[CML 050008] テント日誌 8月19日(土) 経産省前テントひろば1807日目後 363日目

木村雅英 kimura-m at ba2.so-net.ne.jp
2017年 8月 21日 (月) 19:56:15 JST


(転送します)

テント日誌8月19日(土)
経産省前テント1807日 (9・11より2165日目)

道に迷ったM子さん大変だったですね。御苦労様でした 8月15(火)
昼直前の経産省前では止んでいたが、横断幕や椅子をセットし終わってしばらくすると雨が降り始めた。最初のうちは、傘をささないでも平気で歩いている人が多かったが、2時近くから雨は断続的に激しくなり、歩道を歩く人も少なくなった。
 いつもの車両から降りてきた警察官、近くまで来て「今日はいつも通りでお願いしますね」といって、こちらの返事を聞く間もなしにサッと車両に戻って立ち去ってしまった。この間のかれらの対応は少なくとも「対話」をしようとする姿勢があったのに。しばらくして、国土交通省管轄の道路パトロールと称する車両が来た。そこから降りてきた係官曰く、「街路灯の柱に物を括りつけている」という通報があったのですが見当たらないですね、と。誰でしょうか、余計な通報をした方は。
 テントひろばの座り込みに毎日、欠かさず通っているM子さんが3時前に雨で濡れた衣服を着替えに事務所に戻った。再度、経産省前に向かう途中で道に迷って路上で佇んでいるところを、親切な青年に交番に連れて行かれてしまった。警察官から、近くの新橋駅まで道案内がてら同行するからと言われて3時間近く待たされ、帰宅したのは夜の9時過ぎになってしまったという。その間、テントひろばのメンバーは、事務所と経産省前の間を何度も往復してM子さんを探したが見つけることは出来なかった。
 一瀬弁護士の関わっていらっしゃる重慶爆撃の遺族補償裁判の関係で、8月16日から20日まで「重慶爆撃写真展」が朝霞市立図書館で開催されている(午前9時半~)ことを知った。19日(土)午後1時から同所にて、記念講演「重慶大爆撃とは何か?」(無料)が行われる。講演はジャーナリストの前田哲男さん。いま日本人は、都市への空爆(原爆も含めて)による被害者であるだけではなくて加害者でもあったのだ、という認識こそが問われていると思う。(E・O)

小学生の少年に説明 いつの日か… 8月16日(水)
毎日に雨だ。座り込みセットを設置するとき、かなり降っていた。文字通り座り込んでいた。いつものように「こんな雨の中なにをしているのだろうか」と思ってこちらをじっと見ていく人対しては「原発反対です」と言った。
小学生の少年が座り込みの前まで来て、じっと見たので、「前の建物は経済産業省で、福島の原発事故があったのに原発を推進する政策をとっているので、私たちは原発に反対してここで座り込みをしているのです。」といったことを丁寧に説明した。少年は「わかりました」と言った。(少年は地下鉄の入口のところで迎えを待っていた。)
 今日は久しぶりにSさんが来たので、わいわいと話した。
天気予報では9月下旬位の陽気だと言っていたので、冷えないようにそれなりに洋服を重ね着してきたが、またビニールの雨合羽を着ていたのに寒かった。(T)

 今日は9月11日から2163日目なのだ 8月17日(木)
事務所に到着すると、前日の雨中での座り込み後の整理(のぼり旗・雨合羽等が整然と干してありました)がきちんとされており、出発する準備が短時間で出来て本当に感謝です。今日は、今月に入って初めて雨が降らず先ずは一安心。
セッティングが終わると、「おテントさまが見ている」のDVD(現在2011年3月~2017年9月11日までの総集編を作成中で予約申込み受付中との事)を出しているSさんが来られて、座り込みの日数を書いたポスターを掲示したところ、Iさんがぶら下げたポスターの日数とが違っていた、Kさんが、早速チェックしたところ、どうやら本日で2011年9月11日より2,163日となった。
その後機動隊員の人は、地下鉄の出入口付近まで来て、こちらの様子を見てはUターンしていましたが、丸の内警察署のワンボックスカーから降りて来た警察官は、立ち止まらずに歩きながら片付けて下さいと言って立ち去る(こちらは、全く無視した)
暫くすると、原発損害賠償請求訴訟を闘っている、鴨下さんご夫婦が来られて、今日「原発被害者訴訟原告団全国連絡会」(全国で28箇所で裁判を起こしている中22箇所を組織していて原告は1万2千人以上との事)の全国代表者役員会があり、その帰りにお寄りになったそうです。千葉地裁の判決は9月22日(金)14時に、その判決前決起集会は9月2日(土)11時より千葉県弁護士会で作家の落合恵子さんや弁護士の井戸謙一さんをお招きして行うとの事でした。
                            (Y・R)

