[CML 045216] ◆ 峇敍青少年平和交流団」韓国光州市の高校生の感想 

masuda miyako masuda_miyako1 at hotmail.com
2016年 10月 6日 (木) 13:51:07 JST



  続いて二人目の感想をご紹介します。

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炎天下よりも、熱い信念で        東新女子高等学校 2年 
   
   富山に着いて、最初に私たちを喜ばせてくれたのは、日本の のどかな天気でも乗務員でもなく、北陸連絡会会員の方々だった。ぎこちなく もじもじしている私たちの緊張を、微笑で解いてくれたのだ。明るく笑いながら、先ず車に乗れとおっしゃった北陸連絡会の中川さんの顔は今でも忘れない。
   
   そして、初めて着いた韓国会館では、増田都子先生が“日本の歴史偽造勢力との闘い”に関するテーマで講演をされた。増田先生は盧武鉉大統領に手紙を書き、議論する活動を進められた。私は日頃から、日本の学生は何故自国の蛮行についてよく知らず、否認するのか不思議に思っていた。
   
  それが先生の講演を聞いて、その訳が初めて分かった。その訳とは、日本の学生はろくに歴史教育を受けたことがないからであった。日本の学生はこの活動を通して、知らなかった隠された歴史を知り得たし、自分たちが韓国人に謝罪し、今後はこんな事が二度と繰り返されないように努力すると手紙に書いた。ところがこの活動の中で、増田先生が特定の都議員と教科書を“歴史偽造者”、“歴史偽造教科書”だと発言したことで、右翼たちにより弾圧され、無念にも免職処分を受けてしまった。その為、数年が過ぎた今でも講演や本の出版、そして裁判を通して闘っているとおっしゃった。
   
  私は質問した。「約11年間もの長い間に、闘いを止めたかったことは無かったですか?」。返ってきた先生の言葉は、とてもすてきだった。「勝てないだろうとは思いましたが、せねばならぬ事はせねばなりません。それで私はこの闘いを止める積もりはありません」。自分のやったことが間違いでなかったのに不当な処分を受けてしまったが、決して後悔していないという増田先生の信念は、富山の天気よりも熱かった。そして、この事を通して私は、自分が考え行動した事が正しく、正義の道ならば、どんな弾圧にも自分の信念を曲げないぞという意志が持てるようになった。そして、日本の学生たちが正しい歴史教育を受けられない事実が大変  気の毒だったし、右翼の息が学生教育に大きく関与している、その具体的内容を知って身震いしたのだった。
   
   増田先生の講演を通して右翼の弾圧について耳で聞いたばかりでなく、不二越門前行動を通して、直接見て経験することとなった。旭日旗と日章旗を付けた右翼の拡声器車3台がゆっくりと道路を回って、北陸連絡会と私たちに向かって「朝鮮人は帰れ!」と、やたらに暴言を吐いた。その言葉を背に、北陸連絡会の人たちは不二越に向かってデモンストレーションをした。私は太陽に向き合う、身体が燃えそうな暑さの中で起きている出来事を見て、右翼の殺気立った横暴に驚かずにはいられなかった。
   
  また、こんな極度の状況の中で不二越に訴えている良心的な日本人の姿を見て、涙がこぼれずにはいられなかった。本来なら被害者側の国と多くの国民がすべき事を、この人たちが汗を滝のように流しながら継続して闘い、行動してこられたというその事実に驚いたし、感謝するばかりであった。そこで私が助けになることは何もないことが、心が裂ける程痛かった。右翼の拡声器車4台の声のせいで、シュプレヒコールや訴える内容はほとんど聞こえなかった。すぐに、うるさく騒ぐ右翼車を無くしてしまいたかった。その間は、不二越門前にいた我々全員が同じ気持ちだったと確信する。門前行動を通して、増田先生が受けた右翼の横暴と、それでも放棄しない北陸連絡会員たちの熱い心が伝わった。“百聞は一見にしかず”ということを、身にしみて感じた瞬間であった。

