[CML 046001] 何故 , キューバはブレず、不屈で確固としており、それ故にキューバ民衆は勿論のこと、世界の人々、民衆から好かれ慕われるのか?          塩見孝也 2016 年 12 月 14 日

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2016年 12月 15日 (木) 04:10:11 JST


●僕は、前日記で、フィデル・カストロ前革命評議会議長の逝去を哀悼し、キューバ国
民(民衆)の哀悼の念や各国首脳のお悔やみのメッセージやその行動を紹介しました。
 
 又、次期アメリカ大統領、トランプの悪罵の言葉も紹介し、キューバ人民と共産党の
、ビクともしない、不屈の反撃の態度、行動も合わせて紹介いたしました。 
 これは、毎日新聞や朝日新聞の記事を中心に引用し、なるたけ客観的に、世界の人々
が心底からフィデルを哀悼しているかを広く資料で示し、平明な視野から記述したもの
です。 
 今回は、僕のキューバ革命論から、フィデルやチェやラウール等のキューバ共産党の
基本的立場、観点、方法を紹介し、何故キューバが、ブレず、不屈で、確固としており
、それ故にキューバ民衆は勿論のこと、世界の人々、民衆から好かれ、慕われているか
について、簡潔に述べて見たいと思います。 
 言いかえれば、キューバ革命が、既成の「国際共産主義運動」に、マルクス主義(と
レーニン主義)の原則・綱領的立場を堅守しつつ、どのような思想的・政治的、理論的
距離、スタンスをもちつつ、これらの諸国と<和して同ぜず>で、極力、連合して、ア
クセスしながら進んでいるかを述べてみたいと思います。 
● キューバ共産党(カストロイズム)を構成する原則的、綱領的見地とは何か?何故
、キューバ革命は、ブレず、一貫し、確固としており、自国と世界の人々から愛される
のか! 
 それは、主観的、主体的要因と客観的な歴史的な要因が合わさって、生まれてきてい
る、と思います。以下、主観的、主体的要因aと客観的、歴史的、b,c,dを語り、
このことを明らかにして行きたい、と考えます。 
  ◆a,先ずaの中心的要因から述べます。マルクス主義の創始者、マルクスとエン
ゲルスは、「資本論」に著わされる原理的にして、原則的な資本主義批判を基礎とする
ことで、共産主義論を打ちたて、そこから、「過渡期社会論」を確立して行きました。
 
 キューバ共産党は、このマルクス(エンゲルス)の「過渡期社会論」を、自らの社会
規定の原理論的ベース、すなわち綱領上のベース、核心に据えていたからこそブレず、
一貫し、確固としており、自国と世界の人々から愛されたと考えます。 
 フィデル達は、マルクス・エンゲルスの打ち立てた資本主義批判・世界社会主義論・
渡期社会論を政治的思想的、理論的な基本指針・基本規準とすることで、現代過渡期世
界における世界同時革命路線・戦略を確定して来ました。そこから、国際・国内情勢分
析・戦術・政策を引き出し、して来た、と思います。キューバ社会はこのようなマルク
ス主義の原則的観点に立脚して、キューバ「過渡期社会」を築いて来ました。それ故に
、キューバ社会は、一方で、マルクス主義を指針とする革命社会、国家であり続け、他
面では、この社会の歴史的実情に適合した、生命的な躍動性を持った社会としてあり続
けて来ました。 
  マルクス・エンゲルスの「過渡期社会論」は以下の如く措定されています。 
  二人のマルクス主義の創始者は、<(科学的)資本主義批判>ベースとすること
で、資本主義社会の経済的運動法則を解明、理解したこと。この成果があったからこそ
、二人は共産主義社会の理論的規定を経済(学)の面から接近し、措定することが出来
ました。いわゆる、唯物弁証法、唯物史観、経済学としての<資本論>を基礎として、
共産主義論を打ち立てることが出来たこと。いわゆる、科学的社会主義の立場、観点、
方法によるものです。 
 二人の共産主義社会論は<生産力が低い段階の共産主義社会>と<生産力が高く、前
者が、もっともっと発展した経済的にも、道徳的にも圧倒的に高い段階の共産主義社会
>の二つの段階のプロセスで構成される、ものでした。そして、<生産力の低い段階>
の<共産主義社会>を彼等は<社会主義社会>と呼んでも良いとしました。 
