[CML 043495] 私は「立憲主義」の名のもとに次代の政治展望に決定的な禍根を遺す「野党共闘」の理念の全面的見直しを求めます。

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2016年 5月 22日 (日) 18:47:15 JST


      以下の小文を私の「今日の言葉」として当面フリーエリア欄に掲げておこうと思います。私の小さな政治的所感。し
      かし、けっして徒や疎かに書かれているわけではありません。

私には「野党共闘」と一般に呼ばれている政治的トレンドについて根底的な疑問があります。その「野党共闘」の謳い文句は
「憲法違反の安保関連法を廃止するための立憲主義に基づく野党間共闘」というものですが、これらの政党の主張する「立
憲主義」とは「新9条論」者の多い安全保障関連法に反対する学者の会の主張に立脚するもので、まず樋口陽一氏(東大名
誉教授)らの主張する「立憲主義」についていえば金光翔さんはその問題点を次のように指摘しています。樋口氏は「大日本
帝国憲法を作った権力者らの掲げたキーワードが立憲政治だった。安倍政治は(略)その『戦前の遺産』さえ無視しようとし
ているのだ。だから私たちは、『憲政の常道』とも言える立憲主義を取り戻す必要がある」(週刊金曜日)と言うが、「大日本
帝国憲法すら『立憲主義』の『遺産』」として評価されるならば、自民党の改憲案がなぜ「立憲主義」に反しているということに
なるのか私にはよくわからないのだが、(略)今日の「立憲主義」の政治的主張が、『戦後解放の意味』をあいまいにし、天皇
制、『昭和天皇の戦争責任という問題』を捨象した上で成り立っているものであることを示唆していると言えよう」(私にも話さ
せて 2016年3月6日)、と。また、「新9条論」者の主張を身も蓋もなく要約すれば単に「政府が強行採決した安保関連法は憲
法違反である。だから、『憲法を現実に近づけませんか』」(斉藤美奈子『本音のコラム』)というもので、安保関連法の指向す
る、すなわち、安倍政権の指向する戦争への道から脱却しようとするものではありません。だとすれば、なんのための「野党
共闘」なのでしょう? 政党の顔ぶれや看板などの表装は変わったとしても安保関連法という内装が旧態依然のままであるな
らばそれは「廃止」の名に値しないでしょう。ふつうこういう状況を「実質的容認」というのです。これが私の根底的な不信感で
す。どうして安保関連法の実質的容認でしかない「野党共闘」に期待などできるでしょう! なにも変わりはしません。むしろ、
市民に徒な幻想を抱かせる分より悪質性は高い、というのが私の評価です。私はこうした次代の政治展望に決定的な禍根
を遺す「野党共闘」の理念の全面的見直しを求めます。(Blog「みずき」2016年5月20日)


全文は下記をご参照ください。
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-1938.html


東本高志@大分
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