[CML 042009] <テント日誌2月16日(火) 経産省前テントひろば1620日目>

Kimura-m kimura-m at ba2.so-net.ne.jp
2016年 2月 17日 (水) 08:42:03 JST


(転送します)

テント日誌2月16日(火)
経産省前テントひろば1620日

広い文脈で高市発言をみよう
「バレンタインデー」もいつの間にか過ぎ去った。遅く帰ると机の上に連れ合いからの義理チョコがいつも置いてあったのだけれど、そういえば今年はそれもなかった。この間、やってきた孫たちに買ってきておいたチョコレートの食べ残しがあるだけだ。息子からの写真付きメールでは孫娘にチョコレートを渡されているのが映っていた。息子の嬉しそうな表情をみて、なるほどバレンタインデーも悪くないかと思った。
僕らの子供のころは女性からチョコレートを渡されることはなかったし、女性から愛を告白されることもなかった。なかったというと語弊があるだろうから、少なかったというべきか。いずれにしても女性たちが強くなったことは確かで、これは戦後70年の中で数少ないいいことにちがいない。経産省前テントも女性たちに支えられているところが大きく、それには日頃から敬意を持っている。

それでは安倍政権の中で権勢をふるっている女性政治家はなんなのだろうか。例えばこの間の高市総務相の「電波停止」発言は何なのだろうか。ついでに丸川環境相のお粗末な1シーベルト発言を加えていいが、彼女らは例外なのだろうか。権力にあるものが、こういう発言をすることが、何を意味するか当人には分かっていないのか、政治的な意図に基づいた発言なのか、そのどちらかは判断しにくいが、どちらにしても大臣のような位置にいる政治家としては許されざるものである。批判報道に対抗しようという衝動や権力者の意識はわからないではないが、それらに「報道の中立」なんてことを掲げて対応しようとすること自体が許されないことなのだ。
何故、憲法が「表現の自由」を条文にして盛り込んであるかを考えればすぐにわかることではないか。自由は自由一般ではなく、権力の関係において現れ存在する。そこが重要なことだ。権力はその権力の性向として非権力部分を支配しようとする。自己に対する批判を封印し、閉じ込めようとする。権力のこの動きに対して制限し、それを縛るものが憲法であり、憲法の精神なのだ。現実の政府が憲法に沿ってあることは、自己への批判を含めた批判報道に対して権力としての対応をしてはならないのだ。自分たちに対する批判報道にいら立ち、対抗しようという衝動があっても、権力は対抗的な対応をしてはならないのだ。こういう前提的なことが高市総務相にも安倍にも分かっていないのだ。

条文以上に憲法という精神が分かってはいないのだ。この点では安倍も高市もおなじだろうが、「番組の一つから」とか「番組の全体から」とかという言葉で、それを政治的に判断すること自体が許されざる行為であることがわからない。放送法は放送にある権力者を縛るものであり、それをもって政府が介入すべきものでないことは論をまたない。放送法は放送業界にある権力者をしばる法であり、その内部の権力に対する規定以上のものではないのだ。

政府の批判報道の抑制、そのコントロール化は彼らの権力としての振舞いとしてある。現在の政府の構成者たちは憲法にそって物事を考えているような面々ではない。その意味では彼らは国家主義者であり、憲法も法も権力支配の道具だと思っている。彼らがしばしば自分たちは法治国家の原則によって行動しているというが、僕はいつも疑問を抱いている。彼らの言う法治なんて中国の法家思想のいう法治論ではないかと。何故、今、人々が立憲とか、立憲主義とかいうのを理解しえていないのだろう。政府が放送業界をコントロールし、批判報道を封じようとして、様々に動いてきたこと(各種の降板事件)の一つとして高市発言やそれを擁護する安倍発言があることは明瞭である。

ここで注目すべきは、放送業界や報道業界の対応である。政府はこれらの社会権力が政府の考えに迎合とまではいかなくとも、その批判を自主規制という形で封印することを狙っている。これは目的を達しているというべきである。放送業界などは外堀を埋められている状態にあるのだ。何故だろうか。放送業界などでの社会権力が社会権力のあり方を問うてはこなかったからだ。「表現の自由」という憲法の規定は政府などの政治権力だけではなく、社会権力にも及ぶものであることが、問われその闘いが組まれてこなかったからだ。

フーコ―がよく語っていたように、日本の政治権力が赤紙一枚で兵士をかき集めることができたことは、地域・企業・家族などの社会権力の強い協力があったからである。これが日本国家、日本帝国の権力の秘密だった。このことは逆に言えば、自由が権力との関係の問題ならば、それは政治・社会(地域・企業・家族)の全領域での権力との闘いとしてあることを意味する。憲法や自由の問題は社会全体の権力に及ぶものなのだ。あらゆる領域での権力との闘争としてのみ、憲法や自由は存在できる。

僕らは高市発言を含めた一連の動きを「戦争のできる国にする」ということの中で出てきていることをみなければならない。戦争は権力支配を強め、自由の抑制を進める。戦争と自由の抑圧の相関関係は明瞭である。戦争は国家意志を強要することだが、他の国家に対して同様に国家権力の国民(市民や地域住民)への強要としてでてくる。そして戦争に対する闘いは権力との自由の闘いとしてまずあわわれる。今、憲法をめぐって現れているのはこの問題だが、これは社会権力の存在するあらゆる場所での闘いでもあるのだ。僕らは高市発言を「戦争のできる国」を目指すなかにあること、この広い文脈でみていかなければいけない。(三上治)

毎週金曜日は5時から経産省前抗議行動(テントひろば主催)
官邸前抗議行動(6時毎30分から)もあり
再稼動状勢と3・11巡る方針など
★3.11経産省→東電包囲(「3・11」5周年行動)
★2/17(水)伊方原発動かすな!第5回四国電力東京支社抗議行動
東京銀行協会ビル前(大手町駅D4出口)18時〜19時
★2月19日(金)大間原発いらないスタンディングデモ
お昼12時から13時まで 銀座・電源開発本社前
★2/19金曜経産省抗議終了後18:00→第2議員会館前 総がかり行動
 経産省前から国会周辺へ(5時〜19時30分)
★2月20日(土)〜21日(日)高浜現地行動(募集中)
バスで現地に(費用9千円バス&宿泊代)申し込み070-6650-5549へ
★2月21日(日)「止めよう辺野古埋め立て!2・21首都圏A」
14時〜15時30分国会周辺(シンボルカラーは青)

★3/2(水)ひだんれん全国集会14:00〜日比谷野音/12:30テント集合
★3/5(土)13:00脱被ばく実現ネット・新宿アルタ前デモ/現地12:00集合
★郡山金曜行動連帯◆幣訶帖2/26(金)〜27(土)





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