[CML 042880] 今日の言葉 ――取り調べの部分可視化は冤罪のリスクを増大させることになり、司法に対する信頼が揺らぐばかりか、社会の不安定化の要因にもなりかねない。

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2016年 4月 10日 (日) 13:12:23 JST


      Blog「みずき」:下記「山中人間話」の関連記事5本もご参照ください。いずれも重要な指摘です。「法」は人の生命や
      尊厳を「冤罪」によって奪うソフィストの法であってはならないのです。現代にそのソフィストのなんと多いことか。ソク
      ラテスはなにゆえに毒杯を自若として仰いだか。「法」の可能性を信じていたからにほかならないでしょう。私たち現
      代人はアテナイのソクラテスに顔を向けて安らかに眠りにつくことはできるか?

【映像のうそを許さないためにも全面可視化は不可欠】
栃木県で2005年に起きた女児殺害事件の判決は「無期懲役」だった。この事件は被告の犯行を直接裏付ける証拠がなく、捜
査段階での被告の自白が唯一といってもいい証拠だった。ところが公判段階で被告が否認に転じため、自白調書の信用性
が裁判の最大の焦点だった。検察は取り調べを録音・録画した映像を法廷で流し、被告が殺害時の状況や動機を具体的に
話したことを裁判員にアピールした。法廷で流された映像を見る限り、被告は自らの意思で供述しているようだったという。ま
た、供述の中には犯人しか知り得ない情報も含まれていたという。この日の判決では自白の任意性と真実性がともに認定さ
れた。

正義が貫徹されることは社会にとって重要なことだ。そしてそれは司法に対する強い信頼を前提とする。しかし、取り調べの
映像がこのような形で部分的に使われることは、決して司法の信頼にはつながらない。むしろ、部分可視化は冤罪のリスクを
増大させることになり、司法に対する信頼が揺らぐばかりか、社会の不安定化の要因にもなりかねない。現在の取り調べの
可視化は、取り調べのすべてが映像として記録されていない。しかも、どの「部分」を記録するかについては、検察側の裁量
に委ねられている。元々取り調べの可視化を求める動きは、度重なる冤罪事件や検察による証拠の改ざんなど、検察の取
り調べが公正に行われていないことへの不信感の高まりから出てきたものだった。ところが、いざ録音・録画が導入される段
階になって、取り調べの録音・録画は部分的なものに限定された上、どの部分を録音・録画するかは検察の裁量に委ねられ
ることになった。この事件でも検察は、被告人が自らの意思で犯行を認め、犯行の手口や動機を具体的に供述するシーンを
録音・録画して法廷で再生した。(略)

部分可視化では、どのような映像が記録されていようが、検察側から事前に犯人しか知り得ない情報を教えられていた可能
性が排除できない。強制や脅迫による自白を証拠とすることができないことは、憲法38条で定められている、国民の基本的
な権利に関わる問題だ。今国会に提出されている刑事訴訟法の改正案には、取り調べの可視化が謳われているが、同法案
では裁判員裁判の対象事件と特捜部による独自捜査事件しか可視化の対象とはなっていない。それを合わせても全事件の
3%にも満たない。この法案が通っても97%の事件は可視化されないことになる。刑事司法は国家の根幹に関わる問題だ。
だからこそ、どんな事件においてでも裁判所が判決を下した時、社会が「正義か貫徹された」と信じることができるような刑事
司法制度を作らなければならない。(神保哲生「ビデオニュース・ドットコム」2016年4月9日)


以下、省略。全文は下記をご参照ください。
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-1869.html


東本高志@大分
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