[CML 041568] 天皇のフィリピン訪問反対 1・24大阪集会

吉田 宗弘 mnhryoshi at yahoo.co.jp
2016年 1月 15日 (金) 15:24:18 JST


反戦反天皇制労働者ネットワークの吉田です。
 
1月24日、下記の集会とデモを行います。多くの参加を呼びかけます。
 
 
■天皇のフィリピン訪問反対1・24大阪集会
◇日時 16年1月24日(日)13時30分~16時30分    
          集会後 デモ
◇場所 エルおおさか(大阪地下鉄谷町線・京阪「天満橋」下車徒歩7分)
◇内容
  DVD「教えられなかった戦争 フィリピン編」上映
  基調報告
◇資料代 500円(経済的に厳しい方は受付まで)
◇主催 参戦と天皇制に反対する連続行動  
 
天皇・皇后は2016年1月26日から4日間、フィリピンを訪問する。フィリピンとの国交正常化60周年を迎えての「親善」だという。ほんとうにそうか。
 アキノ大統領は来日のとき、アジア海域での自衛隊の活動、対中国軍事的挑発行動を歓迎し、自衛隊にフィリピン軍基地の使用を承認する軍事協定(「訪問軍協定」)の締結に前向きな考えを示した。これは、米国や日本のフィリピンを巻き込んだ危険極まりない対中国軍事戦略に応えたもので、アジアにおける戦争の危機を強めるものである。天皇明仁のフィリピン訪問はこうした危険極まりないフィリピン―日本関係を強める「親善」ではないのか。
もし、「親善」が強められ、「訪問軍協定」が締結されると、それは日本の侵略戦争の惨禍を受け111万人もの犠牲を被ったフィリピンに、日本の軍隊・自衛隊が再び上陸することを意味する。フィリピンは米日の戦争の最前線に立たせるのだ。
 これはフィリピン人民にとって「悪夢」の再来である。1990年の湾岸危機の折り、海部俊樹内閣は多国籍軍に戦費支援などを決定し、国際平和協力法案を国会に提出した(11月廃案)が、このときフィリピンの歴史学者で、日本占領中には抗日運動を行ったレナト・コンスタンティーノは「日本の軍隊を中東に派遣するという自民党の提案は、日本に軍事占領された体験をもつ諸国の民衆の心の中に、軍国主義再興の恐怖感を呼び起こすもの以外の何ものでもありません」と弾劾した(『第二の侵略』刊行社)。今回の日本軍・自衛隊のフィリピン再上陸という事態は、この90年をはるかに超えた許すことができない事態だ。4月再改定の日米戦争協力の指針(ガイドライン)で、自衛隊が作戦立案・運用
の両面で平時から全面的に米軍の指揮下に入ることを決定した。米国は日本に南中国海への出動を要請するまでになった。そして、米日は対中国戦争にフィリピンの「協力」を不可欠とする。そのためには、日本軍に対するフィリピン人民の怒りをしずめ拒否感を薄めることが必要で、日本国家「最高の権威」、天皇の何らかの態度表明が不可欠になったのである。それが侵略・戦争の「謝罪なき謝罪」という「親善」なのである。これは日・米・比の支配層の共通の政治的意思だ。
 
●フィリピンにおける日米戦―フィリピンの犠牲者111万人余
フィリピンにおける戦争末期の日米戦でもっとも多くフィリピン住民が殺されたのは米軍のレイテ上陸以降である。米軍とゲリラに挟撃されることを恐れた日本軍は、ルソン島南部を中心に徹底した討伐を行った。教会に集めた住民すべてを無差別に殺すこともあった。マニラでも住民虐殺が行われた。ゲリラと一般住民の区別ができなくなり、海軍陸戦隊は住民殺害を命じた。その命令文は米軍に押収され極東軍事裁判(東京裁判)に住民虐殺の証拠として提出された。そこには次のように書かれていた。
「比島人を殺すには極力1か所に纏〔まと〕め、爆薬と労力を省〔はぶ〕く如く留意せよ。/死体処理うるさきを以て、焼却予定家屋に集め、或いは川に突き落とすべし」
 検察側掲出証拠には、虐殺命令をうけた兵士の日記もあった。 
「男子は全部殺すようにとのことだ。今度の討伐戦は見物だ」「目的は男子を殺傷して情報の収集。逃げる女性は殺すこと。いずれにしても人員の消滅にあり」
「アーと叫んで倒れた男は苦しんでいたが、刺した自分自身は少しも感情が移らなかった」と記した日記もあった。これらの証拠は日本軍の住民虐殺のほんの一端である。それでも帝国主義軍隊のおぞましい人間破壊がわれわれに突きつける(NHK取材班『ドキュメント太平洋戦争9 踏みにじられた南の島 レイテ・フィリピン』)
日本軍の残虐行為を含め戦争被害はフィリピン全体に及び、戦争犠牲者は全土で111万人余(1939年総人口約1600万人に対し)、物的被害も58億5千万ドル(1950年価格)に達した。
 
●天皇明仁の「謝罪なき謝罪」を許さない
6月、アキノ大統領を迎えた宮中晩さん会で天皇明仁は、フィリピン国民が多数命をなくしたことに「深い痛恨の心」をもち「深い哀悼の意を」表した。しかし、110万人もの犠牲を出した日本(天皇)の戦争責任を認めず、謝罪もしなかった。他人事のようにたんたんと述べただけであった。「謝罪なき謝罪」とはかかるパフォーマンスなのだ。そして、明仁はフィリピンでもこのパフォーマンスを繰り返すにちがいない。
私たちは天皇のフィリピン訪問を許さない。それがフィリピン人民に対する歴史的道義であり、日本の戦争を阻止する道である。
 
参戦と天皇制に反対する連続行動  
大阪市淀川区十三東3-16-12  
Tel/Fax  06 (6303) 0449
*1・24集会に賛同を。賛同費は個人・団体とも1000円 「1・24」集会と明記を
  郵便振込 00900-8-168991  口座名称 反戦反天皇制労働者ネットワーク


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