[CML 042871] 今日の言葉 ――人間はどこまでもどこまでも、いつまでもいつまでも、敗北と隷属の過程を、笑いながら(ときに誇らかに!)あゆんでいる。

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2016年 4月 9日 (土) 17:11:17 JST


      Blog「みずき」:辺見庸の言葉を私流に意訳すれば次のようになるでしょうか。辺見はこのところの日本の「左翼」と
      呼ばれる政党と市民団体の波頭も高らかないわば軍艦マーチ風の「右傾化」模様にとことん愛想を尽かしている。
      「いつまでもいつまでもひとびとは代をついでアホになっている」、「『テロにも戦争にも反対!』と叫ぶのに脳みそは
      1ミリグラムもひつようではない」、「善も悪と見まがうほどそらぞらしく反動的であり」云々の言葉の流砂はそうした
      辺見の憤懣遣る方ない思いの表現であろう、というのが私の解釈です。憤懣遣る方ない思いは私も同じですから
      そう思うのです。しかし、こちらの謝意の言葉を見ても辺見は本来決して非礼の人ではないことは明らかです。

【私たちは「鉛の時代」をいまだ生きている】
どうしたわけか、The Dancer UpstairsのこととかBaader Meinhofのこととかを、タールの海でおぼれるようにして、しばらくぼん
やりとかんがえていた。

前者はSendero Luminosoの話だから、できごとと時空間をいっしょくたにはできないと言えば、たしかにそうだ。ただ、まったく
ことなる両者は、げんざいの描かれ方、イメージのされかたにおいて、ほぼおなじい。滑稽なほどに。凶暴、凶悪、冷血、短絡、
無知、浅薄、無個性、無思考、思索ゼロ、そろいもそろってヘビースモーカー。ステレオタイプな世界観・人間観・国家観の、
それらのおなじくステレオタイプな表裏のどちらかに、われわれは意味のない染み(番号)として張りついているようにしいられ
ている。

この間もっともよく学習したのはだれだろうか?おそらく国家(の暴力装置)と資本だろう。いつまでもいつまでもひとびとは代
をついでアホになっている。「テロにも戦争にも反対!」と叫ぶのに脳みそは1ミリグラムもひつようではない。「政治は、かか
わるわるすべての人間をパーにする」と言ったのはガレル(『自由、夜』)だったか。悪がどこまでも凡庸なように、善も悪と見
まがうほどそらぞらしく反動的であり、つまり両者にはまったく境界がなくなった。人間はどこまでもどこまでも、いつまでもい
つまでも、敗北と隷属の過程を、笑いながら(ときに誇らかに!)あゆんでいる。

にしても、「ドイツの秋」(Deutscher Herbst)にせよ、伊の「鉛の時代」にせよ、この時間のどこかにまだそれらの痕跡がのこっ
ていないわけがない。 いまだってYears of Lead の最中ではないか。つづくのだ。さらにさらにひきつづくのだ。leadの雨が降
るだろう。鉛が降る。横なぐりに。斜交いに。そんなことを大阪で話したわけではない。だが、感じているらしいひとはたしか
にいた。アントナン・アルトー『後期集成』はおもしろい。飽きない。不意にすくわれる。(辺見庸「日録」2016/04/08)


以下、省略。全文は下記をご参照ください。
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東本高志@大分
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