[CML 042089] 「3.11の連想から」その2
長船青治
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2016年 2月 22日 (月) 20:51:38 JST
皆さんへ
5年目に向けた断片的レポート(その2)です。
<2011年3月11日の連想>4月に入って5回目か6回目のとき2次避難所の会津市の「リゾートイン磐梯」というスキー場のホテルに300人位のかたがたが避難しておられるというので、
10人位で支援物資を運んだときだった。私たちは翌朝、6市町村(楢葉町、富岡町、双葉町、大熊町、浪江町、南相馬市)の代表の方に集まっていただきそれぞれのかたがたのかなり本音に近いというか私にはというかマスコミなどでは
それまでまったく想像しなかったようなえっと思うような意見を聞くことができた。代表のかたがたは皆んなそれまでは穏やかな生活を送っていた普通の家庭の人たちだった。こちらは江田さん、正清さん、三上さん、塩見さん、それに
日本山妙法寺の石橋さんといったそうそうたるというかものすごいというか全学連というか全共闘というかそういうとこのリーダーだった人が、ぐっと引いたところで何とかして有史以来はじめての放射能災害の被災者のかたがたを前に
ものすごい優しさで寄り添うというか何か私たちにできることはないかと問いかけていた。
しかし、「そっとして置いてほしい。何もいらない、何も知りたくない、何も話したくない。」と代表のかたがたのなかで一番人格者のようなかたがそう言って
対談というか会議は爽やかな沈黙の時が流れたのだった。
それはその後の第15回目位に訪れた福島市郊外の2次避難所の吾妻総合体育館の500人の避難者のかたがたと対象的な痛みを300人が共有していたことだった。なぜかは分からない。
それで私はここはもしかしたらと思って毎週のように野菜や果物やパソコンなどの支援物資を運び込んだのだが、最後に「町役場」と称する「公安」が現れて私たちをオカルトの新興宗教だと言うので塩見さんに対応してもらったら
コテンパンに論破してくれたのだった。
だけどそれ以降、急速にそこは閉鎖に向かっていき人々は第3避難所とでもいうのかバラックの「仮設住宅」に収容されて行ったのだった。
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