[CML 045913] Re: 憲法改正の限界と国民投票と国民主権。大事な問題は自分たちで決める。9条改憲阻止の大道を邁進しよう

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2016年 12月 6日 (火) 10:16:09 JST


内藤光博さんはイタリアについて報告した。イタリアでは憲法改正の権限は議会にある。14回の改憲が行われたが、内容は国会の議席配分、大統領の権限、議員の特権の廃止など政治機構についてが主なものだ。ある条件で国民投票に付される場合があるが、有権者の50%以上が投票し、有効投票数の過半数を獲得しなければ成立しない。国民投票は1回しか行われたことがなく、地方自治への移行の問題だった。憲法改正の限界については「共和政体」の変更の禁止と、人権規定や民主主義そのものを否定することは禁止されている。
民主主義は「大事なことはみんなで決める」
イタリアの“原発”国民投票に学べること
――池田清 神戸松蔭女子学院大学教授
イタリアで「原発の是非」を問う国民投票が行われ、成立条件の過半数を上回る投票率で成立した。投票の9割以上が原発反対である。国民投票成立の背景には、イタリアという国が、ローマ共和制や中世の自治都市、協同組合の歴史にみられるように、地域と生活を重視し、「大事な問題は自分たちで決める」という自治の伝統があった。だがそれだけではない要因も見逃せない。今回の国民投票では、ベルルスコーニ政権が原発再開の凍結を発表し、国民に棄権を呼びかけるなど成立を阻止しようとした。にもかかわらず成立したのは、福島原発事故の衝撃がいかに大きかったかを示すこととなった。

 福島原発事故の真の原因は、わが国が広島・長崎の被爆から正しい教訓を引き出さなかったことにある。核爆弾を投下された唯一の国日本は、放射能がいかに人間の生命を傷つけ苦難に満ちた生活を強いるのか、平和で豊かな生活を送るために核廃絶のメッセージを世界の人々に送るべきであった。なぜなら戦後米国は、被爆国日本の「原爆反対、核廃絶」の運動が、核による世界支配戦略に支障をきたすことを恐れていたからだ。それゆえ日本に「原子力の平和利用」という名目のもとに原発を受け入れさせることで、悲惨な原爆の記憶を消し去り投下の責任を曖昧にしようと画策した。つまり米国は、原爆の被害者である日本が原発を受け入れることで、「原爆反対、核廃絶」の魂の換骨奪胎を図ろうとしたのである。

 戦後日本の政治家、官僚、財界(電力)、学会、メディアなどのエリート層も、米国の核戦略を受け入れることで権力保持を図ろうとした。彼らは、「知らしむべからず依らしむべし」とのパターナリズムによって原発を推進した。そのため原発が戦後日本の政治のなかで選挙争点となることはなかった。今こそ、わが国も、「原発の是非」を十分な情報公開のもと、エネルギー政策のあり方を国民全体で議論し国民投票によって決すべきである。

 その点で、今から16年前の阪神・淡路大震災の経験が有益な示唆を与えるのではないか。阪神・淡路大震災は、孤独死を防ぐためのコミュニティや、ボランティア・NPOなど市民の自主的な取り組み、生活と住宅再建のための「個人補償」の必要性などさまざまな教訓を残した。だが忘れてはならないのは、「大事なことはみんなで決めよう」という民意にもとづく政治をめざした取り組みがあったことだ。
当時の神戸市長は、神戸空港建設を復興の「希望の星」と豪語した。多くの市民は、神戸のまちの骨格を担う神戸空港は「大事なこと」であるので、「みんなで決めよう」と空港建設の是非を問う住民投票条例制定運動を繰り広げた。多くの市民の疑問は、「関西新空港、伊丹空港もある狭い大阪湾に新たな神戸空港が必要なのか」、「バブルが崩壊しゼロ成長時代に今以上に航空需要が見込めるのか」、「なによりも被災者の生活と営業の再建こそが大切なのではないか」というものであった。