お盆休みも終わって… 8月18日(金)
お盆休みが明け人通りが戻ってきた。昼時になると、僕ら座り込みの並んだ椅子の前を官庁街の官僚たちが大勢行き交う。
 しかし、経産省正門前の座り込みには盆も正月もない。雨の日も雪の日も毎日座り続ける。座り続けて抗議する。
 今日は朝からわずかばかりだが日差しがある。その分だけ蒸し暑い。今年の8月は連続18日雨の日が続くそうだが、こう降り続くとギラギラした夏の太陽がなつかしい。

明日はテント撤去から1年のイベントが予定されている人が沢山集まるといいのだけど、天気が気になる。残り少なくなったチラシを撒き切らなくてはと官邸前まで行って撒きに行く人がいる。(S・S)

戦争責任と原発事故責任 8月18日(金)
座込みしていると、文科省から大きな声が聞こえる。もう4時で朝鮮学校の
差別反対の声だ。何人かが足を運んで参加する。「どれだけ叫べばいいのだろう、奪われ続けた声がある、聴こえるかい、聞いているかい…」と。
 5時からは経産省抗議行動を開始。先週は山の日で休みにした為か、今日は沢山の人が参加でして盛り上がる。経産省は、相変わらずの原発推進委員を選んで、相変わらずの嘘資料を出して、原発推進の「エネルギー基本計画」を立てようとしている。厳しい抗議の声を上げた。
 丁度、eシフトが作成した「どうする?これからの日本のエネルギー」リーフレットが配付され、これを広く多くの人に配布することも呼びかけられた。
 また、大阪から来たMさんが、30代で被ばく労働で大腸がんを患って死亡したされるMさんのことを報告した。8月15日を過ぎて戦争についての話題。戦争加害の報道がいくつかあって良かった、一方でアジア・太平洋戦争でも、東電福島原発事故でも、責任ある人も組織も責任をとっていない、と。
 抗議終了後、8.19プレイベントを前にして早めに撤退した。
(K.M)

テント強制撤去後一年を迎えて 9月19日(土)
〇座り込み
 経産省に着くとH監督が待っていた。強制撤去のとき何故か行方不明になった「脱原発テント」のバナーの複製をお預かりした。写真を元に業者に作ってもらったそうだ。「Anti-nuclear occupy tent」の文字が懐かしい。さっそく設置してみた。ずっしりと重いが風がないので大丈夫だった。Kさんが補強用のポールを事務所に取りに行ってくれた。

 今日は蒸し暑く風は殆どない。どんよりとした曇り空で時々日差しが僅かの時間だけ顔を覗かせる。経産省のいつもの部屋は珍しく照明が消えていた。そのせいという訳ではないだろうが予報では夕方から雨。天気に恵まれてきた土曜日、経産省の休日出勤はてるてる坊主だったのかな。
 機動隊のお巡りさんが跡地でこちらの様子をうかがったり、財務省前の歩道をこちらの方をみながら歩いたり、目の前を通り過ぎて行ったりと今日は忙しそうだ。
 若い女性からカンパをいただいた。お金云々より気にかけてもらえるのが何より嬉しい。それって凄い力なのだって知っているかな。
 今日は鹿砦社から写真取材で若いイケメン男性が来てくれた。とても楽しそうにシャッターを切る。渕上さんが経産省正門脇の歩道脇に座ってカメラに笑顔を向けていた。テントは6年も撤去されなかったことを含めて不思議なことが沢山あるが、一番不思議なのはテントの人たち何で素敵な笑顔が自然にでるのだろうということ。

〇8/19 私たちは表現する-テント強制撤去から一年
 17時ごろから雨がぱらつき始めた。18時くらいには雷雨となり一時は土砂降りに。もちろん雨を気にすることなく、ミニコンサート、スピーチと予定通り進行していったテントには縁の下の力持ちが大勢いるから。
 ワンボックス車の中で上映された8.21の強制執行のドキュメント(I弁護士が撮影しH監督が編集)は11回上映され、一回の上映は6~8人だからおよそ70人以上に観てもらえた。日曜日未明という異例の強制撤去だが、I弁護士の撮影が執拗に妨害されたことがわかる。民 間警備員まで兵馬俑みたいに大勢配置した強制執行。大がかりだがこそこそとしてうしろめたい姿がしっかり写っていた。 
 総掛かりの帰りの人たちも大勢参加してくれ悪天候にもかかわらず大盛況だった。結局、国が撤去できたのは天幕という物体だけで「テント」は撤去出来なかったということを実感した。(O・O)

