[CML 049261] 反戦童話「かわいそうなぞう」が露呈した戦後平和教育の欠陥

りょうこ baffydct at gmail.com
2017年 7月 5日 (水) 09:43:29 JST


 反戦童話「かわいそうなぞう」が露呈した戦後平和教育の欠陥
<http://vergil.hateblo.jp/entry/2016/05/07/152037>
http://vergil.hateblo.jp/entry/2016/05/07/152037

『かわいそうなぞう』は、事実に反して象たちの「処分」を激しい空襲下でのやむを得ない措置として描くことで、彼らを殺させ、利用した加害者の姿をきれいに消してしまった。だからこの童話の「せんそうをやめろ!」という叫びは、起こってしまった戦争による犠牲者たちの「運命」をただ悲しむだけで行き場を失い、そのような犠牲を不可避にした者たちへの責任追求には決して向かわないのである。

これは『かわいそうなぞう』だけの問題ではない。戦後日本の「平和教育」は、もっぱら戦争被害の悲惨さを描き、だから「二度と戦争をしてはいけない」と訴えるのがパターンだった。しかし、あの戦争を誰がなぜ引き起こし、その戦争で日本は何をしたのか、またその過程で誰がどのように加担したのかを追求することなく、ただ「戦争はいけない」と叫んでいても、戦争の再来を止めることはできない。

加害責任の追求なしに戦争被害の悲惨さを訴えるだけでは、むしろ、そのような悲惨を繰り返さないためにこそ、「今度は勝たなければならない」となりかねない。そこに隣国の軍事的脅威を持ってくれば、先制攻撃を仕掛けるまであと一歩だろう。

戦後日本の平和教育の罪は重い。『かわいそうなぞう』は、その欠陥を象徴する作品だと言える。

※1
抵抗できない動物たちを一方的に殺すのは明白な虐殺であり、これを「処分」とか「措置」などと呼ぶのは、日本お得意の、言い替えによる意味のすり替えである。
※2 『戦争童話集』(1975年7月)収録の「干からびた象と象使いの話」
※3 上野動物園初代園長。1941年7月、応召により園を離れる。事件当時は陸軍獣医学校教官。

[1] 土家由岐雄 『かわいそうなぞう』 金の星社(フォア文庫)1982年
[2] 長谷川潮 『戦争児童文学は真実をつたえてきたか』 梨の木舎 2000年 P.15-16
[3] 長谷川 P.19
[4] 東京都 『上野動物園百年史』 第一法規出版 1982年 P.170-171
[5] 小森厚 『もう一つの上野動物園史』 丸善ライブラリー 1997年 P.59-60
[6] 『上野動物園百年史』 P.178
[7] 長谷川 P.23-24


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