[CML 050036] 【YYNewsLive】■我々フツーの市民が『日本国憲法』の限界を突き破る『全く新しい理念を掲げた日本国市民憲法』をゼロから『起案』して全国民に提起しよう!(No2)

山崎康彦 yampr7 at mx3.alpha-web.ne.jp
2017年 8月 24日 (木) 22:48:42 JST


いつもお世話様です。                          

【YYNews】【YYNewsLive】【杉並からの情報発信です】【YYNewsネット世論調査】を主宰する市民革命派ネットジャーナリスト&社会政治運動家の山崎康彦です。

本日木曜日(2017年8月24日)午後9時分から放送しました【YYNewsLiveNo2354】の台本です。

【放送録画】 82分49秒

  http://twitcasting.tv/chateaux1000/movie/398035100

☆今日の画像

.疋ぅ鎮翩凜侫薀鵐フルトのドイツ連邦銀行で公開された金の延べ棒(2017年8月23日撮影)

②「つきまとわれ身の毛よだった」=回顧録でトランプ氏批判-クリントン氏

J紙シャルリー、イスラムへの挑発的イラスト掲載 車突入が題材

☆今日の推薦本(朗読)

■鈴木啓功著『炎上する世界経済 日本人だけが知らない国際金融の残酷な現実』(イースト・プレス2017.08.21発行\1700+税)

・本書は「悪魔の計画」を打破するために書かれていく。本書の目的は「予測を的中させること」ではない。それは「占い師の本願だ」。本書は「悪魔の未来」を覆すことが目的だ。(「はじめに」より抜粋)

・2020年には世界経済が大崩壊する。だがそれは「過去の体制が崩壊する」ということで、それで困るのは「ぬくぬくと飯を食ってきたパラサイト集団なのだ。大逆転の時代は「大構築の時代にできた体制が崩壊する」から「既成勢力」にとっては「危機」である。だが大逆転の時代の「大崩壊情勢」は「新規勢力」にとっては「ビッグチャンス」なのである。日本国民は「ビッグチャンス」を作り出せ。(「おわり」より)抜粋)

・真面目な日本国民は「世界経済体制」が「永遠に続く」と信じている。だがそれは「愚かな幻想」だ。自由市場や株式市場などは「金融破壊されることになる」。現在の「一神教世界」は崩壊する。(「おわり」より)抜粋)

*第4回 (2017.08.24) P.25-29

序章 トランプ大統領と第三次世界大戦勃発ー日本国民は「近未来世界」を先見するべし
▲トランプ政権は「ドールマン・サックス政権」だ

(1)今日のメインテーマ

■我々フツーの市民が『日本国憲法』の限界を突き破る『全く新しい理念を掲げた日本国市民憲法』をゼロから『起案』して全国民に提起しよう!(No2)

以下は我々の『全く新しい理念を掲げた日本国市民憲法』起案に向けた基本的な問題意識です!

▲問題意識2:
日本の憲法学者による『日本国憲法』の通説・定説は正しいのか、間違っているのか?

日本の憲法学者による『日本国憲法』の通説・定説を知るために、Wikipediaの『日本国憲法』『憲法の目的と手段(個人の尊厳) 

』を以下に引用する。

▲Wikipedia『憲法の目的と手段(個人の尊厳) 』

  https://goo.gl/EF8o7O

(引用開始)

日本国憲法は、「個人の尊厳」の原理(13条)の達成を目的とする
とするのが憲法学の通説ないし定説である。これは、人間社会のあらゆる価値の根元が個人にあり、他の何にもまさって個人を尊重しようとする原理 

である。「個人の尊厳」の意味については、具体的に明言されることは少ないが、およそ個々の人間の幸福という意味に理解されている。

個人の尊厳の原理の具体化手段としては、

基本的人権尊重主義

         自由主義

             福祉主義

         平等主義

平和主義

権力分立制

民主主義(国民主権主義)

法の支配

を挙げるのが通説ないし定説といえる。

(引用終り)

上記の説明では、『日本国憲法は「個人の尊厳」の原理(13条)の達成を目的とするとするのが憲法学の通説ないし定説である』と書かれているが、『日本国憲法』第13条をはじめどこにも「個人の尊厳」という言葉は使われていない。使われているのは『個人の尊重』という言葉である。

「個人の尊厳」と「個人の尊重」は、一見すると同じ意味に聞こえるが、本質的には雲泥の差があることは『ドイツ連邦共和国憲法(ボン基本法) 

』特に第一条【人間の尊厳、人権、基本権による拘束】の規定を見れば良くわかる。

結論から先に言うと、日本の憲法学者は『日本国憲法』には一切使われていない「個人の尊厳」という言葉を「個人の尊重」と同じ意味にわざと使って『日本国憲法』の本質=『大日本帝国憲法を改正して天皇制を残した』ことを隠ぺいしているのだ。

そもそも「個人の尊厳」とは、人間の様々な個別基本権を網羅した総合的な最高価値の基本権を意味するが、「個人の尊重」とはその中の一つの基本権でしかないということである。

すなわち名前を変えて天皇制を継続させた『日本国憲法』は、本質的には人間の最高価値である「個人の尊厳」を尊重・保護する憲法ではなく、民主主義や主権在民や個人の自由と基本的人権の尊重は名前だけのお飾りでしかないことを隠ぺいするために、日本の憲法学者は「個人の尊厳」を「個人の尊重」に差し替えて解説して『日本国憲法』の通説・定説にしてきたのであり、日本国民はずっと騙されてきたということである。

