[CML 045910] Re: イタリアで改憲阻止の投票結果が勝った嬉しいニュースを受けて伊日の憲法と原発問題の情報をまとめてみました。

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2016年 12月 6日 (火) 09:57:16 JST


脱原発基地反対のデモ情報選挙情報ありがとうございます。
イタリアのレンツィが出した改憲案は一院制化し政権交代をさせず独裁しようとする内容だったためイタリアの民意が改憲阻止を導いたのだと思います。
政治の安定という名の独裁よりも市民主権の政治が必要。
確か日本の維新の会は一院制道州制という中央集権化を訴えていましたからそれに反対してゆかないといけませんね。
日本も自民党改憲草案で国民主権が奪われかねません。
イタリアに学んで改憲を阻止し平和憲法をまもり解釈改憲を廃止安保法廃止集団的自衛権を廃止してゆきましょう。
閣議だけで国会だけで市民抜きで勝手に決めるなってことで。
原発再稼働強行や原発輸出や基地拡大自衛隊南スーダンジプチ派遣など市民の民意を無視する内閣等がいる場合やめさせる内閣不信任案
や法案をチェックする二院制や選挙で政権交代可能な立憲民主主義必要不可欠です。
イタリアで改憲阻止に繋がった理由。
改憲が国民の主権を奪うとの反発
この国民投票は議会上院の定数を315人から100人に削減し、選挙ではなく地方議会の代表などで構成すること、さらに内閣信任・不信任の権限も削除するなど大幅に権力を削減し、実質的な一院制を目指す憲法改正への是非を問うたもの。
レンツィ首相は上下院が同じ権限を持ち、両院のどちらかで与党が過半数を割れば首相が退陣を迫られるという仕組みがイタリアで多くの短期政権を生み「大事なことを素早く決められない」として、いわゆる「決められる政治」への改革を狙っていました。
しかし野党はこぞって国民の主権を奪って自らの権力を安定化させようとしていると激しく批判。改革の方向性以上に実質的にはレンツィ政権への信任投票の様相を呈していました。
イタリア内務省の発表によると、日本時間の午前9時半現在で反対が59.6%、賛成が40.4%と圧倒的に反対派が上回り、レンツィ首相の辞任表明へと繋がっています。

http://blog.goo.ne.jp/kodomogenki/e/b9d29c755c87adfa5e245ed9ab10ea98
イタリア首相辞意について:改憲の方向性が誤っていたから、国民投票で敗北したのではないかと感じますが…
2016-12-05 09:07:08 | シチズンシップ教育
 テレビのニュースで、ちらっと見た時、このような憲法改正、本当によいのかと疑問に思っていました。

 上下院が全く同じ権限を持つ現状から、差をつけるところまではよいとしても、イタリアの今回の改正案では、実質的に一院制を目指すものです。

 政治で、最も大事なことは、「均衡の上でのバランス」だと思います。
 上院が下院をきちんとチェックすること、野党が与党をきちんとチェックすること、政策の競い合いの中から、より良い政策が誕生すると考えます。
 時間はかかるかも知れないけれど、民主主義のコストです。

 バランスを欠いたところに、政治の傲慢が出て、おかしな法案がまかり通るようになります。


 改憲の方向性が誤っていたから、国民投票で敗北したのではないかと感じます。

*********朝日新聞****************
http://digital.asahi.com/articles/ASJD176JNJD1UHBI03B.html

国民投票敗北、イタリア首相が辞意 「改憲反対」が優勢

2016年12月5日08時41分

 イタリアで4日に行われた上院の権限を大幅縮小する憲法改正案への賛否を問う国民投票で、地元メディアが伝えた出口調査では、レンツィ政権が訴えた「賛成」が劣勢との結果が出た。開票はまだ途中だが、レンツィ首相は敗北の責任を認めて辞意を表明した。

 投票は4日午後11時(同5日午前7時)に締め切られた。直後に複数のメディアが伝えた出口調査では、賛成が45%前後、反対が55%前後だった。

 改革案は、上下院が全く同じ権限を持つ現状を改め、上院の定数を315人から100人に削減し、選挙ではなく地方議会の代表や首長などで上院を構成するなど、実質的な「一院制」に近づける内容。第1党に過半数を保証する選挙制度と合わせて政権を安定させ、改革を進める狙いがあるが、中央集権化が進むとの批判もあり、「五つ星運動」など野党は反対に回った。(ローマ=山尾有紀恵、青田秀樹)



*********朝日新聞****************
http://digital.asahi.com/articles/ASJ9W1RKYJ9WUHBI001.html

イタリア、12月に国民投票を実施 憲法改正の是非問う

喜田尚

2016年9月27日10時27分 
http://news.livedoor.com/article/detail/12373916/

 イタリア政府は26日、議会制度を事実上の一院制に変える憲法改正の是非を問う国民投票を12月4日に行うことを決めた。改正案は2年の審議の末、野党の反対を押し切って今年4月に議会を通過。レンツィ首相はかつて「国民投票で否決されれば辞任する」と発言しており、結果次第で政権の命運が左右される可能性がある。

 改正案は上院の定員を今の315人から100人に減らして地方の代表者などで構成させ、議決権をほぼ下院に集中させる内容。1947年の憲法公布以来、上下院が全く同じ権限を持つ現在の二院制は、審議の長期化を招き、不安定な短命政権やイタリア独特の「決められない政治」の原因とされてきた。

 国民投票は当初、10月にも実施されるとみられた。ずれ込んだ背景には、議会通過後に改正に反対する市民勢力「五つ星運動」が地方選挙で躍進し、6月の英国の国民投票では欧州連合(EU)離脱派が予想を覆して勝つなどの内外情勢があると指摘されている。(喜田尚)
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イタリア国民投票で改憲反対派が勝利、「5つ星運動」の台頭でユーロ離脱の可能性も

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2016年12月5日 12時43分 BUZZAP!
 
Photo by Liwax
イタリアがユーロから離脱する可能性が現実的になってきました。詳細は以下から。
イタリアで行われた憲法改正の是非を問う国民投票で、反対派が賛成派を大きく上回り、レンツィ首相が「敗北の全ての責任は私にある。私の政権はきょう終わる」として辞意を表明しました。
◆改憲が国民の主権を奪うとの反発
この国民投票は議会上院の定数を315人から100人に削減し、選挙ではなく地方議会の代表などで構成すること、さらに内閣信任・不信任の権限も削除するなど大幅に権力を削減し、実質的な一院制を目指す憲法改正への是非を問うたもの。
レンツィ首相は上下院が同じ権限を持ち、両院のどちらかで与党が過半数を割れば首相が退陣を迫られるという仕組みがイタリアで多くの短期政権を生み「大事なことを素早く決められない」として、いわゆる「決められる政治」への改革を狙っていました。
しかし野党はこぞって国民の主権を奪って自らの権力を安定化させようとしていると激しく批判。改革の方向性以上に実質的にはレンツィ政権への信任投票の様相を呈していました。
イタリア内務省の発表によると、日本時間の午前9時半現在で反対が59.6%、賛成が40.4%と圧倒的に反対派が上回り、レンツィ首相の辞任表明へと繋がっています。
◆なぜユーロ離脱が関係するの?
では、いったいなぜこの改憲に関する国民投票でユーロ離脱が浮上してくるのでしょうか?理由としては反対に回った3つの野党の全てがユーロ離脱を目指していることがまず第一に挙げられます。
その3つの野党とは、ベルルスコーニ元首相の率いる「フォルツァ・イタリア(「頑張れイタリア!」の意味)」、移民排斥を訴える極右政党の「北部同盟」、そして最も巨大なのが人気コメディアンのベッペ・グリッロによって設立されたポピュリズム政党の「5つ星運動」です。
この中で最も注目されているのが今年6月にはレンツィ首相の民主党よりも高い支持率を叩き出し、反政党政治反派閥政治を掲げて大衆の不満を吸い上げるポピュリズムの手法を全面的に取り入れている「5つ星運動」。
日本では今年6月に誕生した37歳の「美人過ぎる」女性ローマ市長ビルジニア・ラッジ氏の所属政党であると言えば最も分かりやすいでしょうか。

