[CML 049874] 【毎日新聞】 遺稿集 元自衛官の護憲・平和、残す ヘイト抗議も先駆け

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2017年 8月 11日 (金) 15:45:22 JST


遺稿集

元自衛官の護憲・平和、残す ヘイト抗議も先駆け

毎日新聞2017年8月10日 16時00分(最終更新 8月10日 16時00分)
https://mainichi.jp/articles/20170810/k00/00e/040/316000c

 元自衛官として集団的自衛権の行使などに反対し、今年5月に63歳で亡くなった異色の平和活動家、泥(どろ)憲和さん(兵庫県姫路市)。がんと闘いながら安全保障関連法に反対し、ヘイトスピーチへ抗議し続けたその言葉と遺志を残そうと、知人らが遺稿などを収めた本の出版準備を進めている。【栗田亨】

 「集団的自衛権(の行使)は他人のけんかを買いに行くこと。なぜそんなことに自衛隊が使われなければならないのか」

 2014年6月30日、安倍晋三内閣が憲法解釈を変更し、集団的自衛権の行使容認を閣議決定する前日。泥さんは神戸市の繁華街・三宮であった閣議決定反対の街頭活動に飛び入り参加し、マイクを握って訴えた。元自衛官による異例の発言はSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などで2万件以上拡散されて反響を呼び、講演で全国約100カ所を巡った。

 泥さんは中学卒業後、1969年に陸上自衛隊少年工科学校に入り、75年に除隊。工場経営などを経て法律事務所職員となり、多重債務相談に携った。市民団体の事務局も務め、憲法や人権を守る活動へ傾注していった。

 泥さんは民族や人種への差別を扇動するヘイトスピーチにも敢然とあらがった。「社会の公正が侵される」。排外主義団体が京都市の朝鮮学校前で怒号を浴びせたことが問題になっていた2010年冬、神戸市内で街宣中の団体に単独で抗議。ジャーナリストの安田浩一さんは「誰もが無関心だった時期にたった一人で正面から立ち向かった人」と話す。この行動は、ヘイトスピーチに抗議する活動の先駆けとなった。

 泥さんは14年春、がんで余命1年と宣告された。それでも妻典子さん(58)は「全国を飛び回って生き生きしていた」と振り返る。しかし、病状が悪化し、今年5月3日に亡くなった。憲法記念日だった。

 出版を企画したのは、泥さんと10年来親交があった団体職員の岡林信一さん(46)とデザイン会社代表の吉本研作さん(73)=ともに神戸市=だ。泥さんが生前に書きためた原稿、SNSで発信した記事などを安保関連法といったテーマ別に編集する。年内の出版を目指している。

 どんな相手にも直接話し合うことをいとわなかった泥さん。吉本さんは「物事の本質を分かりやすく語り、説得力があった」と言う。岡林さんは「理を尽くし、情があった。対話すれば人は変わる。そんな泥さんの思いを伝えたい」と話した。


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