▲『ドイツ連邦共和国憲法(ボン基本法) 』第一条

(引用開始)

1.人間の尊厳は不可侵である。これを尊重し、かつ、保護することは、全ての国家権力の義務である。

2.ドイツ国民は、それゆえ、世界におけるあらゆる人間共同体、平和及び正義の基礎として、不可侵かつ不可譲の人権に対する信念を表明する。

3.以下の基本権は、直接に提供される法として、立法、執行権、裁判を拘束する。

(第一条引用終わり)

すなわち『ドイツ連邦共和国憲法(ボン基本法)
』第一条第一項では「個人の尊厳」は不可侵であり、すべての国家権力が尊重・保護する義務を持つ最高の基本権である、と規定しているのだ。

さらに『ドイツ連邦共和国憲法(ボン基本法)
』第一条第二項では、「個人の尊厳」が世界中の人間共同体、平和及び正義の基礎でありかつ不可侵かつ不可譲の基本権であることを表明する、ドイツ国民は表明する、と規定しているのだ。

さらに『ドイツ連邦共和国憲法(ボン基本法)
』第一条第三項では、「個人の尊厳」を具体化した基本権は立法、執行権、裁判を拘束する、と規定している、のだ。

そして『ドイツ連邦共和国憲法(ボン基本法)
』第二条以下で「個人の尊厳」を具体化した様々な基本権を規定している。

第二条:人格の自由な発展、生命、身体の無瑕性への権利、人身の自由

第三条:平等

第四条:信仰、良心に自由、宗教活動の自由、良心的兵役拒否

第五条:表現の自由、出版の自由、放送、芸術の自由、学問の自由

第六条;婚姻と家族

第七条:学校制度

第八条:集会の自由

第九条:結社の自由

第十条:親書、郵便及び電気通信の秘密

第十一条:移転の自由

第十二条:職業の自由

第十二a条:兵役及び代役義務

第十三条:住居の不可侵

第十四条:所有権、相続権、公用収用

第十五条:社会化

第十六条:国籍剥奪、引き渡し

第十六a条:擁護権

第十七条:請願権

(続く)

(2)今日のトッピックス

々皸羝予陲惺圓辰討ました。

(『共謀罪反対100人委員会ML』の投稿記事の実名をイニシャルに変えて転載します)

高井戸署へ行ってきました。

8月10日の『東京新聞』夕刊で「『否認すれば牢屋入れるぞ』、警官中3に暴言、
高井戸署に警告」という記事を見てびっくり!
 
早速、近所のフォーラム杉並メンバーの女性たちと話し合ったところ、「テレ
ビでは録音も公開され、その声のすさまじさに驚いた」、「まさに地元の中学生
がこんなこと言われている」という話が出て、何かできることはないかしらと相
談を始めました。

地元の警察でもあり、地元の中学生がこんなことを言われていることを黙っては
いられないと、今日8月22日に高井戸署に5人で行ってきました。

代表3人だけと言われましたが、粘って5人で副署長と警務課長に会ってきました。
「抗議は受けない」「録音はしないように」といわれ、20分限定でしたが、とに
かく会い、話をしてきました。

「会見で話された事案は事実」と認め、親御さんが人権擁護委員会に申し立て、
その後、関係者に謝罪をしたという話でしたが、少年・少女の取り締まりに対す
る配慮、それを警察官に教育する点で十分ではないという印象を持ちました。

5人がそれぞれ自分の言葉で語る姿に女性の強さとしなやかさを感じました。子ど
もの権利条約をコピーして持参し、人権問題について無知であり、将来のある子
どもたちへの特段の配慮が必要であることを強調して帰りました。

住民が目を光らせていることを示す小さな取り組み、ひとまず行ってきました。
参加された皆様、お疲れ様でした。今日はアポなしでいきましたが、アポを取れ
ば時間をとると言っていました。子どもの人権を守るために、今日はおばあさん
世代が頑張りました。E.M      
              
▲疋ぅ鎮羔筺▲侫薀鵐垢罵造韻討い振皺瑤鯔楾颪僕∩ 3年前倒し

2017年08月24日 AFP日本語版

http://www.afpbb.com/articles/-/3140253?act=all

ドイツ中部フランクフルトのドイツ連邦銀行で公開された金の延べ棒(2017年8月23日撮影)。(c)AFP/dpa/Arne 

Dedert

【8月24日
AFP】ドイツ連邦銀行(Bundesbank、中央銀行)は23日、フランスの中央銀行に預けていたすべての金塊をドイツ本国に輸送したと発表した。米国で保管していた一部金塊も国内に移したという。当初計画では2020年までに行われる予定だったが、3年前倒しで完了した。

ドイツ連銀のカール・ルートウィヒ・ティーレ(Carl-Ludwig
Thiele)理事によると、フランス・パリ(Paris)のフランス銀行(Banque de
France、中央銀行)に預けられていた約374トンの金塊がフランクフルト(Frankfurt)にあるドイツ連銀の保管室に移された。これは同国が保有する金塊全体の11%に相当する。また米ニューヨーク連邦準備銀行(Federal 

