの国際的世論に核保有国はNPT核不拡散条約
で防戦という構図になった。NPT 核不拡散条約は、これ以上核保有国は増やさないという条約である。NPTは1970年発効時、62ヶ国からスタートし、190
ヶ国にひろがり(現在未加盟はインド、パキスタン、イスラエル、南スーダン)、25年期限付きの条約であった。その期限が切れる、95年から無期限に延長され、5
年ごとに再検討会議が開催された。NPT条約の第6条はに核保有国は「誠実に核軍縮交渉を行う義務」という規定があり、核非保有国はこの条項にもとづいて、
核保有国にどうして核軍縮、核廃絶をすすめないのか再検討会議ごとに迫った。しかし、核抑止力論に固執する保有国とその同盟国は
、ステップバイステップ、あるいはビルディングブロック方式などの詭弁を弄して、これに抵抗することが続いた。2000年NPT
再検討会議では核廃絶の明確な約束という最終合意文書が核保有国を含めた全体で採択されたが、2015年NPT再検討会議では合
意文書ができず、核保有国の理不尽な対応が目立つ会議であった。これらの動きに業を煮やしての、核廃絶勢力の決断が今回の国連会議の開催であった。2016年12
月国連総会が禁止条約の交渉を2017年に開始すると決議したのをうけた今回の会議である。



*署名とともにあった日本の運動*

原水禁運動は、署名から始まったように、署名運動は、日本の原水禁運動を象徴するとりくみでもある。これまで多くの署名運動がと
りくまれた。主なものをまとめておくと以下のようである。1950年の平和擁護世界大会委員会による、ストックホルム アピール署名は世界で5億、日本639万。
3.1ビキニ事件を発端にした原水爆禁止の署名は1954-55年にかけて日本で、3200万筆。1985年 広島・長崎からのアピール署名は 10年で6000
万筆(1988年新潟市で23.8万、人口過半数署名を達成したなどの例もある。)その後数度にもわたり、署名が提起されとりくまれた。 2010年NPT
会議には 690万、NPT2015年には  633万6205の署名があつめられた。総数でいえば、ここ10年でのべ5000
万以上の署名が集まっていることになる。いま、進められている世界で数億を目標とするヒバクシャ国際署名を圧倒
的に集め、これを核廃絶へつなげることを改めて訴える。



*核兵器禁止条約の意義 *

1945年国連第1号決議は核兵器禁止の決議である。1972年には生物兵器禁止1993年に化学兵器禁止条約が決まっており、
生物、化学兵器の危険に比べても格段に残虐な兵器、人類を滅亡させかねない兵器として、核兵器の禁止は当然すぎるほど当然であり
、遅すぎたといえる。今回の禁止条約の検討会議へは核保有国が欠席し、また当面批准しなくても絶大な力をもつ。核兵器に悪の烙印
を押し、人道上、政治的な意味が大きい。そして次に完全核廃絶へステップが見えてくる。会議の中で、日本弁護士会副会長(新潟第一法律事務所和田光弘
弁護士)の発言でも核威嚇も禁止すべきと、また他の諸国からも同様な意見がだされ、核兵器の使用、実験、開発、生産、製造、取得
、所有、貯蔵、配置、導入、配備、等に加え、「核兵器による威嚇」も国際法に反することが追加されたことは、核抑止力論が国際法
に反するものという極めて重要な意味のある、画期的なことである。現安倍自公政権の言う日米同盟、ひいては核軍事同盟の安保条約
そのものをも考えなおすべきことを示唆しており、重要である。被爆者の援護も求め、さらに核保有国が条約への参加の道も規定している。



*若い世代への運動の継承 *

いま、原水爆禁止運動を、若い世代へ引き継いで、完全廃絶まで成し遂げる世代へ運動を継承する課題がある。原水爆禁止世界大会に
は、若い世代も多く参加しており、新潟県原水協の青年部も継続的な取組を行っている。さらに、2017年6月、新潟大学3年の学
生を国連要請の県代表として派遣した。彼はその思いを「大学の平和を考えるの講義で被爆者の話を初めて聞いて、すごくショックを
受けた。核兵器廃絶で自分に何かできないかと思いました」と語る。若い世代が自らの安全な世界と地球を守る運動に参加することを訴える。



*日本で核兵器開発への許しがたい動き*

ところが、いま、自民党安保調査会・国防部会合同会議で、本格的軍事化へ、電磁パルス弾の開発を大学等も巻き込みながら開発する
と言及があった。電磁パルス弾とは何か、これは超高高度、数100kmの高さで核爆発させ、電磁パルスを発生させ、すべての電子機器・IT
の作動を止める、停電させる兵器であり、まさしく核兵器である。これを、平和憲法9条をもち、被爆国である日本で研究開発しようということは許されない。



*北朝鮮をめぐる情勢と最大の抑止力*

今、北朝鮮をめぐる情勢が喧伝される。同時にアメリカの軍事挑発もあり、そのアメリカに従属的に共同しようという日本政府の対応
がある。この危険な動きに、双方ともに核兵器を絶対に使うな、核廃絶に向かえ、戦争反対、ミサイル撃つな、の声を日本中から大き
くあげるべきである。朝鮮戦争時、アメリカは核兵器をつかおうと計画したが、日本の平和世論を恐れ、使わなかったという歴史があ
る。新潟県燕市では、ミサイルからの避難訓練と称して、室内で座布団をかぶってミサイルから防御という避難訓練の様子がで報道されたが、現情勢のもと、
座布団をかぶって逃れるのではなく、全市民が、全新潟県民が、街頭にでて、『核兵器使うな、ミサイルうつな、軍事対応反対、
平和を壊すな、核廃絶を!』と、訴えることが重要ではないか。また、ヒバクシャの訴える国際署名を圧倒的に集め、
平和の世論で好核勢力を包囲しきることが最大の抑止力となる。これができれば、極東の情勢を、国際情勢をも、平和の方向に、完全核廃絶へも動かすことができる。



*新潟県原水協は、今回の国連核兵器禁止決議を機に、さらに県内の平和の声を大きくして、核兵器完全廃絶まで、奮闘する決意である。*



2017年 7月 10日

原水爆禁止新潟県協議会(原水協 :代表理事 赤井純治)




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