「5つ星運動」は元来汚職の総合商社として名高いイタリアの政治腐敗への不信や欧州連合からの離脱に重きを置き、雇用不安や増税を背負わされた国民の中流層・下流層からの強い支持を集めています。
2009年に設立されて以降、立候補者をインターネット投票で選抜するなどインターネットを重視し、パルマ、ミーラ、コマッキオなどの自治体で首長ポストを獲得。今年は先述のローマ市長やトリノ市長のポストも獲得するなど、広範な支持を得ています。
「5つ星運動」はユーロ離脱、EU離脱の国民投票の実施も掲げており、今回のレンツィ首相の敗北に伴って総選挙が前倒しとなることから躍進は間違いなしと考えられています。
その場合に「5つ星運動」が政権を取れば公約のユーロ離脱の国民投票が行われる公算は極めて高く、「フォルツァ・イタリア」、「北部同盟」が同調した場合にはイタリアのユーロ離脱が行われ、単一通貨であったユーロが崩壊することとなります。
また、EU離脱が現実となればイギリスの離脱に続いてEUには大きな打撃となり、実質的にEUが崩壊に向かうことにも繋がります。
ユーロやEUからの離脱が実際にイタリアの経済に好影響を与えるかについては否定的な見方が多く、「5つ星運動」の政権担当能力に対しても大きな疑問符が付けられています。実際にローマ市長の周辺でも汚職問題での辞任者が出た他、市政運営でも能力を疑われており、「5つ星運動」が実際に政権を握った場合に何が起こるのかは極めて不透明。
現時点ではイギリスの離脱派やアメリカ合衆国のトランプ支持者によるような排外主義的な主張は「5つ星運動」には特別見られません。しかしポピュリズムが国民の不満を敏感に吸い上げる時、また政権運営が不調となり自らが不満の対象となった時、どのような方向に向かうかについては注意が必要です。
イタリア国民投票 レンツィ首相が敗北認め辞任の意向 _ NHKニュース
[FT]イタリア国民投票にかかるユーロの未来  :日本経済新聞
イタリア「五つ星運動」、政権に就く用意あると表明 _ ロイター
(Photo by Liwax)
【イタリア国民投票で改憲反対派が勝利、「5つ星運動」の台頭でユーロ離脱の可能性も】を全て見る

http://www.magazine9.jp/other/imai/
6月12日、13日とイタリアで全廃した原発再開の是非を問う国民投票が3.11以降世界で初めて行われ、投票率は54.79%で、脱原発賛成94.05% 反対5.95%という結果になりました。福島原発事故を受け、日本でも「原発国民投票」に対する関心が高まっています。日本で「原発国民投票」を行うことは可能なのか? その場合どのような手続きが必要なのか? など「国民投票」に詳しいジャーナリストの今井一さんにお話を聞きました。
今井一(いまい・はじめ) ジャーナリスト。ソ連、東欧の民主化に伴い実施された「国家独立」や「新憲法制定」に関する国民投票を現場で見届ける。その後も、日本各地の住民投票や、スイス、フランスなどで実施された国民投票の現地取材を重ねる。著書に『住民投票』(岩波新書)、『「憲法九条」国民投票』(集英社新書)、『「原発」国民投票』(集英社新書/8月刊行)、「9条」変えるか変えないか──憲法改正・国民投票のルールブック』(現代人文社/編著)など多数。「みんなで決めよう『原発』国民投票」 呼びかけ人の一人。
●日本でも「国民投票」は実施できる

───まずイタリアで行われた原発国民投票について、これまでヨーロッパ各地で行われてきた様々な国民投票を取材してきた今井一さんですが、この経緯と結果について、率直にどのように感じましたでしょうか?

 画期的な国民投票で、ベルルスコーニをはじめ誰も文句をつけられない主権者の明瞭な意思が示されました。イタリア市民はこの国民投票で人類史に記すべき1ページを刻みました。

───こうしたニュースを受けて、「日本の今後の原発政策についても、政府に任せるのではなく国民投票で決めるべきだ」という声が聞かれますが、現実問題として今の日本で、原発国民投票は実施可能なのでしょうか?

 憲法改正の是非を主権者に問う国民投票法は、2010年5月18日に施行されました(2007年5月公布)が、これは憲法改正のための手続き法であって、安保や原発といった一般的な案件に関する国民投票を想定してはいません。この憲法改正についての国民投票のように、投票結果に法的拘束力がある国民投票をやるのであれば、憲法の改正が必要です。
 なぜなら、憲法第41条には「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。」と明記されているからです。イタリアやスイスのように法的拘束力のある国民投票にするためには、まず憲法を改正して、国会だけではなく国民投票でも法律の制定、改正、廃止ができると明記しなくてはならないわけです。
 そうなると、国民投票の実現までにはかなりの時間がかかってしまうでしょう。しかし、スウェーデンのように投票結果に法的拘束力を持たせない「諮問型」の国民投票であれば、そのためのルール(国民投票法)を作ればすぐにでも実施が可能です。

───それはどういうものですか?

 スウェーデンの例で説明しましょう。スウェーデンでは、1979年のスリーマイル島の原発事故の翌年、議会と政府の呼びかけで、原子力政策に関する国民投票が行われました。このときは、あらかじめ各政党間で「投票結果を最大限尊重する」という申し合わせがされて、結果に法的拘束力はないけれど、「主権者の意思」として優先的に施策に反映させる、ということになっていました。 
 日本で国民投票をやるとしたら、このやり方を倣うのがいいでしょう。国会と政府が国民投票の結果を尊重する、あるいは参考にする、という取り決めを事前にしておくという形です。

───でも法的拘束力がないと、その後政局が変わったりすればうやむやにされてしまうのでは? その時の政権に都合のいいように扱われてしまうのでは、と心配な気もするのですが…。