   韓国にいる私たちの代わりに戦犯企業:不二越と闘う北陸連絡会員たちは、暑い天気でも門前行動や多くの活動をされているその理由が“より良い日本をつくるため”だと言われた。こんな良心的日本人の思い・信念に反し、韓国人であるにもかかわらず、強制労働問題に関し、椅子に腰掛けて聞くばかりで何も行動していなかった自分自身が恥ずかしく思えた。自分が学生という制限された枠にいる為に、する事に限界はあったとしても、学生である事で出来る事も多いはずだ。学生として、勤労挺身隊ハルモニたちが一日も早く謝罪されるべく援助するのにどんな事があろうかと、深く考える契機となった。その間、座視してハルモニたちが謝罪されなければと思っていたが、門前行動を通して、これからは立ち上がって直接叫んで闘わなければと、心から理解する事ができた。
   
   不二越正門前の次に、私たちは横にある後門に行き、赤い煉瓦壁に向き合った。煉瓦の塀は、ハルモニたちが強制動員されていた当時からあった物で、現在残っている唯一の真実の物であった。150cm程の身長の少女たちが脱出できない様、3m60cm程に高く築かれた障壁を見ながら、あまりにも残忍な彼らの考えに、くやしくて身震いした。何も知らず日本に連行された少女たちは、その高い塀を見てどう思っただろうか? 乗り越えられる希望も持てず、赤い塀で囲われたその中で、ろくに食べることも出来ず、重労働するしかなかった10代の少女の人生。私より幼くかわいらしい年の少女が、つらい労働で憔悴しゆがんでいく顔。その少女が今も赤い塀の向こうにつっ立っている様に思われ、心が締め付けられる程痛かった。ハルモニになってしまった少女たちに対し、今もろくに謝罪しようとしない戦犯企業に対し、こみ上げる憤怒の情。
   
   私たちが他に行った処は、尹奉吉義士の密葬地だった。誰にも分からぬ様に密葬された土地だったが、解放後に尹奉吉義士の死体を探すのが大変困難だったと言われた。それが尹奉吉義士を踏み倒し、殺して埋め、夢見が悪かった日本の軍人たちは、近所の寺の女僧に仏教の儀式を依頼したのだが、後日この女僧が密葬地を教えてくれ、やっと分かったとのことだった。私たちにこの話を説明してくれた老人が幼かった頃、密葬地近くの学校に通っていたが、国の高貴な方が埋葬されているとも知らず、そこを踏んで遊んでいたことに罪責感を感じて、現在までここを管理されているとおっしゃった。そんな老人の堅固な心がとてもすてきに思われたし、有り難かったし、国のために命を投げ打ち犠牲となった尹奉吉義士に感謝した。尹奉吉義士やこの老人の様な方がいらっしゃるおかげで、今まで国が存在できたのだと思った。私も大韓民国の国民として、国のため、国民のために闘う愛国の志士になろうと決心した。
   
   4泊5日間の富山での韓日交流は、最高の思い出になった。私たちに不便が無い様にと親切にしてくれたホームステイ家族の人たちと、団体宿泊のため宿を貸してくれた「まめのま」の方々に、また星槎高校の学生たち、そして私たちのために苦労された先生方のことは忘れません。無くなった国を取り戻すため、生命まで差し出した愛国志士と、強制動員で連行され、死ぬ程の労働に苦しめられた朝鮮人のことは骨の髄まで憶えておきます。
   
  何より、私が永遠に頭に留めおくことは、歪曲された歴史の裏に隠された真実のために、日本で大きな勢力と闘っている北陸連絡会の方々の汗であり、涙です。旅程が遠くても、不二越が誤りを認定する時まで、また日本がきちんと謝罪をハルモニたちにする時まで闘うぞという人たちの情熱は本当に熱かった。私も韓国で、日本の人たちより苦労は少ないけど、真実を知らしめる為に立ち上がり、動く学生になるように努めるつもりです。
   
  




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