[CML 041688] 米ソスパイ合戦

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2016年 1月 24日 (日) 20:23:12 JST


 坂井貴司です。
 転送・転載歓迎。
 
  現在、『ブリッジ・オブ・スパイ』(スティーブン・スピルバーグ監督)と
いう映画が上映されています。1950年代、保険に関する訴訟を専門とするア
メリカ人弁護士が、逮捕されたソビエトのスパイの弁護を依頼されたことで、米
ソ冷戦の渦中に巻き込まれるという物語です。
 
 1950年代から60年代にかけて、アメリカとソビエトは激しいスパイ合戦
を行いました。互いに秘密情報を入手しあい、偽情報を流しあいました。

 このスパイ合戦は市民の生活に深刻な影響を与えました。米ソのマスコミは
「あなたの隣にスパイがいる!」と大々的に宣伝し、恐怖と不安を煽りました。
「あの人はスパイではないか」とお互いに疑い、警察に密告しました。相互監視
社会になりました。
 アメリカでは「赤狩り」が起こりました。無名の田舎議員であったジョセフ・
マッカシー上院議員が主導する非米活動委員会は、共産主義者、ソビエトのスパ
イだと告発された多くの人々をつるし上げました。後に映画『ローマの休日』の
脚本を書き、『ジョニーは戦場に行った』の監督になったドルトン・トランボは
有罪となり投獄されました。非米活動委員会への召喚命令を受けたチャールズ・
チャップリンは故郷のイギリスへ逃れました。ローゼンバーグ夫妻は処刑されま
した。
 ソビエトでも同様のスパイ狩りが行われました。無実の人々が密告され、公開
裁判にかけられ、シベリアや中央アジアの強制収容所に送り込まれました。ソビ
エトの支配下にあった東ヨーロッパでも同じ事が行われました。中でも「モスク
ワの長女」と呼ばれた東ドイツでは、シュタージ(秘密警察)による監視網が張
り巡らされ、家族、隣人が監視し合いました。

 このスパイ合戦は、ナチスドイツの残党を生き残らせる結果をもたらしました。
アメリカは親衛隊やゲシュタポ、SD(国家保安部)の幹部を対ソビエトのスペ
シャリストとして雇いました。戦争犯罪を免責しました。その中にはボリビアに
渡り、政界の黒幕として暗躍した「リヨンの虐殺者」クラウス・バルビーがいま
した。
 
 この米ソスパイ合戦は、日本にも大きな影響を与えました。スパイ合戦が本格
化すると、アメリカはレッドパージを行い,日本の左翼運動を弾圧しました。一方、
公職追放した右翼の政治家や官僚、財界人を復権させました。その中に岸信介や
佐藤栄作がいまいした。

 さらにこのスパイ合戦は、世界中で数多くの内戦や紛争を引き起こしました。
多くに国々が米ソのどちらかにつくかを迫られました。

 冷戦終結で公開された秘密映像から、米ソ情報合戦を描きます。

NHK総合
NHKスペシャル
「新・映像の世紀 第4集 世界は秘密と嘘(うそ)に覆われた」
 http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20160124

放送日:1月24日(日)
放送時間:午後9時00分〜9時49分

坂井貴司
福岡県
E-Mail:donko at ac.csf.ne.jp
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「郵政民営化は構造改革の本丸」(小泉純一郎前首相)
その現実がここに書かれています・
『伝送便』
http://densobin.ubin-net.jp/
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