路上での小さな抵抗&表現活動~(たぶん)世界最小の映画館~
8月19日(土)
今日は、テント強制執行から1年となるイベントが、テント跡地にて行われました。
テント関係者によるスピーチ、音楽演奏、オープンマイク、甘酒の振る舞いなどに加え、強制執行の様子を捉えた映像の上映もあり、私は映写を担当しました。
 「テント」というモノがなくなった後、あの場所で映像の上映を行うのは初めてではないかと思います。雨風をしのげるテントがないということは、水濡れ厳禁の映写機材にとって、とても過酷です。特に夏場のゲリラ豪雨なんて最悪!
 さらに、経産省の目の前という上映会場は、権力に対峙する最前線でもあるため、役人・警察の監視や干渉が激しく、大掛かりな設営をするのは難しいだろうとも想像しました。(何しろ、経産省側のフェンスや植木に少し寄り掛かっただけでも、警備員がすっ飛んできますから)。
そこで思いついたのは、「車の中での上映」でした。
大きなワゴン車のような車をレンタルし、その中で上映をすれば、雷雨でも問題なく機材も安心、そして権力からの妨害もされにくい。
そして何より、今回のイベントが、真夏の夜に行われる「お祭り」のイメージで行うとのことでしたので、映画館に見立てたワゴン車に乗り込み映画を観るという体験は、祭りの「見世物小屋」や「お化け屋敷」の雰囲気で、ワクワクするのではないか?とも考えました。
よし! これでやってみよう!
 早速、テントの方々にも協力いただいて、準備を始めました。ワゴン車のレンタル、発電機の動作確認、明るい場所でも見やすい高照度のプロジェクターの手配など、準備は順調に進みました。
・・・とはいえ、私自身は、ワゴン車内で映画の上映をしたことがありません。実際に、どのような見え方をするのか、ドアを閉めてどの程度の遮音効果があるのか、あの場所で車を長時間停車していて問題ないか、などなど、すべて未知数でした。
 ですから結局は、「やってみないと分からない」という状態で、8月19日当日を迎えました。
 15時、立派なワゴン車が経産省前に到着したところで、あいにく雨がパラパラと降り始めました。機材一式を車内に運び込み、発電機もONにして映写のセッティングを始めました。
 機材は完ぺきにそろえたつもりが、小さな変換アダプタを忘れてきてしまったことが発覚! ワゴン車を走らせてもらい、新橋駅前のヤマダ電機へ。ヒヤヒヤしましたが、無事変換アダプタを購入して、経産省前に戻りました。
 映写の準備を再開する頃には、雨は本降りとなり、やがて土砂降りになりました。時折雷も鳴る大雨の中、予定通り17時ごろから映画館がオープンしました。
 映画館の定員は8名。最初のお客さんは、4人の子供を含む8名。映写担当の私も含めた合計9名が後部シートに乗り込み、上映を開始しました。
 まるで「ポケモン」の映画を観るかのようなはしゃぎっぷりで、最前列に座った子供たちは、じっと映像を見つめていました。「きょうせいしっこう」という言葉も知らないであろう彼らは、「不条理な大人の世界」をどう感じたのでしょうか・・・(> <)?
 雨はますます激しくなりましたが、世界最小の映画館にはひっきりなしにお客さんが来てくれました。最終的には、11回上映し、約80人の方にご覧いただきました。強制執行のニュースは、この日のイベントに来られるような方々はもちろん知っていましたが、実際の強制執行がどのように行われたのかまでは、見たことがないという人が多かったです。強制執行の現場を撮らせまいとする執行官と、撮影しようとする弁護士、ジャーナリストたちの攻防は、もはや「怒り」を通り越して、滑稽な「喜劇」のようにも映りました。
 17時から上映を始め、20時過ぎに最後の上映を終えました。そのかん、テントスタッフの方々に、お客さんの呼び込み、入れ替え、靴の整頓など、休みナシで担当していただきました。ありがたかったです。
 事故やトラブルなく上映を終えられたということはもちろん、あの場で、このような形の上映が実現出来たという、「前例」を作れたことにも、大きな意味を感じています。テントの活動そのものと共通しますが、路上や公共空間での表現の自由が、ますます厳しく制限されていく時代の中で、「やった」という実績や前例を作ることは、とても大事です。でないと、私たちが自由にものを言い、表現できる場が、どんどん奪われていってしまうでしょう。今後も、映像の上映だけでなく、様々な表現活動が、この場で行われていくことを願います。
 ところで、上映した映像は、宣伝時には「制作者:ヒ・ミ・ツ♡」としていましたが、実際には、当日現場にすぐ駆け付けた一瀬敬一郎弁護士の撮影した映像を、私が編集して、12分にした作品でした。編集作業自体はシンプルでしたが、この作品の完成までには、ちょっとした思い入れがあります。
 というのも、昨年8月21日に強制執行が行われた際、私も朝7時半ごろに現場に駆け付けましたが、その頃には撤去作業は完全に終了しており、私は強制執行の現場を撮影することができませんでした。執行の現場に居合わせたいと、たびたびテントに宿泊して備えていただけに、その日泊っていなかったことがとても残念でした。
 すると、テントの方が、「一瀬弁護士は撤去の写真を撮った。動画もあるのでは?」と教えてくれました。早速、一瀬弁護士の事務所の連絡先を聞き、動画を撮ったかどうか、その動画のデータを提供していただけないか?と連絡しました。
 「動画を撮影した。動画のコピーを提供する」と快諾してもらえたものの、そこからが大変(?)でした。
 何しろ、沢山の事件を扱い、海外にも頻繁に出張する一瀬弁護士は、とにかく忙しいのです。データはある、でも、データをコピーする時間がない、そして渡す時間がない・・・。
 私は、小説家の大先生の自宅へ足しげく通い、原稿を催促する編集者のごとく、1週間おき、さらには数日おきに、メールや電話で、データの催促を繰り返しました。最終的には、私の「データを渡してくれるまで帰りません!」位の気迫が伝わったのか、数か月後にやっと一瀬弁護士とお会いし、データのコピーを頂きました。待ちに待った映像を拝見した時、数か月待ち続けた甲斐があったと思うほど、大変貴重な現場を捉えた映像だと思いました。
 そのようないきさつで完成した作品、『本当にあった怖い話~強制執行ドキュメント~』を、今後も多くの方にご覧いただき、私たちが今、どのような時代・社会を生きているのか、考えるきっかけとなってほしいと願っています。
以上、昨日のイベント、映写部門の報告でした。
(早川由美子)
8月25日(金)5時~6時経産省前抗議行動
官邸前抗議行動は6時から(首都圏反原連)
9月11日(月)のイベントのチラシを添付いたします

