[CML 046378] 第25回 請願と参政の権利--16条~15条(水島朝穂-憲法から時代をよむ)

りょうこ baffydct at gmail.com
2017年 1月 13日 (金) 11:28:48 JST


第25回 請願と参政の権利--16条~15条(水島朝穂-憲法から時代をよむ)

政治家たちは、選挙の前後で態度が大きく変わる。選挙が近づくと、彼らは派手なパフォーマンスを展開する。腰はどこまでも低く、過剰なほどに人々の要望を列挙して、「必ず実行します」と連呼する。その不自然な低姿勢と異様な饒舌は、選挙が終われば、高姿勢と寡黙に急転する。誰もが鮮明に記憶しているだろう。昨年7月の参議院選挙のとき、5000万件の「宙に浮いた年金」について、与党は08年3月までにすべてを照合し、通知を終えると公約したことを。安倍晋三首相(当時)が、「最後のお一人にいたるまで、きちんと年金をお支払いしていく」と声を張り上げたことを。だが、安倍氏は政権を投げ出し、厚生労働相は「あれは選挙のスローガンですから」と、官房長官は「5000万件のすべてを解明すると約束したわけではない」と言い切った。
「構造改革」の進行のなかで、医療・福祉分野の荒廃は著しい。例えば、「後期高齢者医療制度」。このネーミングは「末期」と書きたかったところを、「長寿」と言い換えて実施された。75歳以上の人たちのささやかな年金から、「長寿」のためと天引きされる。デモや集会が頻発した70年代までとは異なり、表面上、国民の政治批判は目立たないが、この国の深部と芯部で、政治に対する強い不信感と深い絶望感は確実に広がっている。

「イギリスの人民は自由だと思っているが、…彼らが自由なのは、議員を選挙する間だけのことであって、議員が選ばれるや否や、イギリス人は彼らの奴隷となり、無に帰してしまう」(『社会契約論』3編15章)。ルソーの有名な言葉は、代表民主制の悩ましい側面を言い表している。だが、ルソーの厳しい指摘にもかかわらず、選挙は重要なのである。そして、選挙と選挙の間に、国民が政治に影響力を与える方法がある。その一つが請願権である。

「請い願う」「陳情する」。これは、「下々の者が、お上に対して」というベクトルを感じる。絶対君主制のもとでは、民意を知らせ、懇願する手段だった。そうした歴史的出自はあるものの、請願権はたいていの憲法に定められている。日本国憲法16条はこう規定する。「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない」。

あまり知られていないが、ここには重要なことが書いてある。まず、請願できる対象を憲法自身が例示的に挙げていることである。請願の方式については、「平穏に」という条件が付けられ、請願の結果が不利益につながらないようにする配慮もある。


まず、列挙されている請願の対象事項だが、「損害の救済」というのは、国家賠償(憲法17条)や刑事補償(40条)のルートだけでなく、「救済」につながる施策が広く含まれる。「公務員の罷免」は、国会議員のリコールを求める請願も可能である。憲法が「公務員の罷免」まで請願の対象にしたのは、権力に対する国民のチェック効果への期待ともいえる。そして、法律等の制定・改廃。地方自治体のような条例制定権がない分、国の法律等の制定・改廃に影響を与える一つの形態として予定することで、代表民主制をゆるやかに補完する面があるといえる。

請願権を行使する方法としては、「平穏に」ということが要請されている。「平穏に」の定義からして、暴力や脅迫を伴うものは認められないが、ある程度の集団で請願にやってくることが穏当でないとはいえない。請願権が個人の権利として、個々に行使されることはもちろんだが、他方、集団示威行動を伴う請願権の行使もかなり行われてきた(「請願デモ」)。安保条約をめぐって対立が激化した1960年代初頭あるいは70年代初頭、国会を多数のデモ隊が包囲した。デモ隊は、各議院の議員面会所で野党議員に請願署名を提出した。近年、このような形の請願デモはあまり見られなくなったが、インターネットなど、通信手段の発達により、請願の方式についても再検討の必要性が生まれている。