 だが神戸市は、約30万もの住民署名にもかかわらず空港建設を強行する。その顛末は神戸空港経営の行き詰まりであった。

 空港島造成のための市債(計1982億円)は、島内の民間向け分譲地(82.2ha)の売却益で全額返済する計画だが、売却されたのは3.6haに過ぎない。2009年度から市債の返済が始まったが、2010年度の返済額650億円のうち200億円は、借り換えで事実上返済を先延ばしせざるをえなくなっている。年間搭乗者数も、開港2年目以降、3年連続の減少となり、開港前の需要予測(年319万人)を一度も達成していない(「産経新聞」2011年2月7日)。

 神戸市は、「空港経営は市民に負担はかけない、市税を投入しない」などを大義に推進したが、2011年度以降は経営赤字の補てんのため、別会計から繰り入れなければならない事態に陥っている。この行き詰まりの背景には、「大事なことはみんなで決める」という民主主義が無視されたことがある。それは、市民が地域社会の問題を自分のこととして考え行動する機会を失することで、官依存の市民体質をつくりだすのである。まさしく戦後日本の政治を象徴するものであった。
 今、東日本大震災では、「創造的復興」の名のもと「単に元通りの姿に戻すことにとどまるべきではない。将来にわたり国民が安心・安全で豊かな生活が送ることができるよう、新しい地域、新しい日本を『創生』しなければならない」(日本経済団体連合会「復興・創生マスタープラン」2011年5月)と主張されている。

 真の「創造的復興」は、今回の原発事故の大惨事から教訓を引き出し、「安心・安全」な地域を創造することであろう。それは、今までの原発に依存した政治・経済・社会システムを、自然エネルギーの本格的活用と低エネルギーでかつ質の高い生活を持続できるシステムへ転換することである。原発の国民投票は、国民が「効率」や短期的視点でなく、次世代以後の未来も考える長期的視点で持続可能な社会を創造する機会となるであろう。

http://web-saiyuki.net/kenpoh/news2/ns48.html

58回目の憲法記念日を迎えて〜 
9条改憲阻止の大道を邁進しよう
58回目の5・3状況
私たちは58回目の憲法記念日を、改憲派によるかつてないほどの憲法とりわけ第9条への攻撃と、これに反撃する市民運動の全国的な高揚のはじまりという緊張した政治的雰囲気のなかで迎えることとなった。

5年余にわたる両院憲法調査会の「調査終了」と最終報告書の発表、自民党や財界などから相次いだ改憲試案作成の動き、政府による国連常任理事国入りの画策など米国に呼応する小泉琉グローバリズムの戦略の具体化、先制攻撃論と単独行動主義のブヅシュ政権のもとでの米軍の全世界的な規模でのトランスフォーメィションとそれによる日本の『不安定な弧」における出撃拠点化=事実上の日米安保の再々定義と新々ガイドライン化などの危険なうごきが進んでいる。そしてこれを敏感に察知した東アジア諸国とそこでの民衆の反日・抗日のうごき等々、日本国憲法の危機が具体的な国内外の緊張の高まりとして情勢に投影されている。

このような情勢のもとで、政権政党である自民党は「自民党らしい改憲案」として全面改憲案=新憲法案を出すうごきを示した。それは9条改憲を軸にこの党の地金の国家主義的傾向を顕著に表現している。それは9条に代表される戦争をしない国、戦後民主主義的な価値衝の全面的な否定と、戦争をする国、復古主義的な価値観の復活を示している。私たちはこの自民党の改憲案の方向が同党の当面ただちに達成するための目標ではないにしても、ここまで明確に反動的な綱領的立場をうちだしたことに警戒心を強めなくてはならない。自民党のメッキがはげたのではなく、自らはがして地金をだしたという状況であり、こうしたことが可能な杜会状況になったという問題こそ重要だ。

今日すでに死語であるかも知れないが、あえて「革命は反革命を呼ぶ」の警句になぞらえれば、こうした改憲の歴史反動は、それへの対抗カを引き出していることもまた真実であり、昨年からの9条改憲反対の声の高揚の開始(「はじまり」と自重して言うのだが)、この力強いうごきも見なけれぱならない。市民運動や労働運動の至るところで9条改憲反対のプラカードが立っようになった。私たちの市民連絡会が誕生した頃とくらべれぱこれらの運動の状況は様変わりだといってよいだろう。新生の事物である『九条の会」は1年にもならないのに全国千数百カ所で結成され、さらに広がっている。9MAPや9LOVEなどのあたらしい若者の運動も進んでいる。数年前から登場したイラク反戦の新しい高まりがこれと結びついている。講演会や学習会は多様に組織されている。この巨大なネットワークの形成こそが改憲派の策動への対決を可能にするだろう。