  これは、<資本論>で著わされた資本主義の経済的運動法則の解明から抽象されて
ゆく、純理論的な帰納法(あるいは演繹法)として抽象されるもので、もっとも科学的
な措定方法に立脚するものでした。 
 (実際には、この二つの段階の共産主義は、いずれも、世界大、世界範囲で形成され
る世界社会主義、世界共産主義としてしか、創出されないこと。少なくとも、資本主義
の未発達な国での民主主義革命を達成した国と違って、高度に発達した資本主義国の一
国から数カ国で、社会主義革命を実現した段階でのみ、出現すること。それ故に、それ
までは、あくまで、共産主義を目指すにしても、独立と民主主義を達成した社会ではあ
っても、社会主義社会ではありえず、<過渡期社会>でしかあり得ないこと。) 
 △海里茲Δ福共産主義論の科学主義的措定が出来ると、次の理論的、思想的・政治
的課題として、<資本主義から共産主義(社会主義)への移行期>が、どのように展開
されるのか、が課題となって行きます。 
 二人は、この<移行期>を、先ず「過渡期社会」と命名しました。更に、この<過渡
期社会>は、<プロレタリアートが、ブルジョアジーを始めとするこの自階級以外の階
級を独裁する、(独裁しなければならぬ)社会であることと定式化しました。 
 この<過渡期社会>は、<社会主義>を目指すが、決して目指している社会そのもの
が<社会主義社会>ではなく、その目指している社会は、厳然として、階級社会であり
、階級闘争が継続し、国家も死滅していず、逆に、国家を必要としているとさえ言える
社会であること。時には、革命的マルクス主義共産党が生み出されれることで、この階
級闘争に正しく対応し、共産主義(社会主義)を目指す共同体(協同体)社会が継続さ
れる社会ともなれば、時には、反対に、反革命によって、資本主義に逆転する可能性も
有す社会であること。こう二人は規定し、過渡期社会では、プロレタリア階級独裁の政
治体制を質・量ともに強化してゆくことを強調しました。その使命は「内」にあっては
、プロレタリア独裁で革命を継続する社会、「対外的」には、インターナショナリズム
を貫き、世界革命の根拠地化足らんとする社会であること。 
 二人は、<共産党宣言>が書かれた時期で、既に「世界同時革命論」を主張していま
した。 
 これは「共産主義の原理(や<ドイチュ・イディオロギー>)」の叙述で明白である
こと。  
 しかし、「資本主義後の社会」が、どのように出発し、共産主義がどのように成長・
発展して行くかについては、未だ<資本論>も完成していない段階であり、曖昧であっ
たこと。 
 その後、<資本論>を完成させた1860年代後半から70年代では<資本主義社会
の経済的運動法則>が二人によって、科学的に解明された段階に達していたので、マル
クスの晩年において、二人は「ゴータ綱領批判」の文章の中で、「資本主義後の社会」
=「資本主義を揚棄した社会」は、「<過渡期社会>→世界的規模で成立するが未だ<
生産力が未熟で低い社会主義社会>→<生産力も道徳も発達した共産主義社会>」とい
うプロセス、道筋を通じて、共産主義社会は成長・発展して行くと定式化して行きまし
た。 
 そして、この二つの段階の<世界共産主義>の前段に、この共産主義に移行して行く
社会として「過渡期社会」が存在すること。その様な社会は「プロレタリア独裁の政体
を持つ社会」である、と明白に展開して行きます。 
 フィデル(やチェやラウール)らキューバ共産党指導部は、このゴータ綱領批判に展
開されているマルクス・エンゲルスの「過渡期社会論」の諸原則に忠実に従って、自ら
のキューバ過渡期社会を維持、建設して来ました。すなわち、「内」にあっては、<共
同体(協働体)>を、「労働時間に応じた分配」を経済的規準としつつ、「公平で平等
な社会」(その意味で<自由な>な)、「人間の尊厳性を持った社会」を継続的に建設
しつつ、「外」に対してはインターナショナルな世界社会主義(世界産主義)を目指す
「世界革命の根拠地国家化」を目指して来たこと 。これは、全く素晴らしい成果と言
えます。 
 しかし、二人の「世界同時革命」論は、主としてヨーロッパ(とアメリカ)での、同
時のプロレタリーアートの社会主義革命であり、初期は、植民地・半植民地国や東欧・