Reserve Bank of New York)からも金塊300トンがドイツに輸送されたという。

金塊の輸送は秘密裏に行われ、費用は770万ユーロ(約9億9000万円)だった。これでドイツ連銀が国内で保管する金塊は全体の50%となった。

ドイツは冷戦(Cold
War)時に、旧ソ連の侵攻に備えて金塊を世界に分散させて保管。世界で最も流通量の多い通貨である米ドルを発行する米国のニューヨーク(New 

York)はうってつけの保管場所だった。

しかしユーロ圏危機の真っただ中の2012年、欧州統合懐疑派は、ドイツ国外に保管している金塊が貸し出されたり売り払われたりするなど手をつけられている場合に備えて監査を要求。そしてドイツ連銀の理事会は2013年、国内で保管する金塊の割合を増やすことを決めていた。

ドイツ連銀の金準備は3378トンで米国に次ぐ世界第2位。1本12キロの金の延べ棒だと27万本、市場価格は1200億ユーロ(約15兆4500億円)相当に上る。(c)AFP

2歎弋刃如峽設図面」入手でも…NHKはなぜ放送しないのか

2017年8月23日     日刊ゲンダイ

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/212029

再び「加計疑惑」に火がつくのは間違いない。「今治加計獣医学部問題を考える会」の黒川敦彦・共同代表が、23日夜10時、獣医学部の「建築図面」全52ページをツイッター上に全面公開するからだ。建築家やライフサイエンスの専門家に直接見てもらうためだという。「黒川敦彦@加計の図面戦争なう」のツイッターアカウントにアクセスすれば、誰でも閲覧可能だ。

建築士や獣医学の専門家が「建築図面」を詳細に分析したら、批判が噴出するのは確実である。すでに本紙が2回にわたってスクープしたように、建設中の獣医学部キャンパスには、あまりにも不可解な点が多いからだ。

最上階の7階の図面には、「ワインセラー」「ビールディスペンサー」……などの表記があり、まるで宴会場のよう。さらに、バイオハザード施設がWHOの安全基準を満たしていない恐れがある。

最大の問題は、建築費が水増しされている可能性を捨てきれないことだ。獣医学部の施設整備費は148億円。これを延べ床面積3万2528平方メートルで割ると、坪単価は約150万円になる。建設費を基に、愛媛県と今治市は、96億円を補助すると決定している。

ところが、坪150万円は高すぎると疑問視されているのだ。国会でも民進党の今井雅人衆院議員が、同じく国家戦略特区で医学部をつくる国際医療福祉大に確認した上で、「医学部の建築費は坪当たり87万円、看護学部の方でも79万円とのこと。約半額です。本当にこれほどカネがかかるのか」と疑問をぶつけている。

建築のスペシャリストが、黒川敦彦氏が公開する獣医学部の「建築図面」を見たら、価格が水増しされているのかどうか一発でわかるはずだ。

「かりに坪単価を水増ししているなら、補助金詐欺にあたる。驚いたことに、今治市は補助金を出すにあたって学園の見積もりの妥当性も検討せず、市議会もチェック機能をはたしていません」(黒川敦彦氏)

建築費を水増ししていれば、国の補助金5600万円を不正受給した疑いで逮捕された森友学園の籠池夫妻と同じ構図である。

見逃せないのは、公共放送であるNHKが、この「建築図面」を独自入手しながら放送しようとしないことだ。

「NHKは建築図面をかなり前に手に入れたようです。現場の記者は『クローズアップ現代+』で放送することを前提に、建築の専門家に分析もしてもらったようです。でも、官邸から圧力があったのか、忖度したのか、まったく別の理由なのか、いまだに放送されていません」(NHK関係者)

NHKは、前川喜平前文科次官のインタビューを撮りながら放送しなかった前科がある。
行政が歪められた「加計疑惑」にどんな闇があるのか、徹底解明する必要がある。

ご愿貘膺椋劼猟鮮人虐殺 小池都知事が追悼文断る

2017年8月24日 東京新聞

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201708/CK2017082402000130.html

東京都の小池百合子知事が、都立横網町(よこあみちょう)公園(墨田区)で九月一日に営まれる関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文送付を断ったことが分かった。例年、市民団体で構成する主催者の実行委員会が要請し、歴代知事は応じてきた。

小池氏も昨年は送付していたが方針転換した。団体側は「震災時に朝鮮人が虐殺された史実の否定にもつながりかねない判断」と、近く抗議する。(辻渕智之、榊原智康)

追悼文を断った理由について、都建設局公園緑地部は本紙の取材に、都慰霊協会主催の大法要が関東大震災の九月一日と東京大空襲の三月十日に開催されることを挙げ、「知事はそこに出席し、亡くなった人すべてに哀悼の意を表しているため」と説明。「今後、他の団体から要請があっても出さない」としている。

追悼文は一九七〇年代から出しているとみられ、主催者によると確かなのは二〇〇六年以降、石原慎太郎、猪瀬直樹、舛添要一、小池各知事が送付してきた。

追悼式が行われる横網町公園内には、七三年に民間団体が建立した朝鮮人犠牲者追悼碑があり、現在は都が所有している。そこには「あやまった策動と流言蜚語(ひご)のため六千余名にのぼる朝鮮人が尊い生命を奪われた」と刻まれている。

追悼碑を巡っては、今年三月の都議会一般質問で、古賀俊昭議員(自民)が、碑文にある六千余名という数を「根拠が希薄」とした上で、追悼式の案内状にも「六千余名、虐殺の文言がある」と指摘。「知事が歴史をゆがめる行為に加担することになりかねず、追悼の辞の発信を再考すべきだ」と求めた。