マスコミと世論の動向
3日の各紙社説を見ると、従来、改憲の動きに比較的ブレーキをかけてきた「朝日」や「毎日」が政財界の改憲騒ぎに引きずられ妥協的になっている。「朝日」は「憲法を改めることで暮らしよい世の中になり、日本が国際的にも尊敬されるなら拒む理由はない」とか、「9条を変えるなら、それ(戦後の日本が作ってきた平和ブランド)を捨て去るのかどうかの議論が欠かせない」などと及び腰だし、「毎日」は「集団的自衛権をめぐる神学論争から抜け出し、正常に外交問題を論じるうえでも、政治のエネルギーをもっと常任理事国入りに傾けることは改憲より遙かに効率的で有効だ」等と、「改憲への3原則を確認する」というタイトルを付け、改憲の方向自体は容認する姿勢をとった。これに比して従来からの改憲派は、「読売(新憲法へと向かう歴史の流れ)」「産経(不磨の大典に風穴を)」「日経(成熟した民主国家にふさわしい憲法に)」とそれぞれ改憲の方向を明確にしたタイトルを付けた。

しかし、この中で注目に値すべきは「産経」で、改憲派もまた事態は容易ではないことを告白している。「産経」は憲法調査会報告で「論点は多岐にわたっているため、このままでは一致点を見出すことは至難の業だろう。時間だけを費やし、緒局は、あるべき国のかたちを欠いた奇妙な改憲案になりかねない」とし、「ここはまず、国民の平和と安全を守るための9条などの見直しと憲法改正要件の緩和という緊急かつ必要なものにしぼって、段階的な改憲を視野にいれるときではないか」としている。これは先の日本経団連の提言と全く同様な見解であるだけに、改憲派が最終的に提起する現実的な判断の落としどころとして警戒しなくてはならない。同じ日の「産経」の別の紙面で百地章(日大教授)は「憲法改正の当面の目標としては、第9条2項を改正し、軍隊の保持を明記することが考えられる。つまり、第9条第1項の『平和主義』は維持しつつ、2項だけを改正するというものであって、これなら先の両院憲法調査会報告書や自民・民主両党の改憲案から考えて、実現可能と思われるし、国民多数の支持も得られよう」と述べているのも注目しておこう。

一方、地方紙の社説には見るべきものがある。「東京」は「見過ごせぬ『戦後』否定」と題して、自民党改憲案はもとより民主党の議論にさえ立憲主義の否定、「戦後的価値観の否定」が随所にあり、明治期の森有礼・文部相と伊藤博文の議論のレベルにすら達していないと鋭く指摘する。「こう考えてくると、自民党が『憲法改正草案』ではなしに『新憲法草案』をつくろうとしていることの危険性を理解できるはずです」とまで指摘している。「さまざまな憲法論議を、明治憲法下の価値観と現行憲法下の価値観に照らして分析、評価しましょう。そうすることで、選択すべき道はおのずから明らかになるでしょう」と言っている。拍手を送りたい。「沖縄タイムス」は「平和主義こそ国の基礎だ」と題して、「改憲をめざす党も『国民主権』『基本的人権の尊重』『平和主義』という基本原則を堅持するという。ならば変える必要はないのではないか。原則をのこしながらも変えようとするのは、意図があるからだろう」「私たちは憲法の3つの原則と安保条約がぶつかる島から、この国の針路を見つめ続けてきたのである」「9条の理念は、世界的にきな臭さが漂う今だからこそ世界に向!
 $+$辰独/?.$垢戮意義を担う」と指摘する。大マスコミのx$里佞蕕弔と比べると、これら地};罎了兩*$竜A海箸靴刃青瓦,$茲蠅い辰修ι發彫りになる#(B