 もし実現すれば日本で最初の国民投票になるのに、その結果を政治家たちが簡単に反故にできるはずがない。いくらなんでも国民は怒るでしょう。そんなことをしたら、その政治家は当選できないどころか、立候補もできなくなるんじゃないでしょうか。 
 実は、これまで日本では400件以上の住民投票が行われていますが、この場合もその結果に首長や議会が「従わなくてはならない」と住民投票条例に定めていたものは一つもありません。「尊重して行う」と記してあるのです。でも、結果を反故にされたのは、私が知っている限りでは2件だけです。 
 一つは宮崎県小林市の産廃処理施設建設問題。投票では反対派が多数を占めましたが、建設を中止させるには民間企業に莫大な賠償金を支払わなくてはならないということで、中止にはならなかった。これは、建設を進めていたのが行政ではなく私企業だからということで、仕方なかったという部分があります。そしてもう一つは沖縄県名護市の、米軍ヘリポート基地建設をめぐる住民投票。これも反対多数の結果が出たものの、市長が突然辞任して、「国の安全保障にかかわることだから」と、強引に建設の方向へ押し切られることになった。でも、これにしても、住民投票をやったからこそいまだに基地は完成していないという言い方もできるわけです。 
 だから、法的拘束力はなくても、反故にされる可能性は非常に少ないし、相当な効果はあるということです。

●原発問題に「自分の町には関係ない」は通用しない

───なるほど。しかし一方で、「国民投票で原発の是非を決める」ことに対して、懸念を示す人も少なくないようです。例えば、住民投票ならその土地の人が自分の住む場所のことについて決められるわけですが、国民投票となると原発がある地方に住んでいる人も、そこでつくられる電気に頼って暮らす都会の人も同じ1票。原発のある土地の人がいくら反対しても勝てなくて、都会の人たちが負担を地方に「押し付ける」構造が継続するだけじゃないか、といった意見もあります。

 私は、そこは1人1票でいいと思います。『通販生活』に日米安保を国民投票にかけ「賛成」が多かった都道府県順に基地を引き受けるべしという記事を書いたんですが、日米安保条約についての世論調査で「賛成」が7割を占めるのは、基地はうちの町には来ないという安心感があるから。でも原発の場合は基地とは大きく違う、ということが今回の事故ではっきりしましたよね。実際に今、福島で起きた原発事故により首都圏がこれだけ影響を受けているわけですから。 
 つまり、自分の町に原発はなくてもひとたび原発事故が起これば、遠く離れて暮らしている自分のところにも影響が及ぶということ。みんなそれも考えた上で決断することになるでしょう。むしろ、原発のある地域の人が、原発がなくなったら交付金がなくなるから、と原発を残すほうに票を入れる可能性もあるし、地方が反対しても大都市は賛成、なんていう単純なことには、決してならないと思います。 
 加えて言うと、名護市のヘリ基地をめぐる住民投票のときも、「お金は西海岸に落ちる、ヘリコプターは東海岸に落ちる」なんていうことがよく言われていました。基地の建設予定地になっている名護市東部の辺野古は、人口は名護市全体のわずか約2%。ほとんどの人は、住宅地や商業施設が集中する西側に住んでいるからです。こんな状況で住民投票をやっても、さらに「押し付け」の構図が強まるだけじゃないか、と。 
 ところが、住民投票の際、投票区ごとの結果を見てみたら、辺野古などの東側のほうが「基地建設に賛成」が多かった。多数の人が基地を受け入れなければお金が来ない、と考えたんですね。一方で、西側に住む人たちのほうが、「自分たちは交付金を使い、ヘリコプターは辺野古に落ちる、そんなことには耐えられない」という判断をしたわけです。

───たしかに原発は北海道から九州まで、沖縄を除く全ての地域にありますからね。そして放射性物質は風や雨にのって、何百キロも遠くまで広く拡散される。日本に暮らす人にとっては、誰もが「他人ごと」ではないはずです。 
 しかしそれとは別にこういう意見もよく聞きます。主に「脱原発」派からの心配ですが、これだけ「原発がなかったら電気が足りなくなる」といった「刷り込み」がされている以上、国民投票をやっても「脱原発」派は絶対に勝てない、だからやらないほうがいい、という声です。実際、これだけの事故が進行中のさなかでも、東京都知事選では「原発推進」を明言していた石原都知事が大差で当選しましたし。

 石原を選んだ人々に賢明な国民投票が為せるはずがない──そういう声はよく聞きますが、では石原以上にひどいかもしれないベルルスコーニを選んだイタリア市民は愚かな国民投票をやりましたか? 選挙と国民投票は本質的に違うものなんです。 
 私はこれまで住民投票の現場にも度々取材に行きましたが、みなさんものすごく勉強されますし、集会を重ね、議論も積み重ねて、いろんなことを実によく考えています。いざ「原発の是非を決める国民投票をやろう」ということになれば、みんな真剣になるはずです。 
 原発に関する住民投票はこれまで、新潟県の刈羽村、同巻町、三重県の海山町(現紀北町)の3カ所で行われていますが、いずれも原発反対派が圧勝してますが、その前あるいは後の首長選挙や議員選挙では、原発推進派が勝っています。なぜこのようなねじれた結果になるか、と言えばそれは通常の間接民主制の選挙では、経済政策とか景気対策とか、別のところに争点が持っていかれてごまかされてしまうからです。 
 「脱原発」派が本当に「脱原発」を進めたいのであれば、直接投票に持ち込まないと難しいのではないでしょうか。それは過去の事例が証明しています。
イタリアでの国民投票の様子を見て、日本でもやれないの? 
と思った人は多かったのでは。
次回、実際に「原発国民投票」をやるために、
具体的には何が必要なのかについて伺います。
●国民投票法の「市民案」を

───前回は、日本でもスウェーデンのように投票結果に法的拘束力を持たせない「諮問型」の国民投票であれば行うことは可能だというお話をお聞きしました。では、実際に原発国民投票を、ということになったとして、具体的にはどのような仕組みが必要なんでしょうか?

 先ほども触れたように、諮問型の国民投票であれば憲法改正は不要ですから、国民投票のためのルール??「原発」国民投票法の制定が必要になります。

───法律の制定ですから、法案をつくって、衆参両院を通過すればいいということですよね?

 そうです。そして、そのときに大事なのは、国会議員に「作ってください」とお願いするのではなく、市民が自分たちの手で草案を作るということ。主権行使のためのルールですから、主権者である我々の手で作って、国会に「このとおりにやりなさい」と持ち込むべきだということです。 
 そのために今、<みんなで決めよう「原発」国民投票>という市民グループを立ち上げて、市民案の作成など、国民投票の実現に向けた活動を進めています。

───しかし今の国会が、法的拘束力のない諮問型とはいえ「原発国民投票」実施のための投票法を制定するでしょうか?