北欧での独立や反植民地・民主儀革命や反属国化革命は、余りにも隷属的状態が深かっ
たので、二人は諦念的態度を採り、この地域の変革を除外していたこと。この意味で、
「共産党宣言」発表頃の、二人の「世界同時革命」はヨーロッパ大陸規模のものでしか
なかったし、問題があったことも押さえられておくべきです。 
  しかし、晩年、二人は、この態度を強く自己批判し、アイルランドの独立闘争、
ポーランドの独立闘争、インド・中国・インドネシア・南米、アラブ・アフリカ諸国の
反帝国主義革命を支持し、この革命運動が、世界同時革命の重要な、無くてはならぬ構
成物であること。換言すれば、世界プロレタリア社会主義革命の重要な一環、構成物と
位置づけられてこそ、世界同時革命は文字通り、地球的規模で実現、創造されていく、
という認識へと進化(深化)して行きました。 
 二人は、自己否定的に自己変革しつつ、これまでの<世界同時革命>捉えなおし、再
構成し、止揚して行ったと捉えられます。 
 このような、自己否定、自己変革による捉えなおしは、資本主義批判を単に搾取の問
題、労働運動の問題に短絡できない、人種差別、民族差別、部族・氏族差別の克服に深
まっていった行ったし、そればかりではなく、ジェンダーの問題、女性差別との闘いの
分野でも、深まっていった、と思われます。 
 この、二人の自己否定的な<世界同時革命>の自己変革の営為を受け止め、継承した
のが、レーニンであり、レーニン・コミンテルンであった、と言えます。 
 しかし、レーニン死後、前後から、すぐに、このようなマルクス主義とレーニン主義
の世界同時革命の世界戦略を否定・投げ捨て、マルクス主義とレーニン主義を否定・修
正する様なとんでもない事態が、世界革命の根拠地を自認するロシアの地から発生しま
す。 
 これが、スターリンの「社会主義は、一国でも実現可能である」とする「一国社会主
義」論であります。マルクス主義を根本から修正するようなスターリニズムが現れたわ
けです。 
 マルクス主義は、スターリン主義によって裏切られ、その共産主義運動は、インター
ナショナリズムから「一国社会主義建設可能論」を持って、ソ連中心の国家主義と民族
主義に変質せしめられて行ったのでした。 
 そして、我々は確認してゆかなければならない。 
 この修正主義、国家主義、民族主義を乗り越えて、マルクス主義の世界同時革命と過
渡期社会論の原則を救い出したのが、キューバ革命に体現されるカストロイズム(=ゲ
バラ主義)の世界同時革命思想であった、と言えます。 
 又、修正主義、国家主義、民族主義に変質した諸スターリニズム国家群に対して、戦
後初めて、マルクス(エンゲルス)主義の資本主義批判と世界同時革命−「過渡期社会
」論を、革命の場の位相転換と捉え、「過渡期世界論論(「過渡期社会−世界同時革命
」)」として復権したのがカストロイズムであったと捉えられます。 
 い箸海蹐如■隠坑隠掲のロシア10月革命は、2月革命の<民主主義的労農独裁国
家>論を超克し、世界史上初めて、「世界社会主義革命を目指す<過渡期社会のプロレ
タリア独裁国家>として出発した。この国家は、<内にあっては、プロレタリア独裁を
打ち固め、革命を継続させること。外に対しては、世界革命の根拠地国家化を目指すこ
とを目標としていた。 
 対内<継続革命>と対外<根拠地国家化>は、全く一個二重の双方的変革関係に立つ
革命であった。 
 このような、<継続革命>と<根拠地化>を追求する国家が出現したことは、世界史
に新紀元を切り開き、世界史は、<資本主義から社会主義への移行期>、<過渡期世界
>に入って行ったことを意味します。 
 これは、レーニンが唯物弁証法、唯物史観に忠実で、マルクス主義経済学に通じてい
たからこそ、可能であったといえます。 
 各国の革命は、その「革命の総和」ではなく、「単一の資本制ブルジョ独裁打倒と社
会主義を目指すプロレタリア独裁の世界階級闘争、世界革命戦争として闘われるように
、位相転換を起こしたのである。ロシア革命以降、革命の<場>が位相転換し、<過渡
期世界>に転換したのである。 
 ロシア社会自身が、「対内的にはツアーリーの半封建的・資本主義的社会から、過渡
期社会・過渡期国家に移行し始めた」だけでなく、この運動・闘いは、とりも直さず、