58回目の憲法記念日に際して改めて思う。 
9条改憲阻止はすでに理念や信条の表明の問題にとどまらない現実の課題になった。私たち市民連絡会はこの5年来、5・3憲法集会の共同行動の実現をはじめとして、改憲阻止をめざす道筋をくりかえし提起し、全国の仲間たちや、多くの友人の皆さんと共にその具体化を進めてきた。そしてこの9条改憲阻止の広範な共同行動を作り出す道は、意見の違いを暴力で解決するという立場を容認しない非暴力運動の原則が前提であるべきことも、非妥協的に訴えてきた。そして、その表現として、ある時は「9条改憲反対の、思想信条政治的立場の違いを超えた壮大なネットワークを」と主張し、あるいは「従来の同心円型ではない同円多心の共同行動を」と訴えてきた。決して容易ではなかったが、この路線をみんなが歩むことで、次第に道が造られ、広がってきた。「2005年5・3憲法集会」を成功裏に終えて、今、その確信を胸に秘めつつ全力をあげてさらにこの大道を邁進したいと思う。(事務局・高田健)

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「第4回けんぽう市民フォーラム」に参加して
憲法調査会市民監視センター・専修大学社研の共催

4月23日午後、東京の専修大学で「第4回けんぽう市民フォーラム」が開催された。憲法調査会市民監視センターと同大杜研の共催によるもので研究者や市民が参加した。今回は焦点になっている『憲法改正国民投票法案』の問題点」がテーマで興味あるブォーラムになった。はじめに杜研から吉川純さん(専修大学)、監視センターから筑紫建彦さんが開催の趣旨を述べ挨拶とした。主報告は飯島滋明さん(工学院大学)で、この報告に奥田喜道さん(東京都立短期大学)と内藤光博さん(専修大学)がコメントして、さらに参加者からの準備された発言の後、意見交換をした。専門的な内容が多く含まれていたが、理解した範囲で言えば、その報告は次のようであった。

飯島滋明さんの報告の要旨。 
国民投票法案は1953年に自治省が出して2日後に引っ込めたことがある。2004年の自民党案は、憲法調査会推進議連が2001年に作った案が下敷きになっている。目本の憲法が立憲主義でありながら、国会議員が発議権を持つということは矛盾がある。しかし各院の3分の2の賛成と、国民投票でカバーしているといえる。

2001年の案で国民投票法案の問題点をあげると、篤1は国民投票における「その遇半数」とは何かだ。「有権者数説」「投票者数説」「有効投票数説」がある。ジャコバン憲法の国民投票をみると、1793年には、700万人の有権者で棄権率が73,3%、賛成は26.48%、反対は0.18%だった。同じく1795年には棄権率が86.3%、賛成は13.06%、反対は0,59%だった。有権者の大多数が棄権している。投票率を一つの要件にすることも考えられる。一方では1933年に成立したナチスのジュゲ法の例は、国民を大動員し合法的な手法で戦争に肉向かった。

第2は、投票方法の問題で、「一事項一投票主義」であるべきだが、中曽根元首相は一括投票を言っているし、法案では明らかにしていない。さらに法案の反国民主権的性格が重大だ。法案では「国民投票運動禁止」「予想投票の禁止」「虚偽・歪曲報道の禁止」「新聞紙又は雑誌の不法利用等の制限」をあげ、大幅に主権者としての役割を制限している。また「表現の自由(憲法21条)に対する正当性のない制約がある。「公正確保」を理由として公務員の「国民投票運動」は事実上できなくなっている。国・地方公務員、特定独立行政法人・公団等の役員、学校長・教師は「地位利用」の禁止になっていることでもわかるように、多くの国民を国民投票運動」から排除している。「虚偽・歪曲の報道及び論評」として報遺についても公職選挙法よりも厳しく、法案は表現の自由が前提になっていない。このように正統性のない政治活動の自由の制限や言論統制の結果として、法案は国民主権がまったく不十分である。国会が発議してから「30日以後90日以内」または「国政選挙の日や国会が議決した日」に国民投票を行うとした期間の短さも国民主権を制約している。法案は政権担当者!
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奥田喜道さんは飯島さんの報告にコメントする形で、スイスの国民投票を紹介した。スイスでは憲法改正で国民投票が義務付けられ、過半数が必要なことなどは日本と同じだ。しかし異なる点は、発議権1発案権は国民とカントン(邦・州)にあること、憲法改正の承認は有権者の過半数とカントンの過半数の二重の多数が必要であること、例外を除いて憲法改正には限界がないこと、憲法改正以外にも法律改正や条約、国際安全保障条約への加盟などでも国民投票がある事などだ。国民投票の流れは、登録から18ヶ月かけて10万人以上の署名を集めるところから始まる。改正案と署名の審査をへて成立すると議会審議や国民投票運動など成立から5年で投票になる。投票に対する規制はほとんどなく、非常に自由な投票運動が行われる。投票には外国人も加われる。投票運動を積極的にした側が多数を獲得することが多い。投票率や定足数の規制はない。歪められることのない有権者の意思形成を保障しようということだ。スイスでは1999年に憲法を全面改正した。100年ぶりだったが、40年も論議してきた。