 一番困難なのはこの法律を作らせることです。しかし実は、2007年の憲法改正国民投票法制定に至る議論の中で、現与党である民主党は、自民党・公明党が出した併合修正案に反対する最大の理由として、「対象が憲法改正に限定されていること」を挙げていたんです。
 そして最終的には、次の四つについて国民投票の対象を拡大すべきだ、という案を提示しました。(1)憲法改正の対象となりうる問題 (2)統治機構に関する問題 (3)生命倫理に関する問題 (4)その他国民投票の対象とするにふさわしい問題として別に法律で定める問題 の4点です。(2)は例えば日米安保、(3)は脳死や臓器移植や死刑について、そして(4)は簡単に言えばそれ以外で重要な問題、ということですよね。 
 この(4)にかけるテーマとして、原発以上にふさわしい問題はないですよ。しかも今、民主党は与党で国会でも多数派を占めている。それなのに、これだけ主張していたことにぴったりのテーマについて、行政府として、あるいは立法府で多数を占める勢力として国民に提案しないのはおかしい。

●大事なことは国会ではなく
主権者である「私たち」が決める

 私は、原発を今後どうするかというのは、この国をどうするかそのものと言っていいほど大事な問題だと考えています。広瀬隆さんが1986年に出した『東京に原発を!』という本の解説で、野坂昭如さんが「原子力発電を論じることは国家そのものを論じると言ってよく、しかもこれほど国家の体質をあからさまに浮き彫りにする存在はほかにない」と言っていますが、そのとおりだと思います。原発を残すのか、なくしていくのかということは、間違いなく憲法改正にも匹敵する問題です。 
 その憲法改正については、憲法96条で「国民投票で決める」と定められています。であれば、原発についてもそうあるべきだと思う。国会だけで決めることではなく、国民に「どうしたらいいのか」を問う、そうしないと、今後また何か問題が起きたときにも「私が決めたんじゃないのに、なぜ責任を負わなくてはならないのか」ということになってしまう。

 例えば、今後も原発を維持するのだとしたら、また原発事故が起きたときに、住んでいる土地が汚染されてしまった人たちはそこを出て行かなくてはならないし、それ以外の人たちも被害者への補償は税金で負担しなくてはならない。逆に、原発をなくすとしたら、さまざまな部分で節電への努力などが必要。そのどちらになっても、自分たちで決めたんだから責任を持って自分たちでやっていくんだ、ということにしないとダメだと思うんです。政府や議会が勝手に決めて国民に協力を求めるんじゃなくて、主権者が自分たちで決めて、自分たちが責任を取るということです。

───主権者が選択するという意味では、通常の選挙でもいいんじゃないの? という意見もあると思いますが、それについてはいかがですか。

 先ほども申しましたが、原発のことを争点にして賛否を決める国政選挙なんか現状ではあり得ません。共産・社民を除いて現職議員のほとんどは、原発推進か容認だろうし、自民党と民主党が小選挙区で争うのに、「脱原発」、「原発推進」を公約として明示するとは思えない。両方とも「原発容認」ですよ。きっと「危険な原発は認めませんが、世界一安全な原発を推進します」なんて、インチキ公約を出すにきまってます。そんな選挙でどうやって原発の問題に決着をつけるのか。つけられるわけがありません。だから選挙は選挙でやって、原発は原発で国民投票にかけるべきです。それは例えば日米安保の問題も同じ。自民党も民主党も日米安保に賛成で、辺野古への普天間基地移転に賛成。そんな状況で、どうやって選挙で国民が現行安保の是非を「選べる」のかということです。

───では、原発に限らず、そうした大事な問題は基本的に一般の選挙ではなく、国民投票で決めるべきだというのが今井さんの意見ですか?

 そうです。そして、日米安保や死刑制度など、さまざまな「大事な問題」の中で、とにかく今、優先順位が高いのが原発だということ。神戸大学の石橋克彦名誉教授なども「近いうちにまた大きな震災が起こる可能性が非常に高い」と言っています。だからまずは原発の問題について決着をつけて、それから次の問題を考えようということです。 
 一度国民投票をやって、主権者が「自分たちで選択できる」実感を得たら、そこが突破口になって「だったらほかの問題も自分たちで決めよう」となるんじゃないかと私は思っています。大事なことは自分たちで決める」ことの意味を見出し、主権者としての自覚を強めることです。

http://saigaijyouhou.com/blog-entry-813.html
イタリアで原発に関する国民投票が行われ、9割を超える人達が原発に反対をしたことから、政府の原発計画は中止することが決定しました。イタリア内務省の発表によると、投票率は約57%に達し、投票者のうち95%が原発再開に反対票を投じたとのことです。
福島第1原発事故以降では、初めて主要国で行われた原発政策に関する国民投票となり、これは非常に画期的な事であると言えるでしょう。

また、アメリカも福島第一原発と同型の原発を全て廃炉することを発表。ドイツやイタリア、アメリカと世界中で脱原発を目指す動きが本格化して来ています。もっとも、一番の当事者である日本の首相が世界各地に原発を売り歩いている事が、唯一にして最大の難点ですが・・・。


☆イタリア、原発再開を断念 国民投票で9割超が反対
URL http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM1305E_T10C11A6MM8000/
引用:
 【ジュネーブ=藤田剛】イタリアで12〜13日に実施された原子力発電の再開の是非を問う国民投票が成立し、政府の原発再開の計画を否決した。内務省の発表によると、投票率は約57%に達し、成立の条件である50%を上回った。福島第1原発の事故後、主要国での原発政策に関する国民投票は初めて。他国からの電力購入や再生可能エネルギーの利用拡大など戦略の練り直しは必至だ。

 暫定発表では投票者のうち95%が再開に反対票を投じた。欧州ではドイツが原発をすべて停止する関連法案を決定。スイスも既存原発の停止を決めた。ベルルスコーニ政権は1990年までに稼働を停止した原発の2020年までの復活を検討していた。
:引用終了

☆米バーモント州の原発閉鎖へ 福島第一原発と同型
URLhttp://www.cnn.co.jp/business/35036469.html 
引用:
(CNN) 米電力大手エンタジーは27日、バーモント州のバーモント・ヤンキー原子力発電所を来年末に閉鎖する方針を明らかにした。安価な天然ガスに比べて操業コストが高く、採算が取れないためとしている。

バーモント・ヤンキー原発は40年前、マサチューセッツとの州境に近いコネティカット川沿いに建設され、630人の従業員が勤務している。川の水を冷却水として使うシステムで、運転期間は2032年までとなっていた。数十年に及ぶ廃炉作業には5億6600万ドル(約550億円)のコストがかかるが、既に5億8200万ドルを積み立ててある。

同原発は、福島第一原子力発電所と同じ米ゼネラル・エレクトリック(GE)製の格納容器「マーク1」を使った沸騰水型炉(BWR)。マーク1型の格納容器は全米で23基の原子炉に使われている。福島第一原発の事故を受け、反原発団体などからマーク1型原子炉をすべて稼動停止とするよう求める嘆願書が出されたが、米原子力規制委員会(NRC)はこれを却下した。
:引用終了


以下の動画は2013年1月28日に放送された「日本TV NNNドキュメント13 3・11大震災 シリーズ」というもので、原発廃炉作業などの様子を現地取材しています。

これを見ると分かるように、原発廃炉というのはかなり時間が必要な作業であり、本気で原発をゼロにするのならば、出来る限り早い段階で「原発ゼロ」という目標を決定しておかないと厳しいのが現実です。



