[CML 046570] 『帝国の慰安婦』名誉毀損・ソウル東部地裁判決について

Maeda Akira maeda at zokei.ac.jp
2017年 1月 26日 (木) 13:51:39 JST


前田 朗です。

1月26日

1月25日、ソウル東部地裁が、『帝国の慰安婦』の著者・朴裕河さんについて、名誉毀損の成立を否定して、無罪を言い渡しました。

「帝国の慰安婦」朴教授に無罪判決 ソウル東部地裁

http://www.asahi.com/articles/ASK1R6W0QK1RUHBI01W.html

日本メディアで報道された記事をいくつか見ただけですので、正確なコメントはできませんし、私には韓国刑法についての知識もありません。

ただ、報道されている通りだとすると、ソウル東部地裁はヘイト・スピーチを野放しにする論理を打ち出しているので、私なりのコメントをしておきます。

ある言明が、慰安婦について(あるいは朝鮮半島出身の慰安婦について)言及したものであって、告訴した個人を特定していない、という理由で名誉毀損(ないし侮辱)の成立を否定する論理は、悪質なヘイト・スピーチ擁護論になります。

日本では、名誉毀損や侮辱の客体を「個人」に限定しているため、「**人は犯罪者だ」「**人を殺せ」というヘイト・スピーチは自由だとされています。ヘイト・スピーチの自由を守るために懸命に発言する憲法学者やジャーナリストがいかに多いことか。

ドイツでは、一つの侮辱罪の規定が個人侮辱罪と集団侮辱罪の両方を含むと理解されています。「ドイツ国防軍兵のAは殺人者だ」と特定しなくても、「ドイツ国防軍兵士は殺人者だ」という発言が集団侮辱にあたることになります。

ドイツに限らずヘイト・スピーチを処罰する多くの国では、人種その他の理由での差別煽動発言が犯罪となりますので、「**人のBは犯罪者だ」と特定しなくても、「**人は犯罪者だ」と発言すれば犯罪となることがあり得ます。

ソウル東部地裁判決は、個人の特定がなければ名誉毀損罪(侮辱罪)は成立しないと述べているようなので、ヘイト・スピーチの処罰も否定していることになります。

ソウル東部地裁判決の論理は「**人は犯罪者だ」「**人を殺せ」というヘイト・スピーチの自由を擁護する論理です。その意味では、日本の多くの憲法学者と同じです。

日本での議論と同じことをソウル東部地裁が述べているので、今後、日本のヘイト・スピーチ勢力は我が意を得たりと、鬼の首を取ったかのように、「慰安婦」に対するヘイト・スピーチを激化させる可能性があります。個人名さえ出さなければ何を言ってもいいと言う話だからです。

国際社会権規約に基づく社会権委員会は、「慰安婦」に対するヘイト・スピーチに対処するように日本政府に勧告しました。しかし、ソウル東部地裁判決は逆に「慰安婦」に対するヘイト・スピーチのほとんどすべてを擁護する論理を出したことになります。

2007年8月に国連人権高等弁務官事務所ビルで開催された人種差別撤廃委員会において、韓国政府報告書の審査が行われました。

韓国政府報告書は、人種差別撤廃条約第4条に関連する項目で、刑法307~310条により人種差別行為としての出版による中傷を犯罪とし、311条は侮辱罪を定めていると報告しました。

人種差別撤廃委員からの質問に対して、韓国政府は侮辱罪の客体が個人に限定されているわけではないかのごとく答弁していました。

さらに、2012年8月に開催された人種差別撤廃委員会において、韓国政府報告書は、刑法307条や311条は人種差別煽動に関連し、人種的優越性に基づく広告は307条により処罰されると説明しました。

今回のソウル地東部地裁判決は311条の侮辱罪の客体を個人に限定し、特定性を要求しています。この解釈が正当であるとすれば、307条と311条とでは成立要件、客体の範囲がまったく異なり、311条については個人の特定が必要となるということになります。つまり、韓国は、日本と同様に、ヘイト・スピーチを野放しにする国だということになるでしょう。



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