では、請願権の法的性格をどう考えるか。学説は請願権を「受益権」にとして捉えてきた。だが、現代の代表民主制のもとでは、国民の政治参加の形態は多様になっている。そのことから、請願権を、国家意思の形成過程に能動的に参加する補充的参政権として理解することの意義が再確認されるべきである。この視点を最も早い時期に打ち出したのは、若き日の永井憲一である(「請願権の現代的意義」『立正大学経済季報』10巻2号)。
請願権の主体には、未成年者や外国人・法人等も含まれる。それゆえ、「厳密な意味での参政権の主体(選挙権者)とは異なるため、本質的・構造的差異には留意が必要」とされている(辻村みよ子『憲法』日本評論社)。
また、請願権行使の具体的手続等は請願法に定められているが、官公署に提出された適法な請願は、受理され、誠実に処理されることが求められる。ただ、請願内容に即した措置をとる義務があるか否かが問題となる。通説は、請願内容を実現する義務はなく、また、請願を審査し、回答する義務も生じないとする。だが、参政権的側面を重視する学説からすれば、内容実現の義務まではないとしても、審査や審査結果の報告等を求めることは義務づけられているとしている。

次に、15条の参政権である。1項「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」。2項「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」。3項「公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する」。4項「すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない」。

1項では、「国民固有の権利」として、公務員選定罷免権が保障される。特に選挙権は議会制民主主義の存続に関わる重要な権利である。その法的性格をめぐっては、周知の4説が分岐する。(1)選挙権の権利性を認めず、国家機関権限と捉える「権限説」、(2)選挙を主権者としての個人の権利と解する「権利説」、(3)選挙という公の職務を執行する義務(公務)と捉える「公務説」、(4)権利であると同時に公務でもあると捉える「二元説」である。選挙権は権利なのか。一般の方には、何だかむなしい問いかけに聞こえるかもしれないが、選挙権が信教の自由のような、人が生まれながらにして有する人権とは微妙に異なることは理解できるだろう。だとしても、国家機関権限、あるいは純粋な公務と理解することは、「国民固有の権利」(15条1項)とされていることと整合しない。権利説も一様ではない。また二元説も、権利性と公務性が並列的に存在するような構造ではなく、近年では権利性を強調するようになっている。両者の違いは大きくはない。要するに、選挙権は、人であればあまねく保障される自然権的な権利とは区別される、憲法上の実定的権利である。

3項、4項は、「成年者による普通選挙」「投票の秘密」「自由(任意)投票」を保障する。直接選挙の要請は15条1項と43条をリンクさせれば、おのずと出てくるだろう。平等選挙(44条)については
すでに述べた
<http://www.quon.asia/yomimono/business/column/mizushima/index.php?PageID=contents&code=648>
。
未成年者の選挙権については、3項で「成年者」と明示していることから、憲法は年齢制限を予定していることがわかる。ただ、具体的に成年者を何歳と定めるかは、立法裁量に委ねられる。18歳選挙権が世界の趨勢だが、昨年、安倍内閣が憲法改正国民投票法を制定した際、投票権者の年齢を18歳として、同法の補則で、成年者についての民法や公選法の改正を求めるという逆立ちした流れになっている。民法で成年を18歳と定めれば、この問題は解決するが、飲酒・喫煙、遺言、結婚年齢など、さまざまな年齢制限との関係で、国会での具体化が止まっている。これをどう解決するかは、政治的意思決定能力をもつ者(選挙人)の範囲を決めることにもつながり、政局的な素材にはなじまないものである。端的にいえば、主権者の範囲を決める大事な決断であり、目先の党利党略で判断されるべき問題ではない。

また、普通選挙の原則との関係でいえば、受刑者(特に選挙犯罪の場合)から選挙権を剥奪することは、憲法上問題ないか。「受刑者に対する制裁として選挙権を剥奪することは過剰規制であり、刑務所に隔離されていることは選挙権を否定する理由にならない」(戸波江二『憲法』ぎょうせい)という指摘もある。

「国際化」の流れのなかで、外国人の参政権についても問題となる。選挙権と被選挙権、国政選挙と地方選挙、衆議院と参議院、都道府県レベルと市町村レベル、長の選挙と議員の選挙と分けていくと、かなり細かな議論が可能である。最高裁は、在日外国人に地方参政権を認めることは憲法上禁止されていないという判断を出している(最判1995.2.28)。いわゆる「許容説」である。外国人の生活実態を重視して、「国民」概念の転換を指向して、国政レベルにも外国人の参政権を認める議論もある(浦部法穂『憲法学教室』日本評論社)。「国民」という概念を国籍保持者と解するか、生活実態からアプローチするかによって変わってくる。少なくとも、定住外国人について地方参政権(都道府県・市町村)を与えることは、地方自治の活性化のためにも望ましいといえよう。
(2008年4月7日稿)


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