これに対し、小池知事は「追悼文は毎年、慣例的に送付してきた。今後については私自身がよく目を通した上で適切に判断する」と答弁しており、都側はこの質疑が「方針を見直すきっかけの一つになった」と認めた。また、都側は虐殺者数について「六千人が正しいのか、正しくないのか特定できないというのが都の立場」としている。

式を主催する団体の赤石英夫・日朝協会都連合会事務局長(76)は「犠牲者数は碑文の人数を踏襲してきた。天災による犠牲と、人の手で虐殺された死は性格が異なり、大法要で一緒に追悼するからという説明は納得できない」と話した。

<関東大震災の朝鮮人虐殺> 1923(大正12)年9月1日に関東大震災が発生すると、「朝鮮人が暴動を起こした」などのデマが広がった。あおられた民衆がつくった「自警団」などの手により、多数の朝鮮人や中国人らが虐殺された。通行人の検問が各地で行われ、殺害には刃物や竹やりなどが用いられた。

⑤「つきまとわれ身の毛よだった」=回顧録でトランプ氏批判-クリントン氏

2017/08/24 時事通信

https://www.jiji.com/sp/article?k=2017082400227&g=int

米大統領選のテレビ討論会で、クリントン氏(左)を見詰めるトランプ氏=2016年10月、中西部ミズーリ州(AFP=時事)

【ワシントン時事】米MSNBCテレビは23日、先の大統領選をめぐるクリントン元国務長官の回顧録の抜粋を報じた。クリントン氏はトランプ大統領と激突したテレビ討論会を振り返り、「私がステージ上でどこへ動こうが、彼はぴったりと私につきまとって凝視していた。身の毛がよだった」とトランプ氏の「戦術」を批判している。回顧録は9月12日に発売される。

クリントン氏が取り上げたのは昨年10月にミズーリ州セントルイスで行われた第2回討論会。有権者の質問に答える「対話集会」形式で、両候補はステージ上を自由に動き回ることができた。

クリントン氏は当時の状況について、トランプ氏のわいせつ発言が明るみに出たばかりだったと説明。「(トランプ氏が)私の背後に不気味に迫ってきた。首筋に息を感じるほどだった」と回想し、「信じられないほど不快だった」と記した。

クリントン氏は「(自分の選択肢は)笑顔を続けるか、気味が悪いからやめろと言うかのどちらかだった」と指摘。「私が選んだのは前者だが、後者を選ぶべきだったのかとも思う」と後悔の念をのぞかせた。クリントン氏は「私は数百万の人々をがっかりさせた。私はそれを背負って残りの人生を生きなければならない」ともつづっている。 



κ紙シャルリー、イスラムへの挑発的イラスト掲載 車突入が題材

2017年08月23日 AFP日本語版

http://www.afpbb.com/articles/-/3140209?act=all

仏風刺週刊紙シャルリー・エブドの共同編集者であるローラン・スリソー氏(2015年2月24日撮影、資料写真)

【8月23日 AFP】仏風刺週刊紙シャルリー・エブド(Charlie
Hebdo)の最新号の表紙に、イスラム教およびスペインで発生した車突入事件を題材にした挑発的なイラストが掲載され、イスラムへの嫌悪を助長するものだとして物議を醸している。

仏パリ(Paris)にある同紙の本社は2015年1月7日、イスラム過激派による襲撃を受け、人気漫画家らを含む12人が殺害された。

問題のイラストが掲載されたのは23日付の同紙最新号で、2人の人物がワゴン車にひかれ血まみれで倒れている横に、「イスラム、永遠なる平和の宗教」という文言が記されている。

同紙の編集者であるローラン・スリソー(Laurent
Sourisseau)氏は社説で、このイラストを掲載した理由について、穏健で法を順守するイスラム教徒たちへの気遣いから、専門家や為政者が難しい問題を避けていると説明。「宗教の役割、特にイスラム教の役割に関する議論や疑問が、今回の襲撃事件においては完全に消えてしまっている」と指摘した。
スペイン東部バルセロナ(Barcelona)およびその近郊にあるカンブリルス(Cambrils)では先週、人ごみの中に車が突入し、15人が死亡、100人超が負傷する事件が発生。モロッコ系の過激主義者十数人が関与していたとみられている。

大統領夫人に公の地位を付与せず、フランス

2017年08月23日 AFP日本語版

http://www.afpbb.com/articles/-/3140150?act=all

【8月23日 AFP】仏大統領府は21日、エマニュエル・マクロン(Emmanuel
Macron)大統領の妻、ブリジット(Brigitte
Macron)さんについて、国際会議に出席する大統領への同行や慈善活動などは行うものの、ファーストレディーとしての公の地位は付与しないと発表した。

マクロン氏は大統領選期間中、ファーストレディーとしての公式な地位を創設するとしていたが、反対に押されて計画が頓挫した形。ただ大統領府は、ブリジット夫人の役割を明確にし、人員なども割り当てると明らかにした。

ブリジット夫人は国際会議などでマクロン大統領に同行するほか、大統領府の予算で顧問2人が付き、執務室を与えられ、子どもや障害のある人たちへの慈善活動に注力する。
 インターネット上では、ブリジット夫人にファーストレディーとしての公の地位を付与することに反対する請願が行われ、これまでに30万人を超える署名が集まった。ブリジット夫人の人気は高いが、法律や憲法の改正が必要となるファーストレディーへの公の地位付与について、8月の世論調査では過半数が反対している。

