[CML 041718] 今日の言葉 ――リベラルを自認する論者や個人の尊厳を掲げる野党が、これほどまでに「他者のまなざし」に無頓着な姿もまた、理性の「崩壊」とは言わないまでも、理性の「劣化」を意味する。

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2016年 1月 27日 (水) 10:12:00 JST


【国家責任と民衆責任】
さらに視野を広げて言えば、「慰安婦」徴集の場面にひたすら焦点を当て、事実上、拘禁状態の「慰安所」で、連日、多くの兵
士相手に性交渉を強要された「慰安婦」の実態を直視せず、その事実に言及しようともしない安倍首相の一片の「お詫び」が
元「慰安婦」に通じると考える方が不見識である。他虐を自虐と言いくるめる極右派ならともかく、リベラルを自認する論者や
個人の尊厳を掲げる野党が、これほどまでに「他者のまなざし」に無頓着な姿もまた、理性の「崩壊」とは言わないまでも、理
性の「劣化」を意味することは間違いない。そのように劣化した理性が安倍外交に野党まで飲み込まれるという惨めな結果を
もたらしているのである。

「国家責任と民衆責任」と題した徐京植氏と山田昭次氏との対話の中に次のようなやりとりがある。「徐 ところで、たとえば関
東大震災の朝鮮人虐殺に関する先生の研究などについて、同じ研究者の間から、日本民衆に対して厳し過ぎるという批判も
あったと聞き及びますが? 山田 そうですね。はっきりとはおっしゃいませんが、国家とか、軍隊の責任は追及するけれども、
あまり民衆責任については言わない方が多いようですね。・・・だって、民衆責任の問題で一番大きいのは、民衆が国家責任
について沈黙していることなんですよ。・・・・徐 企業だけでなく日本の民衆の大多数も近現代史を通じて国家との共犯関係を
保ち続けているともいえますが、こうした共犯関係をきっぱり拒絶したのが金子文子だと考えていいでしょうか? 山田 そうで
す。国家はそういう人間を、歴史から抹殺してしまうわけです。なかなか国家との共犯関係をビシッと切れる日本人は少ない
んですよ。」(徐京植『新しい普遍性へ――徐京植対話集』1999年、影書房、207~208ページ)

愚かな自虐史観に冒された持論を政略的に操作して、「慰安婦」問題を「不可逆的に」決着させるという安倍首相の外交戦略
に易々と飲み込まれたリベラル左派の論者や野党の姿は、ふがいないで済む問題ではなく、加害国の国家責任を免罪する
不作為を意味し、国家との共犯関係に通じる危うさをはらんでいるのである。

      派は知らず流儀は無ければ我が歌は圧しつけられし胸の焔よ
      燃え出づる心をこそは愛で給へ歌的価値を探し給ふな
      真白なる朝鮮服を身に着けて醜き心をみつむる淋しさ
                           (金子文子『獄中歌集』より)
                                                      (醍醐聰のブログ 2016年1月26日)


【安倍首相が全能感いっぱいで、爆走している】
(略)
(水島朝穂「今週の直言」2016年1月25日)


以下、省略。全文は下記をご参照ください。
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-1758.html


東本高志@大分
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