内藤光博さんはイタリアについて報告した。イタリアでは憲法改正の権限は議会にある。14回の改憲が行われたが、内容は国会の議席配分、大統領の権限、議員の特権の廃止など政治機構についてが主なものだ。ある条件で国民投票に付される場合があるが、有権者の50%以上が投票し、有効投票数の過半数を獲得しなければ成立しない。国民投票は1回しか行われたことがなく、地方自治への移行の問題だった。憲法改正の限界については「共和政体」の変更の禁止と、人権規定や民主主義そのものを否定することは禁止されている。

報告とコメントのあと質疑が行われたが、報告されただけでも各国の歴史や杜会・政治によって国民投票の違いが大きいことを考えさせられた。(土井とみえ)

2016年11月30日号
vol.578
不安なく声を上げ、耳を傾けられる社会を
 東京電力福島第一原発の事故によって、福島県から自主避難している子どもが、避難先の学校でいじめを受けていた問題が報道され、話題になりました。いじめの問題だけでなく、事故から5年半以上が経ついまなお、全国で多くの方が避難生活を余儀なくされていること、そして避難先での孤立の問題をあらためて意識させられました。

 雨宮処凛さんも今週のコラムで触れていますが、自主避難者には補償がほとんどなく、さらに母子だけの世帯、夫を地元に残して二重生活を送っている世帯も多くあります。頼れるつながりのない場所で、経済的にも精神的にも厳しい状況に置かれている方がいるのです。

 そんななか、福島県は、避難者への住宅の無償提供を来年3月で打ち切る方針を出しています。これまでは、災害救助法による被災者への「みなし仮設住宅」として、公営住宅などが提供されてきました。しかし来年4月から、避難者は住んでいる公営住宅から、原則、退居しなくてはなりません。自主避難者の方や支援団体が「やっと築いた生活やつながりを、また奪われる」と撤回を求めています。

 来年3月で住宅無償提供が終了する世帯を対象に福島県が行った「住まいに関する意向調査」(2016年6月20日発表)によれば、県外避難者の77.7%が、「来年4月以降の住宅が未定」だと回答しています(県外避難3453世帯が回答)。こうした状況にもかかわらず、4月以降の対応策は各自治体任せの形になっていて、まったく充分ではありません。このままでは住まいを失って、追い詰められる方が出てきかねません。

 この問題については、11月18日に開かれた参議院復興特別委員会で、山本太郎議員も質問(動画はこちら)をしていましたが、国の政策や東電によって起きた事故であるにもかかわらず、いわば加害者側が避難解除の基準を決め、一方的に線引きをすることに、疑問を投げています。日本では何かと「当事者不在」のままで政策が決められることが多いように思います。チェルノブイリ法で「移住の権利」が認められたように、避難するのか帰還するのか――それは本人に選ぶ権利があり、その決定を国は尊重するべきではないのでしょうか。

 少し前の「この人に聞きたい」のコーナーでは、医師の牛山元美さんが、子どもの甲状腺がんについてお母さんたちが心配に思っても、それを口にしづらい状況にあることを話してくれました。自主避難者の方からも、バッシングを受けたり、子どもがいじめを受けたりするので、声を上げづらいという話を聞きます。これから、帰還困難区域以外の避難区域解除がさらに進められていくでしょう。いろいろな意見があるかもしれませんが、不安なく声が上げられ、それに耳を傾ける社会でなくてはいけないと思います。

 マガジン9でも、引き続きこの問題を取り上げていきたいと思います。


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