大統領府はブリジット夫人の活動予算を明らかにすると約束している。21日の大統領府の発表は夫人に報酬は支払われないことは確認しているが、夫人の活動にかかる費用の総額や総人員数は明らかにしていない。

憲法学者のジャンジョエル・グーベルナトーリ(Jean-Joel
Governatori)氏はAFPに対し「法的にはファーストレディーにはまだいかなる地位も付与されていない」と述べている。「要するに、透明性という幻想を与えるだけで、それ以外は何も変わっていない」

(3)今日の重要情報

…用工問題、文在寅大統領の発言はおかしくない!
日本の外務省も「個人の請求権は消滅していない」と答弁していた

2017.08.20 Litera

http://lite-ra.com/i/2017/08/post-3400-entry.html

戦中、日本が朝鮮の人々を労働力として動員した、いわゆる徴用工問題をめぐる文在寅・韓国大統領の発言に、日本中が猛反発している。文大統領は17日の会見で、徴用工について「個人の請求権は残っている」旨の認識を示したのだが、日本の外務省は、1965年の日韓国交正常化の際の請求権協定で解決済みだとして韓国政府に抗議。また、菅義偉官房長官も9日の会見で「日韓間の財産請求権の問題は日韓請求権協定により完全に、最終的に解決済みである」と述べている。

さらに、この文大統領発言については、新聞などの日本のマスコミも一斉に反発の姿勢を見せている。「決まったことを否定するのは韓国のお家芸」と罵った産経や「変節で日韓関係を壊すのか」と批判した読売はもちろん、毎日や朝日までもが「徴用工への賠償問題は65年の日韓請求権協定で解決済み」と大合唱。あまつさえ、巷間ではリベラル系の人々も「日韓関係を悪化させないか懸念する」などと心配している。

だが、ちょっと待ってほしい。たしかに徴用工問題については、これまで韓国政府も日韓請求権協定を尊重する行政レベルの立場から、文大統領のように個人の請求権が残っているとの認識を表沙汰にすることはほぼなかった。しかし、だからといって、今回、日本政府やマスコミの主張している「日韓請求権協定で、個人請求権は消滅した」「文大統領は嘘つきだ」というのは明らかにミスリードだ。

というのも、実は日本の外務省じたいがこれまで、国会でなんども「日韓請求権協定は、個人の請求権そのものを消滅させたものではない」と答弁してきたからだ。

外務省の柳井局長も国会で文在寅大統領とほとんど同じ発言を

たとえば、1991年8月27日の参院予算委員会では、当時の柳井俊二・外務省条約局長が日韓請求権協定をめぐり、“両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決した”(日韓請求権協定第二条)の「意味」について、以下のように答弁している。

「その意味するところでございますが、日韓両国間において存在しておりましたそれぞれの国民の請求権を含めて解決したということでございますけれども、これは日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることはできない、こういう意味でございます」

 見てのとおり“日韓請求権協定は個人の請求権を消滅させていない”と、日本の外務省も認めているのだ。柳井氏はその後、事務次官まで上り詰め、駐米大使も務めた外務省本流の官僚だが、他にも国会で何度も同じ旨の答弁をしている。もうひとつ、1992年2月26日の衆院外務委員会の答弁を引用しておこう。

「しからばその個人のいわゆる請求権というものをどう処理したかということになりますが、この(日韓請求権)協定におきましてはいわゆる外交保護権を放棄したということでございまして、韓国の方々について申し上げれば、韓国の方々が我が国に対して個人としてそのような請求を提起するということまでは妨げていない。しかし、日韓両国間で外交的にこれを取り上げるということは、外交保護権を放棄しておりますからそれはできない、こういうことでございます」

「この条約上は、国の請求権、国自身が持っている請求権を放棄した。そして個人については、その国民については国の権利として持っている外交保護権を放棄した。したがって、この条約上は個人の請求権を直接消滅させたものではないということでございます」

日本政府とマスコミの過剰反応の背景に、経済界の意向

つまり、日韓請求権協定における請求権放棄は、政府が、国民の有す請求権のために発動できる外交保護権の行使を放棄しただけであって、当たり前だが、個人の請求権を政府が禁じることはできない、すなわち、個々人の請求権は日韓請求権協定後も存続している。そのうえで、あとは司法の判断になる。これが日本政府のオフィシャルな見解だったわけだ。

これは、実態としてもそうなっている。たとえば、1995年には、日本の植民地支配下で広島の三菱重工に強制動員された韓国人5人が広島地裁に、1997年には2人が新日鉄住金などを相手に大阪地裁に訴えを起こした。最終的にどちらも敗訴したが、訴えじたいは受理されている。

一方、韓国では、2012年、韓国の最高裁が“原告らの損害賠償請求権は日韓請求権協定で消滅していない”という判断を下した後、元徴用工や元挺身隊員が日本企業に損害賠償を求めた訴訟で、高裁や地裁が日本企業側に賠償を命じる判決を出すようになった。
 司法の判断は日韓で真っ二つに割れているが、個人請求権そのものが消滅しておらず、最終的には司法が判断するという原則は一致している。

そして、今回、文大統領もたんにその事実を述べただけで、国家として新たな損害賠償を要求したわけではない。なぜ、こんな程度の発言で、日本政府、そして右から左までのマスコミが「嘘つきだ」「日韓関係を壊すものだ」などとわめきたてるのか。
 実は、この過剰反応の背景には、経済界の強い意向があるといわれている。前述した2012年の韓国の最高裁判断以降、韓国で日本企業に損害賠償を命じる判決が次々出されたが、これに危機感を感じたのが、訴訟対象になった三菱重工や新日鉄住金などの日本経済の基幹企業だった。