活断層と原発、そして廃炉 アメリカ、ドイツ、日本... 投稿者 tvpickup

以下、動画の主要シーンキャプチャー

↓50基以上ある日本の原発
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↓アメリカのボデガ原発は建設中に一本の小さな断層が見つかり、建設中止となりました
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↓一方で日本は無数の活断層が指摘されているのにも関わらず、未だに議論が続いている状況。
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↓ドイツの原発廃炉作業。写真は廃炉作業をしている原発の中心部
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↓原発の部品は全てバラされて、数センチから数メートルの大きさにカットされます
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↓カットされた原発の部品や配管
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↓部品に付着している放射能の除染
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↓線量が高い部品や放射能が落ちない部品は、強力な酸につけて、溶かして落とします。
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↓巨大な格納容器の解体方法。原発の横に解体施設を建設して、そこで解体します。
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↓原発廃炉にかかる費用は5000億円。さらに数年から数十年の時間が必要。
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しかも、「原発を無くす」という目標を決めておかないと、他のエネルギー開発の方にも遅れが生じる可能性があるわけで、国家規模で見ると無駄な原発延命はデメリットしかありません。そもそも、日本は原発を今直ぐ停止しても電力は足りているわけで、原発を動かしても一部の電力会社と政治家以外には何もメリットが無いのです。

右翼系の方々が「原発は国策だから、反対はダメ」見たいことを言っていますが、原発は国防上の観点から見ても弱点になる施設ですし、本当の愛国者ならば、原発に反対するべきだと私は思います。


福島第一原発潜入記 高濃度汚染現場と作業員の真実


福島原発でいま起きている本当のこと〜元・現場技術者がすべてを語った!


ヤクザと原発 福島第一潜入記


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反戦運動と憲法改悪阻止の闘いの結合へ          かけはし2005.3.21号
民主主義を破壊する改憲「国民投票法案」


改憲への重要な踏み台だ

 今国会で大きな焦点になっているのが、憲法改悪のための「国民投票投票法案」である。二〇〇一年十一月に作成された憲法調査推進議員連盟(改憲議連)の「日本国憲法改正国民投票法案」を土台に、昨年十一月に自民・公明の与党の間で改憲「国民投票法案」が合意されたが、この与党案を土台に法案が提出される可能性が強い。
 今年、最終報告を出して役割を終える衆参両院の「憲法調査会」を改組して「国民投票法案」を審議するための委員会にする国会法改悪案が、第一段階である。この国会法改悪の成立によって作られた委員会で、「国民投票法案」が審議にかけられ、スピード審議で成立させるというのが政府・与党のねらいだ。
 しかし憲法改悪のための法的整備であり、改憲のための重大な踏み台という本質を持っているにもかかわらず、「国民投票法案」に反対する批判は、いまだ「改憲阻止」ないし「護憲」運動のなかでも十分に浸透しているとは言いがたい。まずこの法案がどれほど反民主主義的なものであるのかを、検討してみよう。

「一括」賛否方式の危険性

 第一に自公案の最大の問題点は、「投票用紙の様式や投票方法などは(改憲案)の発議の際に定める法律による」とし、改憲案を個別条項ごとに○×をつけるのか、それとも一括して賛否を問うのかという肝心の問題を外していることである。この点がなぜ重要かといえば、政府・与党と日本経団連ら支配階級の改憲にあたっての最大の狙いが9条の明文改憲にあるにもかかわらず、全体として改憲意見が多数を占める世論の中でも、9条に絞れば依然として過半数が改悪反対の立場をとっていることである。
 改憲派が民主党などの意見を取り入れて、「環境権」や「プライバシー権」などの「新しい人権」条項を導入して「リベラル」的オブラートで改憲のねらいを包んだとしても、肝心の9条について「改正」案に反対が多数だったとしたなら、それこそ「元も子もなくなってしまう」のだ。したがって、支配階級の側はあくまでも個別条項に賛否を問うかたちではなく、「一括」して○×をつけさせる方式を導入しようとするだろう。改憲派の総帥とも言うべき中曾根康弘元首相は、はっきりと「一括」方式を主張している。
 しかし、それでは現在のところ民主党も巻き込んだ改憲論の全体的合意を獲得することは困難である。そこで、問題を先送りにしてとにかく改憲のための「国民投票法案」だけは成立させようというのだ。ここに、今回の「国民投票法案」の反動的意図が最もはっきりと露呈している。
 第二に、憲法九六条の「(憲法「改正」の)承認には国民投票において、その過半数の賛成を必要とする」という条文との関係である。この「国民投票法案」では、「有効投票の総数の二分の一を超える場合は、当該憲法改正について国民の承認があったものとする」としている。「過半数の賛成」が「有効投票総数の過半数」にすりかえられている。
 たとえば、投票率が五〇%を切り、かつ「白紙」など大量の無効票が出た場合、有権者の二割程度の賛成で「承認」とされる場合が想定される。「最高法規」である憲法「改正」という重大な問題に関して、そのような低率での「承認」は認められるべきではない。世界各国の大統領選挙などでは、投票率が過半数を割った場合には、選挙そのもののやり直しをするところが少なくない。民主主義の空洞化を克服していくためには、そのような規定は最低限の歯止めなのである。
 とにかく反動的な改憲をやりやすくするためだけの民主主義的「正統性」のまったく欠落した、こうした改憲「国民投票法案」をわれわれは絶対に認めることはできない。

報道規制と重罰で反対派潰し

 第三は、「国民投票」のスピードアップである。自公合意案は、「国民投票は改憲発議から三十日以後九十日以内に行う」としている。二〇〇一年の改憲議連案が「六十日以後九十日以内」としていることからも、さらに一カ月の短縮である。これは改憲案についての矛盾や疑問が噴出しないうちに、一気呵成に「国民投票」にまでもっていこうとするものにほかならない。
 第四に、メディア規制もいちじるしいものがある。改憲議連案では「国民投票に関し、その結果を予想する投票の経過又は結果を公表してはならない」とか「新聞紙又は雑誌は、国民投票に関する報道及び評論において、虚偽の事項を掲載し、又は事実をゆがめて記載する等報道の自由を濫用して国民投票の公正を害してはならない」「国民投票の結果に影響を及ぼす目的をもって新聞紙又は雑誌に対する編集その他経営上の特殊の特殊の地位を利用して、当該新聞紙又は雑誌に国民投票に関する報道及び評論を掲載し、又は掲載させることができない」としている。しかもこれらの条項に違反した場合は「二年以下の禁固又は三十万円以下の罰金」という重い罰則を課される。
 その一方で、マスコミに憲法「改正」等の意見広告を掲載するのは規制の対象にならないのだ。つまり、資金的に潤沢な財界や与党などの改憲派はいくらでもメディアを利用することができるという結果になってしまう。
 さらに「交通若しくは集会の便を妨げ、演説を妨害し、又は文書図画を毀棄し……国民投票の自由を妨害したとき」には「首謀者は一年以上七年以下の懲役又は禁固」「他人を指揮し、又は他人に率先して勢いを助けた者は、六月以上五年以下の懲役又は禁固」「付和随行した者は、二十万円以下の罰金又は科料」という重罰が待っている。これは、国民投票にあたってデモ・集会などを警察力をもって弾圧するものだ。

