[CML 044747] <テント日誌8月22日・23日(月・火) 経産省前テントひろば1807日後1日・2日>

木村雅英 kimura-m at ba2.so-net.ne.jp
2016年 8月 24日 (水) 18:46:10 JST


(転送します)

テント日誌8月22・23日(月・火)
経産省前(テント)ひろば1807日後 1日・2日

テントはなくても続けられることはある
 テントの通い路の最後は地下鉄のエレベータだった。地上の出口の前にテントはみえた。まだ、今日もあるだろうか、という緊張がいつもあった。テントができたはじめは特にその意識は強かったのであるが、その後もこころの底に流れているものだった。これってなんだろう、とよく思ったものだったが、テントがなくなった(強制撤去)昨日は封鎖されていて、ここを通れなかった。午前中のある時点まで。でも実際はそんなことにはこころが回らなかったというところだろう。今、テントのあった場所に向かいながら、思い出したことである。テントがある時期から、それが撤去された後のことは考えなかったことではない。
強制撤去に対する対応も含めて。僕らには経産省前の一隅を占拠してテントを立てた時から、どこか1960年代後半の大学バリケード占拠の記憶があったからである。強制撤去に対する対応にもそのイメージがあったのだと思う。しかし、一方でこれとは違うということもあり、強制撤去への対応をどうするかをべつの形で考えてもきたのである。たいした抵抗もできないで強制撤去を許した結果に終わったのだが、この抵抗の仕方に重要な視点を置いてテントが立てられ、維持されてきたのではないから、そこから受け取るものは違う。

 深い失意というか、喪失感のようなものは静かな怒りとともにある。かけがいのないものを失ったという思いと哀しみがある。これはしばらく消えないだろし、癒されもしないだろう。僕は消えて欲しくないし、癒されたくもない。権力の冷たい、しかも絶望的にみえる壁を見ているのだが、この感触を忘れたくはない。これは記憶として僕の中に深くのこるものであり、僕にとってのテントに参画した意味だったのかも知れないからだ。
 
テントへの通い路の中で、僕がいつも自問していたのは、この執着はなぜ、そしてどこからくるのか、ということだった。これは権力に確執するこころであり、これは祈祷会で上杉清文さんが言っていたようななづけようのないものであり、言葉ならざる言葉のようなものだ。この権力に確執するこころというか精神は生命そのものであり、その所業なのかもしれない。僕の存在のあかしのようなものかもしれない。このこころは僕の命としての歌なのだ。これは間違えば僕を戦争に誘うものかもしれない。しかし、これは、僕が何の変哲ものない日常を過ごすことと同じように大事な命の所業だ。僕らは原発の存在や再稼働を企てる権力の理不尽な行為に異議申し立てをしてきたのであるが、それを通して権力という存在に確執してきたのである。このこころは権力の壁に立ちすくみはしない。僕の権力に抗う、それに確執するこころは静かに、冷たく、そして、また、熱く続いていく。原発の存続や再稼働に反対する意志としても。

僕はこのテント(占拠)という形での闘いは持続的なものであり、この形態を超えてあり続けるものだと語ってきた。理不尽さの何一つ解決されないまま、そしてあり得るかもしれない事故を内包して進められる原発再稼働や保持をすすめる当体に対する反対の意志を持ち、表示しつける。そしてそれを推進する権力に抗い続ける。テントはもうない。しかし、それは形態としてのテントであって、僕らの意志としてのテントは存続する。そこに身体を運ぶ、そこに座り込もという最も始原の行為として続けられるだろう。そこに身体を運び、座り込んで意志表示するという行為は何の変哲もないものにみえるが、それは心が動くということを内包している。人間の生の豊かさが伴っている。ここが始まりである。
                          (三上治)

不当逮捕されていたカメラマンは釈放された。
昼過ぎには、丸の内警察署がやたらに高圧的に我々の妨害をし、
オブジェの分捕りあいが起こり、それを撮影していたカメラマンが大勢の警備警察に囲まれて交叉点の反対側に連れて行かれ、
更に警察の車で丸ノ内署に拉致されてしまった。
まったくひどい不当逮捕だったが、テントから沢山の人が丸の内署にかけつけ、抗議の声をあげてきたが、8月23日に釈放された

経産省前(テント)ひろばでの行動について
経産省前での座り込み、スタンディング行動を展開します。
月〜金 12時から7時まで。 土・日 12時から4時まで。
(金曜日には午後5時〜6時経産省に対する抗議行動があります)
★携帯の折り畳み椅子を持参してください。

8月26日(金)月例祈祷会があります。(15時から)
これまで何度も行われてきた「呪殺祈祷僧侶団」によって展開されてきた、
「死者の裁き」という祈祷会が8月26日(金)3時から行われます。

8月26日(金)5時〜6時 経産省前抗議行動
場所:経済産業省前 主催:「経産省前テントひろば」

8月26日(金)抗議行動 再稼働反対!首相官邸前抗議 
18:30より20:00主催:首都圏反原発連合 

脱原発9・11怒りのフェスティバル 主催:経産省前テントひろば
【案内】脱原発9.11怒りのフェスティバル〜設立5周年〜
9月11日(日)15時〜19時過ぎ、経産省前テントひろば

脱原発!再稼働反対を掲げた経産省前テントは設立から1790日を超えた。しかし、今だ10万人の人々が避難生活を余儀なくされ、小児甲状腺がんは170人を超えた。汚染水はダダ漏れ、フクイチ事故の原因究明もされていない。

被害はかくも深甚深刻多数にも関わらず、司法は東電経営陣を始めとする加害者の特定と責任追及をしようとしない。政府は自らの責任をほおかぶりし、被害(避難)者の住宅補助打ち切り、帰還強要で事故を無きものとし、原発の輸出と再稼働を強行している。

7月28日最高裁小法廷は、上告に対する棄却決定を行ったが、私たちは、いささかもたじろがず、粛々とテントを守り、脱原発の旗を高く掲げて闘い続けることを既に表明している。
大義は我々にある。脱原発の国内外世論に支えられた我々は圧倒的な多数派だ。
そこで私たちは、テント設立5周年の9月11日、経産省を包囲する、脱原発怒りのフェスティバル行うことにした。場所は経産省を包囲する一帯だ。
歌あり、踊りあり、演奏あり、スピーチありの楽しいお祭りです。経産省包囲ヒューマンチェーンも行う。是非お集まりください。

脱原発9.11怒りのフェスティバル〜設立5周年〜
2016年9月11日(日)
主催:経産省前テントひろば
会場:経済産業省周囲一帯
経産省本館正門前周辺
経産省別館資源エネルギー庁前周辺
15:00 歌・音楽演奏
17:00 かんしょ踊り
17:30 スピーチ(各界より)
経産省周囲一帯
18:45 経産省包囲ヒューマンェーン・1回目
18:55 経産省包囲ヒューマンェーン・2回目
19:00 主催者あいさつ(経産省前テントひろば)
〈交通アクセス〉
東京メトロ 丸ノ内線・千代田線・日比谷線



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