2013年、経団連など経済4団体が韓国の判決について「今後の韓国への投資やビジネスを進める上での障害となりかねず、良好な両国経済関係を損ないかねないものと深く憂慮する」と韓国に抗議する声明を出したが、このとき、経団連は日本政府やマスコミに対しても、強い働きかけを行っており、その結果、政府もマスコミも一斉に、韓国の司法判断に異議を唱えたという経緯がある。

つまり、今回の過剰反応もこの延長線上で出てきたということなのだろう。政府は支援団体、企業の利害のために、マスコミはスポンサー様の意向を代弁して、今回も文大統領を強く非難してみせた。そういうことではないのか。

日韓の戦後補償はほんとうに「日韓協定で最終的に解決された」のか

しかし、いくら日本企業を守るためとはいえ、リベラルメディアまでが、かつては国会答弁で外務省が認めていた「個人請求権は残っている」という当たり前の事実を否定してかかるというのは、あまりに正義がなさすぎるだろう。

むしろ、メディアが本当になさねばならないのは、「日韓の戦後補償は1965年で完全かつ最終的に解決された」という乱暴な論理をもう一度検証することではないのか。

そもそも、日本が韓国を併合し、植民地化政策を敷いたことは揺るがざる事実であり、その際の非人道行為に対して補償するのは当然のことだ。しかし、日韓両国の間で結ばれた「日韓請求権・経済協力協定」は、その名称通り、韓国の経済復興を目的としたものであり、日本による残虐行為の個々の被害者に対する損害賠償にはなっていない。そのことは、1998年に出された国連のマクドゥーガル報告書でもはっきり指摘されている。

また、当時の韓国は朴正煕率いる軍事独裁政権であり、この補償はその軍事独裁政権と深い関係をもつ日本の自民党政権との間で行われた取引の結果で、その大半は経済復興に注ぎ込まれ、韓国の被害者に届いていなかった。韓国が民主化されていくなかで、十分な補償を受けていなかった国民が立ち上がるのは、当然と言えるだろう。

国際法では個人請求権は認められていないなどという主張もあるが、ドイツなどは国家間賠償よりも積極的に個人補償を行い、その結果、国際的にも一定の評価を得ている。ところが、日本政府は韓国の軍事政権との取引に応じ、こうした個人補償をきちんとやってこなかったため、いまになっても国際社会からも批判され、慰安婦問題や徴用工問題での訴訟が続いているのだ。

そういう意味では、今回の問題には、過去の戦争犯罪にまともに向き合わず、その場しのぎの対応を続けてきた日本政府の姿勢が大きく関係している。新聞など大マスコミも「日韓の友好に水を差す」とか「両国の経済的影響は計り知れない」などと一方的に韓国を批判する前に、ちゃんと伝えなければならないことがあるはずだろう。
(宮島みつや)

(4)今日の注目情報

^打楡権が福井国体を明治日本=大日本帝国賛美に利用!
来年の福井国体に「明治150年」の冠称をつけよと

2017.08.23Litera

http://lite-ra.com/2017/08/-150.html

来年秋に開催される福井国体に「明治150年」という冠称をつけようという動きがあり、これに福井県労連など7団体が反対を申し入れたことが報じられた。

この「明治150年」という冠称は、スポーツ庁からの求めによるもの。福井国体の開催される来年が明治維新から150年にあたることから、福井国体の正式名称である「第73回国民体育大会」に「明治150年」と冠してほしい、と今年7月にスポーツ庁が福井県に求めていた。それを受け、本日23日の国体実行委の総会に提案され、承認される見通しが高いという。

反対を申し入れた団体は「国体は戦後に始まったものであり、明治とは無関係。明治150年で真っ先にくるのは『戦争の100年』という記憶であり、冠にふさわしくない」としており、県民、県議会での議論を求めている。

こうした反対の声があがるのは当然だろう。団体側が「明治150年」の言葉に「戦争の記憶」を想起すると指摘しているとおり、明治とは数々の侵略戦争によって多くの国の人間の命と自由を奪い、日本自体も滅亡の危機に追い込んだ「大日本帝国」の時代だ。明治となんの関係もない国体に、わざわざ「明治150年」などという冠称をつけることは明治日本=大日本帝国の美化、喧伝でしかない。

しかし、安倍政権は、この明治日本=大日本帝国への憧憬を隠さず、ことあるごとに、明治日本=大日本帝国の正当化を喧伝してきた。

たとえば、2015年7月「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録へのゴリ押しだ。安倍首相は幼なじみでもある発起人の女性に「君がやろうとしていることは『坂の上の雲』だな。これは、俺がやらせてあげる」と語るなど、この登録に安倍政権の強い意向が働いていたことが明らかになっている。その背景に、明治日本の近代化を誇り大日本帝国の植民地主義を正当化、アピールしようという意図があったのは明らかだ。

また、安倍首相は戦後70年談話のなかでも、明治の日本と日露戦争について、以下のように語っている。

「百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」

明治日本の植民地主義を正当化し日露戦争を良い戦争だったなどと語る安倍首相の歴史観は看過しがたいものだが、安倍政権はこうした明治=大日本帝国賛美の施策を次々と打ち出している。