このひどさを人々に伝えよう


 このようにして「国民投票」という最も民主主義と自由のスペースが保証されなければならない時に、民主主義と自由が剥奪され、「警察国家」体制が強化されるのである。
 これは改憲派が作ろうとする憲法の中身、そして「国民投票」の反民主主義的性格を自ら明らかにするものだと言わなければならない。「国民」の最高の「主権行使」の場が、「主権侵害」の横行する場に転化してしまうのである。
 このような憲法改悪のための「国民投票法案」の上程・成立を阻止しよう。しかも問題は「憲法改悪のための」ということにとどまらない。この法案そのものが、「新しい民主主義」や「新しい人権」という美名とは裏腹に、民主主義と自由と権利の破壊を一段レベルアップするものなのだ。
 労働者・市民の権利を奪い、戦争国家体制とグローバル資本のほしいままの独裁を狙う憲法改悪の本質が、この「国民投票法案」の中に貫かれている。しかし残念なことに、いまだ法案の危険な本質はメディアでも大衆運動の中でも十分に明らかになってはいない。小泉政権と与党は、ギリギリまでこの法案の中身を示すことなく、一挙にスピード審議で可決・成立に持ち込もうとするだろう。この三月から五月にかけて、改憲「国民投票法案」の実態を多くの人びとに訴え、反対世論と運動を大きく作りだしていこう。「5・3憲法集会」の成功をかちとっていく過程の中で、われわれは「国民投票法案」反対の闘いを作りだしていかなければならない。(3月13日 平井純一)

http://diamond.jp/articles/-/12791
民主主義は「大事なことはみんなで決める」
イタリアの“原発”国民投票に学べること
――池田清 神戸松蔭女子学院大学教授
イタリアで「原発の是非」を問う国民投票が行われ、成立条件の過半数を上回る投票率で成立した。投票の9割以上が原発反対である。国民投票成立の背景には、イタリアという国が、ローマ共和制や中世の自治都市、協同組合の歴史にみられるように、地域と生活を重視し、「大事な問題は自分たちで決める」という自治の伝統があった。だがそれだけではない要因も見逃せない。今回の国民投票では、ベルルスコーニ政権が原発再開の凍結を発表し、国民に棄権を呼びかけるなど成立を阻止しようとした。にもかかわらず成立したのは、福島原発事故の衝撃がいかに大きかったかを示すこととなった。

 福島原発事故の真の原因は、わが国が広島・長崎の被爆から正しい教訓を引き出さなかったことにある。核爆弾を投下された唯一の国日本は、放射能がいかに人間の生命を傷つけ苦難に満ちた生活を強いるのか、平和で豊かな生活を送るために核廃絶のメッセージを世界の人々に送るべきであった。なぜなら戦後米国は、被爆国日本の「原爆反対、核廃絶」の運動が、核による世界支配戦略に支障をきたすことを恐れていたからだ。それゆえ日本に「原子力の平和利用」という名目のもとに原発を受け入れさせることで、悲惨な原爆の記憶を消し去り投下の責任を曖昧にしようと画策した。つまり米国は、原爆の被害者である日本が原発を受け入れることで、「原爆反対、核廃絶」の魂の換骨奪胎を図ろうとしたのである。

 戦後日本の政治家、官僚、財界(電力)、学会、メディアなどのエリート層も、米国の核戦略を受け入れることで権力保持を図ろうとした。彼らは、「知らしむべからず依らしむべし」とのパターナリズムによって原発を推進した。そのため原発が戦後日本の政治のなかで選挙争点となることはなかった。今こそ、わが国も、「原発の是非」を十分な情報公開のもと、エネルギー政策のあり方を国民全体で議論し国民投票によって決すべきである。

 その点で、今から16年前の阪神・淡路大震災の経験が有益な示唆を与えるのではないか。阪神・淡路大震災は、孤独死を防ぐためのコミュニティや、ボランティア・NPOなど市民の自主的な取り組み、生活と住宅再建のための「個人補償」の必要性などさまざまな教訓を残した。だが忘れてはならないのは、「大事なことはみんなで決めよう」という民意にもとづく政治をめざした取り組みがあったことだ。
当時の神戸市長は、神戸空港建設を復興の「希望の星」と豪語した。多くの市民は、神戸のまちの骨格を担う神戸空港は「大事なこと」であるので、「みんなで決めよう」と空港建設の是非を問う住民投票条例制定運動を繰り広げた。多くの市民の疑問は、「関西新空港、伊丹空港もある狭い大阪湾に新たな神戸空港が必要なのか」、「バブルが崩壊しゼロ成長時代に今以上に航空需要が見込めるのか」、「なによりも被災者の生活と営業の再建こそが大切なのではないか」というものであった。

 だが神戸市は、約30万もの住民署名にもかかわらず空港建設を強行する。その顛末は神戸空港経営の行き詰まりであった。

 空港島造成のための市債(計1982億円)は、島内の民間向け分譲地(82.2ha)の売却益で全額返済する計画だが、売却されたのは3.6haに過ぎない。2009年度から市債の返済が始まったが、2010年度の返済額650億円のうち200億円は、借り換えで事実上返済を先延ばしせざるをえなくなっている。年間搭乗者数も、開港2年目以降、3年連続の減少となり、開港前の需要予測(年319万人)を一度も達成していない(「産経新聞」2011年2月7日)。

 神戸市は、「空港経営は市民に負担はかけない、市税を投入しない」などを大義に推進したが、2011年度以降は経営赤字の補てんのため、別会計から繰り入れなければならない事態に陥っている。この行き詰まりの背景には、「大事なことはみんなで決める」という民主主義が無視されたことがある。それは、市民が地域社会の問題を自分のこととして考え行動する機会を失することで、官依存の市民体質をつくりだすのである。まさしく戦後日本の政治を象徴するものであった。
 今、東日本大震災では、「創造的復興」の名のもと「単に元通りの姿に戻すことにとどまるべきではない。将来にわたり国民が安心・安全で豊かな生活が送ることができるよう、新しい地域、新しい日本を『創生』しなければならない」(日本経済団体連合会「復興・創生マスタープラン」2011年5月)と主張されている。

 真の「創造的復興」は、今回の原発事故の大惨事から教訓を引き出し、「安心・安全」な地域を創造することであろう。それは、今までの原発に依存した政治・経済・社会システムを、自然エネルギーの本格的活用と低エネルギーでかつ質の高い生活を持続できるシステムへ転換することである。原発の国民投票は、国民が「効率」や短期的視点でなく、次世代以後の未来も考える長期的視点で持続可能な社会を創造する機会となるであろう。

http://web-saiyuki.net/kenpoh/news2/ns48.html

58回目の憲法記念日を迎えて〜 
9条改憲阻止の大道を邁進しよう
58回目の5・3状況
私たちは58回目の憲法記念日を、改憲派によるかつてないほどの憲法とりわけ第9条への攻撃と、これに反撃する市民運動の全国的な高揚のはじまりという緊張した政治的雰囲気のなかで迎えることとなった。