「世界大の地球的規模で、資本主義から社会主義に移行してゆく、世界史での新紀元<
過渡期世界>」に突入せしめていったのである。 
 「過渡期世界」論は、唯物弁証法や唯物史観を基礎とし、革命的マルクス主義経済学
と世界社会主義革命論をもって、「革命の場の位相転換」が始まったことを、象徴的に
表現した政治用語であります。 
 ◆ b,以上のフィデル達が、マルクス主義の世界観、諸原則に忠実で、スタ−リン
主義を理論的にも、政治的・思想的にも、組織的にも批判していたこと。このこれまで
語ってきたaの部分が、この小論の核心でありますが、この核心を支え、補完する従属
的核心としてb.キューバ革命を成功させた要因として挙げられる「革命的政治的指導
者、前衛は軍事的指導者としても、才質を持たなければならぬこと。<前衛の軍人化>
の問題をカストロは十分にクリアーしていたこと。いわゆる、「前衛の軍人化」論は、
レジス・ドブレの<革命の中の革命>に展開されている観点であるが、彼個人の未熟さ
故に、幾つもの彼流の偏向も混入されています。が、この本の基本的主張点は、フィデ
ルの思想・主張であったこと。ある面で、シェラマエストラ山の根拠地建設は、毛沢東
が井岡山に根拠地を作り、立て籠もり、これが、農村から都市へ広がっていった、出発
点となっったことと同質の特質を持っていた。 
 ◆ c.ホセ・マルティーの主張、もっとも発達し世界を支配しつつある資本主義、
アメ 
リカ帝国主義からの独立・自主、そのためには、新しい資本主義の段階に達しつつある
アメリカ帝国主義に対して、その科学的批判を習得すること。キューバ革命を継続しよ
うとすれば、革命継続と世界のあらゆる反米勢力と連合し、米帝打倒の世界革命戦略を
創出し、キューバ国を根拠地国家化し続けなければならないこと。ホセ・マルティーは
、スペイン重商主義帝国主義と闘ったが、スペインを追い出した後、その後釜に座らん
とする最新の資本主義で、最強の帝国主義、アメリカ帝国主義との闘いこそが重要であ
ると警鐘を鳴らした人であること。フィデルは、このマルティーを敬愛していたこと。
アメリカ帝国主義と闘い、独立を堅持することは、アメリカ帝国主義が世界資本主義の
牙城である事からして、反帝・反米の世界革命を世界革命戦略として持たなければなら
ないこと。ここに、キューバが、マルクスの<世界同時革命>を継承し、<過渡期世界
論>を確立しつつ、<3ブロック同時革命>を追及する位相転換の核心があったこと。
 
 ◆ d、中南米、カリブ海地域、南米大陸(や北米大陸)、一括してアメリカ大陸(
西半球) 
はそれを可能とする歴史的根拠があった。とりわけ、キューバは、それを可能とする条
件を有していた。シモン・ボリバールの単一の南米大陸革命(中南米、カリブ海地域を
含む)は、このカストロやゲバラが目指した世界同時革命の先駆であり、マルティーも
ボリバールを尊敬していました。 
 キューバには、混血した<キュ−バ人>はいたが、血統を共有するような<キューバ
民族>は居なかったし,今でも居ない。言い換えれば、キュ−バは、遠く1万五千年前
、アメリカ大陸にやってきたモンゴロイドのアジア人の原住民(この大半は殺された)
、スペイン・ポルトガル・イギリス・フランス人によってもたらされたアフリカから連
行さて来た奴隷であった黒人達。そして、スペイン・ポルトガルのようなピサロやコル
テスのような征服と略奪、殺戮を欲しいままにした重商主義の征服・略奪帝国主義者や
英仏のようなこのスペイン・ポルトガルとカリブ海で覇を競い合った、英・仏の海賊達
が出自であった白人、この三者の混血であり、この歴史は、国家・民族よりも、これを
超えた国境なき世界革命インーターナショナリズムを許容する歴史的な文明的、文化的
伝統があったこと。この融通無碍な伝統が、キューバ革命の戦闘性と原則性を培養して
きたこと。 
 以上、b,c,dは、核心だけ述べ、端折って来ましたが、aを中心とするa〜dの
4点が、冒頭の問題設定に応える核心と考えます。 
 尚a〜dは機会を変えて、別にもっと詳細に論ずることをお約束いたします。 

mixiみんなの日記
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