実際、今回問題になっている、福井国体に「明治150年」の冠称をという動きもまた、安倍政権の明治=大日本帝国と連動したものだ。

昨年10月、政権は2018年に明治維新150年の記念事業を実施することを発表。菅官房長官は記者会見で「明治150年は、我が国にとって一つの大きな節目。明治の精神に学ぶ、日本の強みを再認識することは極めて重要だ」と述べた。

さらに11月には、「明治150年をきっかけとして、明治以降の歩みを次世代に遺すことや、明治の精神に学び、日本の強みを再認識することは、大変重要なこと」として、「明治150年」に向けた関連施策を推進することも発表。今年7月の中間とりまとめでは、「明治150年」関連施策として実に100を超える事業がラインナップされている。

実は、問題の福井国体も、7月の中間とりまとめで、この「明治150年」関連施策のひとつにラインナップされている。「明治150年」と冠してほしいというスポーツ庁からの打診も、この中間とりまとめを受けてのものだろう。

しかも中間とりまとめには、「福井県て゛開催される第73回国民体育大会において、明治150年 

に関連した展示等を国民体育大会文化フ゜ロク゛ラムとして実施する」とある。国体は戦後に始まったものであり明治となんの関係もないにもかかわらず、「明治150年」という冠称にくわえ、明治・大日本帝国を美化するような展示なども目論んでいるようだ。

この福井国体をめぐる動きには今後も注視したいが、「明治150年」関連施策には100を超える事業がラインナップされているように、安倍政権の明治=大日本帝国賛美の動きは福井国体だけの問題にとどまらない。明治維新150年の記念事業として、明治期の国づくりなどを題材とした映画やテレビ番組の制作を政府が支援することも検討されているのだ。

そして安倍政権が目論む数ある明治=大日本帝国賛美の動きのなかでも、もっともグロテスクなのが「明治の日」復活の動きだろう。本サイトでは、「明治の日」復活に対する安倍政権、極右団体・日本会議の醜悪な野望についてレポートしたことがある。以下に再録するのでぜひご一読いただきたい。

(編集部)

安倍政権と日本会議が復活狙う「明治の日」は日本の伝統じゃない!
長州支配のアイコンにしたい安倍の醜悪な野望

国会がTPP強行採決で荒れる裏で、安倍晋三首相の暗い野望が着々と進行しつつある。

さる11月1日、「明治の日推進協議会」(塚本三郎会長=元民社党委員長)なる団体が国会内で、11月3日の「文化の日」を「明治の日」にしようと気勢を上げる集会を開いた。自民党から安倍首相に近い議員ら12人が駆けつけ、古屋圭司国対委員長が約63万8000筆の署名を受け取った。

11月3日は1946(昭和21)年に日本国憲法が公布された日で、48年に施行された祝日法で「文化の日」と定められた。「自由と平和を愛し、文化をすすめる」ことを趣旨としている。ところがこの日は明治天皇の誕生日でもあり、大日本帝国憲法下の明治時代は「天長節」、明治天皇崩御後は「明治節」と呼ばれる休日だったことから話はややこしくなる。
前出の古屋氏は集会で、「日本の近代国家立脚の原点は明治にある。かつての『明治節』がGHQ(連合国軍総司令部)の指導で大きく変わることを強いられた。明治の時代こそ大切だったとすべての日本人が振り返る日にしたい」と決意を述べた。要するに、日本国憲法も「文化の日」もGHQの押しつけだから、“本来の日本”を取り戻したいということのようだ。

集会に参加した自民党議員の発言を朝日新聞から拾ってみる。

「神武天皇の偉業に立ち戻り、日本のよき伝統を守りながら改革を進めるというのが明治維新の精神だった。その精神を取り戻すべく、心を一つに頑張りたい」(稲田朋美防衛相)
「神武創業の原点にしっかり立脚した『明治の日』を実現していくことが、日本人の精神の独立につながると確認している」(高鳥修一衆院議員)

こいつらは神武天皇が実在したと、本気で考えているんだろうか、読むだに頭がクラクラしてくるではないか。だが、これまで漠然と保守化、右傾化などと呼ばれていた安倍政権の目指す国家像が、これらの言葉ではっきりしてくる。それは、戦後日本を否定して、明治憲法下の日本へ戻すということなのだ。このことは、実は休日と密接に関係している。戦前の休日には、祝日と祭日があり、祭日は天皇の宮中祭祀や国家神道と関連づけられていた。ざっとあげると、以下の通りだ。

・元旦(1月1日)=四方節、1年の最初に行われる宮中祭祀
・建国記念(2月11日)=紀元節、神武天皇が即位した日
・春分の日=春季皇霊祭、歴代の天皇、皇后、皇親の霊を祭る儀式
・昭和の日(4月29日)=天長節、昭和天皇の誕生日
・秋分の日=秋季皇霊祭、歴代の天皇、皇后、皇親の霊を祭る儀式
・文化の日(11月3日)=明治節、明治天皇の誕生日
・勤労感謝の日(11月23日)=
新嘗祭、天皇が五穀の新穀を天神地祇に進め、自らも食す儀式

明治憲法と日本国憲法の最大の違いは言うまでもなく主権者が誰かということだ。明治憲法下では天皇が主権者だった。だから、「神聖にして侵すべからず」存在である天皇に関することが祭日になっていた。戦後、天皇は人間宣言をして、日本は新憲法のもと国民主権の国家になった。それに伴い休日も天皇中心の祭日から、「国民こぞって祝い、感謝し、記念する」国民の祝日へと変わった。これを旧に戻すということは、国民主権の否定にほかならない。