5年余にわたる両院憲法調査会の「調査終了」と最終報告書の発表、自民党や財界などから相次いだ改憲試案作成の動き、政府による国連常任理事国入りの画策など米国に呼応する小泉琉グローバリズムの戦略の具体化、先制攻撃論と単独行動主義のブヅシュ政権のもとでの米軍の全世界的な規模でのトランスフォーメィションとそれによる日本の『不安定な弧」における出撃拠点化=事実上の日米安保の再々定義と新々ガイドライン化などの危険なうごきが進んでいる。そしてこれを敏感に察知した東アジア諸国とそこでの民衆の反日・抗日のうごき等々、日本国憲法の危機が具体的な国内外の緊張の高まりとして情勢に投影されている。

このような情勢のもとで、政権政党である自民党は「自民党らしい改憲案」として全面改憲案=新憲法案を出すうごきを示した。それは9条改憲を軸にこの党の地金の国家主義的傾向を顕著に表現している。それは9条に代表される戦争をしない国、戦後民主主義的な価値衝の全面的な否定と、戦争をする国、復古主義的な価値観の復活を示している。私たちはこの自民党の改憲案の方向が同党の当面ただちに達成するための目標ではないにしても、ここまで明確に反動的な綱領的立場をうちだしたことに警戒心を強めなくてはならない。自民党のメッキがはげたのではなく、自らはがして地金をだしたという状況であり、こうしたことが可能な杜会状況になったという問題こそ重要だ。

今日すでに死語であるかも知れないが、あえて「革命は反革命を呼ぶ」の警句になぞらえれば、こうした改憲の歴史反動は、それへの対抗カを引き出していることもまた真実であり、昨年からの9条改憲反対の声の高揚の開始(「はじまり」と自重して言うのだが)、この力強いうごきも見なけれぱならない。市民運動や労働運動の至るところで9条改憲反対のプラカードが立っようになった。私たちの市民連絡会が誕生した頃とくらべれぱこれらの運動の状況は様変わりだといってよいだろう。新生の事物である『九条の会」は1年にもならないのに全国千数百カ所で結成され、さらに広がっている。9MAPや9LOVEなどのあたらしい若者の運動も進んでいる。数年前から登場したイラク反戦の新しい高まりがこれと結びついている。講演会や学習会は多様に組織されている。この巨大なネットワークの形成こそが改憲派の策動への対決を可能にするだろう。

マスコミと世論の動向
3日の各紙社説を見ると、従来、改憲の動きに比較的ブレーキをかけてきた「朝日」や「毎日」が政財界の改憲騒ぎに引きずられ妥協的になっている。「朝日」は「憲法を改めることで暮らしよい世の中になり、日本が国際的にも尊敬されるなら拒む理由はない」とか、「9条を変えるなら、それ(戦後の日本が作ってきた平和ブランド)を捨て去るのかどうかの議論が欠かせない」などと及び腰だし、「毎日」は「集団的自衛権をめぐる神学論争から抜け出し、正常に外交問題を論じるうえでも、政治のエネルギーをもっと常任理事国入りに傾けることは改憲より遙かに効率的で有効だ」等と、「改憲への3原則を確認する」というタイトルを付け、改憲の方向自体は容認する姿勢をとった。これに比して従来からの改憲派は、「読売(新憲法へと向かう歴史の流れ)」「産経(不磨の大典に風穴を)」「日経(成熟した民主国家にふさわしい憲法に)」とそれぞれ改憲の方向を明確にしたタイトルを付けた。

しかし、この中で注目に値すべきは「産経」で、改憲派もまた事態は容易ではないことを告白している。「産経」は憲法調査会報告で「論点は多岐にわたっているため、このままでは一致点を見出すことは至難の業だろう。時間だけを費やし、緒局は、あるべき国のかたちを欠いた奇妙な改憲案になりかねない」とし、「ここはまず、国民の平和と安全を守るための9条などの見直しと憲法改正要件の緩和という緊急かつ必要なものにしぼって、段階的な改憲を視野にいれるときではないか」としている。これは先の日本経団連の提言と全く同様な見解であるだけに、改憲派が最終的に提起する現実的な判断の落としどころとして警戒しなくてはならない。同じ日の「産経」の別の紙面で百地章(日大教授)は「憲法改正の当面の目標としては、第9条2項を改正し、軍隊の保持を明記することが考えられる。つまり、第9条第1項の『平和主義』は維持しつつ、2項だけを改正するというものであって、これなら先の両院憲法調査会報告書や自民・民主両党の改憲案から考えて、実現可能と思われるし、国民多数の支持も得られよう」と述べているのも注目しておこう。

一方、地方紙の社説には見るべきものがある。「東京」は「見過ごせぬ『戦後』否定」と題して、自民党改憲案はもとより民主党の議論にさえ立憲主義の否定、「戦後的価値観の否定」が随所にあり、明治期の森有礼・文部相と伊藤博文の議論のレベルにすら達していないと鋭く指摘する。「こう考えてくると、自民党が『憲法改正草案』ではなしに『新憲法草案』をつくろうとしていることの危険性を理解できるはずです」とまで指摘している。「さまざまな憲法論議を、明治憲法下の価値観と現行憲法下の価値観に照らして分析、評価しましょう。そうすることで、選択すべき道はおのずから明らかになるでしょう」と言っている。拍手を送りたい。「沖縄タイムス」は「平和主義こそ国の基礎だ」と題して、「改憲をめざす党も『国民主権』『基本的人権の尊重』『平和主義』という基本原則を堅持するという。ならば変える必要はないのではないか。原則をのこしながらも変えようとするのは、意図があるからだろう」「私たちは憲法の3つの原則と安保条約がぶつかる島から、この国の針路を見つめ続けてきたのである」「9条の理念は、世界的にきな臭さが漂う今だからこそ世界に向!
 $+$辰独/?.$垢戮意義を担う」と指摘する。大マスコミのx$里佞蕕弔と比べると、これら地};罎了兩*$竜A海箸靴刃青瓦,$茲蠅い辰修ι發彫りになる#(B

58回目の憲法記念日に際して改めて思う。 
9条改憲阻止はすでに理念や信条の表明の問題にとどまらない現実の課題になった。私たち市民連絡会はこの5年来、5・3憲法集会の共同行動の実現をはじめとして、改憲阻止をめざす道筋をくりかえし提起し、全国の仲間たちや、多くの友人の皆さんと共にその具体化を進めてきた。そしてこの9条改憲阻止の広範な共同行動を作り出す道は、意見の違いを暴力で解決するという立場を容認しない非暴力運動の原則が前提であるべきことも、非妥協的に訴えてきた。そして、その表現として、ある時は「9条改憲反対の、思想信条政治的立場の違いを超えた壮大なネットワークを」と主張し、あるいは「従来の同心円型ではない同円多心の共同行動を」と訴えてきた。決して容易ではなかったが、この路線をみんなが歩むことで、次第に道が造られ、広がってきた。「2005年5・3憲法集会」を成功裏に終えて、今、その確信を胸に秘めつつ全力をあげてさらにこの大道を邁進したいと思う。(事務局・高田健)

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「第4回けんぽう市民フォーラム」に参加して
憲法調査会市民監視センター・専修大学社研の共催