福島を伝える <災を忘れず>原発事故の教訓 未来へ  転載
稲井です、
河北新報8月18日の記事です。
福島民友、民報ではこのような記事は載せないと思うので、河北新報の記事を送ります。
福島第一原子力発電所事故は人災です!安倍総理、勝俣東電会長の責任を追求しましょう!

 地震や風水害などの天災、戦争や市街地の火事といった人災。生死を左右しかねない惨事の発生は人々に大きな衝撃を与えるが、その爪痕や傷痕が歳月の中で癒えるにつれ、風化は進む。「大切な記憶を継承する」。熱い願いが込められた東北各地の施設や地域を紹介する。
◎東北の施設・地域巡り(2)コミュタン福島(福島県三春町)
 住民の暮らしを奪った東京電力福島第1原発事故。事故直後の様子を模型で再現する。水素爆発を起こした1号機は、がれきが積み重なっている。
 事故から6年半近く。廃炉作業の現状はどうか。
 「3号機では使用済み核燃料の取り出しに向け、放射性物質の飛散を防ぐかまぼこ型のカバーを設置する工事が進んでいます」
 現地に足を運んで研修を重ねるスタッフが、来館者に丁寧に説明する。
 オープンは昨年7月。原発事故に関する情報を発信する体験型施設として、福島県が整備した。館内は五つのゾーンに分かれ、事故後の福島の歩みや、放射線などを紹介。タッチパネルで楽しみながら学べる。
 中でも「環境創造シアター」は迫力満点だ。直径12.8メートルの全球形スクリーンが映し出す福島の自然や相馬野馬追など伝統行事、復興への取り組みをまとめた映像は臨場感があふれる。
 
 自然界の放射線などを観察する「霧箱」もある。大きさは国内有数。箱をのぞくと、放射線が霧状の白い軌跡になって出現する。目に見えない放射線の空中の動きをイメージできる。
 放射線への漠然とした不安は消えない。大山一浩副所長は「福島の現状や放射線について正しく理解することが重要」と語る。
 来館者は1年間で8万人を超えた。県内の学校関係は260団体が訪れた。原発事故は県内の子どもにも「昔」になりつつある。
 「事故当時は小学2年。よく分からなかった」と伊達市伊達中3年の渡辺羽由さん(14)。来場したことで「原発で何が起こったのか理解できた」と話す。
 昨年は自主避難の児童生徒へのいじめが全国各地で表面化した。対応が問題になった横浜市教委は今年、教職員研修の一環で、この施設を利用した。
 原発事故の被害は甚大で、風評や偏見は根強い。「事故の教訓を未来へつなぐ役割も果たしたい」。大山副所長は力を込める。
 <メモ>入館無料。開館時間は午前9時~午後5時。毎週月曜休館。オープン1周年を記念した「発明王エジソン展」を27日まで開催中。連絡先は0247(61)5721。
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201708/20170818_63003.h


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