これこそが、実は安倍首相とその周辺にいる極右勢力の本音なのだ。

2013年4月の衆院予算委員会で「明治の日」について質問し、菅義偉官房長官から「明治の日の必要性についての意見があることは受け止める」との答弁を引き出した前衆院議員の田沼隆志氏(当時日本維新の会、現自民党)は、自らのブログに〈私のライフワークである、祝日正常化。その中でも第一は、文化の日を明治の日にすることです〉と書いている。明治憲法下の祭日の復活は、この人たちにとっては「正常化」ということのようだ。
その活動の中心になっているのは「明治の日推進協議会」という団体だ。かつて「昭和の日」(4月29日)実現運動を推進したメンバーを中心に2011年に結成された。役員にはジャーナリストの櫻井よしこ氏や、安倍首相のブレーンの一人とされる伊藤哲夫氏(日本

4月29日は昭和天皇の誕生日であり、1988年までは「天皇誕生日」だった。それが、昭和天皇の崩御によっていったんは「みどりの日」となった。「自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心を育む」というのがその趣旨だが、そこには生物学者であり自然をこよなく愛した昭和天皇を偲ぶ意味も込められていた。ところが、極右勢力にとっては、それが気に入らなかった。そこで、神道政治連盟などが中心となって運動が起こり、「みどりの日」を「国民の休日」だった5月4日に無理やり移動させ、4月29日の「昭和の日」を押し込んだのだ。この時とほぼ同じ人たちが、「明治の日」実現のために集まっている。

前述の集会では、推進協議会事務局長の相澤宏明氏が、時事通信の取材に対して「本来のあるべき姿に戻したいとの素朴な思いがあるだけ」と話しているが、彼らにとって「明治の日」は「昭和の日」の時の積み残しであり、「紀元節」「新嘗祭」復活への試金石なのである(ちなみに相澤事務局長は右派系出版社「展転社」の会長で、同社は2005年に『「昭和の日」実現への道』を出版している)。同協議会のHPを見ると、第2次安倍政権発足後に、にわかに活動が活発化していることがよくわかる。

推進協議会の活動目標は、祝日法を改定して11月3日の「文化の日」を「明治の日」にすることだ。同協議会が出した請願書によると「日本国が近代化するにあたり、わが民族が示した力強い歩みを後世に伝え、明治天皇と一体となり国つくりを進めた、明治の時代を追憶するための祝日」にしたいという。明治維新から150年目の節目にあたる2018年の実現が目標で、安倍首相に近い自民党議員らを中心に超党派での国会議員連盟発足の動きもすでに始まっている。

さらに、この運動に呼応するかのように
、政権側も2018年に明治維新150年の記念事業を実施することを10月7日に発表した。菅官房長官は記者会見で「明治150年は、我が国にとって一つの大きな節目。明治の精神に学ぶ、日本の強みを再認識することは極めて重要だ」と述べている。これに合わせて、現行憲法の交付日にちなんで設けられた「文化の日」を廃し、戦前の国家神道を意識した「明治の日」に変えようという魂胆なのだ。
 しかし、ここであらためて指摘しておくが、こんなものは日本の伝統でもなんでもない。むしろ、薩長革命政府によって作られたフィクションにすぎない。

400年に及ぶ徳川幕藩体制で外様の地位に置かれていた薩長が明治維新によって政治の中心に躍り出た際、革命政府がまずやらなければならなかったのは、自らの権威を確立し、国を一つにまとめることだった。そこで利用されたのが天皇信仰だ。薩長革命勢力は王政復古を掲げて維新を戦い、政権樹立後もこれを積極的に利用した。「建国神話」「神武創業」「万世一系」といった思想を整備し、蝦夷地から琉球に至る統一国家の樹立を目指した。イタリア人画家キヨッソーネに明治天皇の肖像を描かせ、「御真影」と称して全国津々浦々に配って国民支配の道具とした。

祝日もそのひとつだった。維新を成し遂げた薩長政権は「王政復古」を具現化するためのさまざまな施策を実行した。1873(明治3)年には太陽暦を採用し、「年中祭日祝日」についての布告を出す。ここで何が行われたのかというと、なんとそれまでの日本の“伝統的な祝日”だった五節句祝(1月7日の人日、3月3日の上巳、5月5日の端午、7月7日の七夕、9月9日の重陽)を廃止してしまったのだ。代わりに新たな「国家祝祭日」として設置されたのが、神武即位日(後の紀元節)、神武天皇祭(神武天皇の崩御日)といった天皇信仰に基づく祭日だった。実在もしない神武天皇の即位から年号を数える「皇紀」もこのとき定められた。

しかも、これはのちに国家神道へと発展し、“日本は世界無比の神の国”という「国体」思想の装置として、祭政一致の国家主義、軍国主義に突き進んでいくことになる。この作られた伝統こそが、数々の侵略戦争によって多くの国の人間の命と自由を奪い、日本自体も滅亡の危機に追い込んだ「大日本帝国」の原点なのだ。

 安倍首相は昨年8月、地元・山口で開かれた会合のあいさつで、明治維新から50年後が寺内正毅首相、100年後が佐藤栄作首相で、いずれも山口(長州)出身だったと指摘して、「頑張って18年までいけば『(明治150年も)山口県出身の安倍晋三となる』と語っていたという(朝日新聞より)。こんな男の野望のために、歴史を逆行させられてはたまらない。

(野尻民夫)

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情報発信者 山崎康彦
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