4月23日午後、東京の専修大学で「第4回けんぽう市民フォーラム」が開催された。憲法調査会市民監視センターと同大杜研の共催によるもので研究者や市民が参加した。今回は焦点になっている『憲法改正国民投票法案』の問題点」がテーマで興味あるブォーラムになった。はじめに杜研から吉川純さん(専修大学)、監視センターから筑紫建彦さんが開催の趣旨を述べ挨拶とした。主報告は飯島滋明さん(工学院大学)で、この報告に奥田喜道さん(東京都立短期大学)と内藤光博さん(専修大学)がコメントして、さらに参加者からの準備された発言の後、意見交換をした。専門的な内容が多く含まれていたが、理解した範囲で言えば、その報告は次のようであった。

飯島滋明さんの報告の要旨。 
国民投票法案は1953年に自治省が出して2日後に引っ込めたことがある。2004年の自民党案は、憲法調査会推進議連が2001年に作った案が下敷きになっている。目本の憲法が立憲主義でありながら、国会議員が発議権を持つということは矛盾がある。しかし各院の3分の2の賛成と、国民投票でカバーしているといえる。

2001年の案で国民投票法案の問題点をあげると、篤1は国民投票における「その遇半数」とは何かだ。「有権者数説」「投票者数説」「有効投票数説」がある。ジャコバン憲法の国民投票をみると、1793年には、700万人の有権者で棄権率が73,3%、賛成は26.48%、反対は0.18%だった。同じく1795年には棄権率が86.3%、賛成は13.06%、反対は0,59%だった。有権者の大多数が棄権している。投票率を一つの要件にすることも考えられる。一方では1933年に成立したナチスのジュゲ法の例は、国民を大動員し合法的な手法で戦争に肉向かった。

第2は、投票方法の問題で、「一事項一投票主義」であるべきだが、中曽根元首相は一括投票を言っているし、法案では明らかにしていない。さらに法案の反国民主権的性格が重大だ。法案では「国民投票運動禁止」「予想投票の禁止」「虚偽・歪曲報道の禁止」「新聞紙又は雑誌の不法利用等の制限」をあげ、大幅に主権者としての役割を制限している。また「表現の自由(憲法21条)に対する正当性のない制約がある。「公正確保」を理由として公務員の「国民投票運動」は事実上できなくなっている。国・地方公務員、特定独立行政法人・公団等の役員、学校長・教師は「地位利用」の禁止になっていることでもわかるように、多くの国民を国民投票運動」から排除している。「虚偽・歪曲の報道及び論評」として報遺についても公職選挙法よりも厳しく、法案は表現の自由が前提になっていない。このように正統性のない政治活動の自由の制限や言論統制の結果として、法案は国民主権がまったく不十分である。国会が発議してから「30日以後90日以内」または「国政選挙の日や国会が議決した日」に国民投票を行うとした期間の短さも国民主権を制約している。法案は政権担当者!
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奥田喜道さんは飯島さんの報告にコメントする形で、スイスの国民投票を紹介した。スイスでは憲法改正で国民投票が義務付けられ、過半数が必要なことなどは日本と同じだ。しかし異なる点は、発議権1発案権は国民とカントン(邦・州)にあること、憲法改正の承認は有権者の過半数とカントンの過半数の二重の多数が必要であること、例外を除いて憲法改正には限界がないこと、憲法改正以外にも法律改正や条約、国際安全保障条約への加盟などでも国民投票がある事などだ。国民投票の流れは、登録から18ヶ月かけて10万人以上の署名を集めるところから始まる。改正案と署名の審査をへて成立すると議会審議や国民投票運動など成立から5年で投票になる。投票に対する規制はほとんどなく、非常に自由な投票運動が行われる。投票には外国人も加われる。投票運動を積極的にした側が多数を獲得することが多い。投票率や定足数の規制はない。歪められることのない有権者の意思形成を保障しようということだ。スイスでは1999年に憲法を全面改正した。100年ぶりだったが、40年も論議してきた。

内藤光博さんはイタリアについて報告した。イタリアでは憲法改正の権限は議会にある。14回の改憲が行われたが、内容は国会の議席配分、大統領の権限、議員の特権の廃止など政治機構についてが主なものだ。ある条件で国民投票に付される場合があるが、有権者の50%以上が投票し、有効投票数の過半数を獲得しなければ成立しない。国民投票は1回しか行われたことがなく、地方自治への移行の問題だった。憲法改正の限界については「共和政体」の変更の禁止と、人権規定や民主主義そのものを否定することは禁止されている。

報告とコメントのあと質疑が行われたが、報告されただけでも各国の歴史や杜会・政治によって国民投票の違いが大きいことを考えさせられた。(土井とみえ)

2016年11月30日号
vol.578
不安なく声を上げ、耳を傾けられる社会を
 東京電力福島第一原発の事故によって、福島県から自主避難している子どもが、避難先の学校でいじめを受けていた問題が報道され、話題になりました。いじめの問題だけでなく、事故から5年半以上が経ついまなお、全国で多くの方が避難生活を余儀なくされていること、そして避難先での孤立の問題をあらためて意識させられました。

 雨宮処凛さんも今週のコラムで触れていますが、自主避難者には補償がほとんどなく、さらに母子だけの世帯、夫を地元に残して二重生活を送っている世帯も多くあります。頼れるつながりのない場所で、経済的にも精神的にも厳しい状況に置かれている方がいるのです。

 そんななか、福島県は、避難者への住宅の無償提供を来年3月で打ち切る方針を出しています。これまでは、災害救助法による被災者への「みなし仮設住宅」として、公営住宅などが提供されてきました。しかし来年4月から、避難者は住んでいる公営住宅から、原則、退居しなくてはなりません。自主避難者の方や支援団体が「やっと築いた生活やつながりを、また奪われる」と撤回を求めています。

 来年3月で住宅無償提供が終了する世帯を対象に福島県が行った「住まいに関する意向調査」(2016年6月20日発表)によれば、県外避難者の77.7%が、「来年4月以降の住宅が未定」だと回答しています(県外避難3453世帯が回答)。こうした状況にもかかわらず、4月以降の対応策は各自治体任せの形になっていて、まったく充分ではありません。このままでは住まいを失って、追い詰められる方が出てきかねません。

 この問題については、11月18日に開かれた参議院復興特別委員会で、山本太郎議員も質問(動画はこちら)をしていましたが、国の政策や東電によって起きた事故であるにもかかわらず、いわば加害者側が避難解除の基準を決め、一方的に線引きをすることに、疑問を投げています。日本では何かと「当事者不在」のままで政策が決められることが多いように思います。チェルノブイリ法で「移住の権利」が認められたように、避難するのか帰還するのか――それは本人に選ぶ権利があり、その決定を国は尊重するべきではないのでしょうか。

 少し前の「この人に聞きたい」のコーナーでは、医師の牛山元美さんが、子どもの甲状腺がんについてお母さんたちが心配に思っても、それを口にしづらい状況にあることを話してくれました。自主避難者の方からも、バッシングを受けたり、子どもがいじめを受けたりするので、声を上げづらいという話を聞きます。これから、帰還困難区域以外の避難区域解除がさらに進められていくでしょう。いろいろな意見があるかもしれませんが、不安なく声が上げられ、それに耳を傾ける社会でなくてはいけないと思います。

 マガジン9でも、引き続きこの問題を取り上げていきたいと思います。


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