[CML 041360] 新年のご挨拶に代えて ――光よ。去年今年を貫く棒の如きものであれ。

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2016年 1月 1日 (金) 14:58:13 JST


【去年今年貫く棒の如きもの】

去年今年(こぞことし)

貫く棒の

如(ごと)きもの

                 高浜 虚子

      『六百五十句』(昭三〇)所収。昭和二十五年十二月二十日、新春放送用に作った句という。当時七十六歳。「去年
      今年」は、昨日が去年で今日は今年という一年の変わり目をとらえ、ぐんと大きく表現した新年の季語。虚子の句は
      この季語の力を最大限に利用して、新春だけに限らず、去年をも今年をも丸抱えにして貫流する天地自然の理への
      思いをうたう。「貫く棒の如きもの」の強さは大したもので、快作にして怪作というべきか(大岡信「折々のうた」より)

去年今年にかけて私宅の西側の窓にわずかに射す光がありました。その光は、人によっては単に陰影の濃い影のごときもの
でしかないのかもしれませんが、辺見庸の『1★9★3★7』が少なくない人たちに読まれたということだったように思います。左記
はもちろん近頃の「右傾化」の諸相を剔抉する隠喩としての例証です。今年にかけて光がさらに「貫く棒のごとき」光として充ち
ることを私は願わずにはいられません(Blog「みずき」 2016年1月1日)。

以下、省略。全文は下記をご参照ください。
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-1713.html


東本高志@大分
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