潰瘍性大腸炎という病気を悪口ネタに用いてはならない Re: [CML 042751] 今日の言葉 ――報道の自由度世界61位という栄えある極東の弧状列島ジャパンには、安倍を「憐れみをさそう犬のような顔」「知的劣等感のかたまり」「貧相な下痢男」と書けるジャーナリムはない。

檜原転石 hinokihara at mis.janis.or.jp
2016年 4月 2日 (土) 05:43:11 JST


檜原転石です。

辺見庸も筒井康隆と同類の病気無知なの?

安倍晋三には潰瘍性大腸炎という持病がありますが、この病気、私の親戚のオジ
サンもかかっていて、間抜けなモノカキ・辺見庸が安倍晋三を称して「貧相な下
痢男」と書いてしまうとは、同じ病気に苦しむ多数の患者への想像力の欠如は度
しがたいものがあります。

そういえば「他言無用」がアキヒトの前立腺がんをネタにギャグをやリました
が、天皇を笑いの対象にするのは大賛成ですが、これだけは最悪で、笑える話に
は絶対なりません。

「貧相な下痢男」と書けるのが、「その自由、その発意、その創意」の表れ?

戯言を言っていないで、早く芥川賞でも返上したらどうだ?辺見庸よ!

もっとも医療ネタでも、死に際のヒロヒトへのギネス級の大量輸血は十分ギャグ
になります。

例えば、「ヒロヒトの死に際の輸血総量は???」という歴史があるが、
●酒瓶で50本分あるいは彼の前血液の7倍(33265CC――33リット
ル)?(香港『東方日報』)
●100リットル?(平岩正樹)
●31000CC――31リットル?(香港『香港経済日報』)

▼がんとお笑い皇室劇
http://blogs.yahoo.co.jp/henatyokokakumei/5420827.html



On 2016/04/01 19:47, higashimoto takashi wrote:
>       Blog「みずき」:ここでも辺見庸はオーウェルの「素面のときはコ
> ミュニストなのに、酔ったとなると熱烈な愛国主義者
>       になる」男の話を引いて共産党という政党をカリカチュア化して批
> 判しています。なにゆえに辺見は共産党をカリカ
>       チュア化するのか。少なくとも辺見はあの赤旗のインタビュー・ド
> タキャン事件まで共産党にはある種の信頼感を抱
>       いていたと思います。そうでなければ辺見は志位氏に「志位さん、
> 日本共産党史上、もっとも例外的に自由で勇気
>       ある委員長になる気はないですか?」などと対談を呼びかけたりは
> しないでしょう。しかし、ドタキャン事件を境にし
>       て辺見にはこれもある種の断念があった。そして、そのある種の断
> 念は、昨年末の天皇臨席下の国会開会式出席
>       と日韓「合意」評価という同党の「歴史」的変節によって決定的な
> 断念へと変容した。それがカリカチュア化になって
>       いるのだろうと私は思います。また、この問題の責任の主体は共産
> 党側にあることは明らかだろうとも私は思います。
>       批判されるべきは誰か?
> 
> 【安倍をみくびってはならない。共産党をみあやまってはならないように】
> オーウェルのヒトラー描写の卓抜さといったらない。「それ(ヒトラーの顔)は
> 憐れみをさそう犬のような顔というか、耐えがたい
> 虐待に苦しんでいる男の顔である。やや男らしいところはあるものの、無数にあ
> る十字架上のキリストの絵の表情にそっくり
> なのだ。そしてヒットラー自身が、自分をそういう目で見ていることはまちがい
> ない。……彼は殉教者であり、犠牲者なのだ。
> ……われわれはナポレオンにたいする時のように何となく、彼は運命と闘ってい
> る、勝つことはできまいが勝ってもいいでは
> ないかといった気持ちになる。こういうポーズはきわめて魅力的なものだ。映画
> の主題の大半はこれなのである」(小野寺健
> ・訳)。
> 
> 安倍だってときどき「憐れみをさそう犬のような顔」をし、ひどく傲岸な目つき
> をするかとおもえば、知的劣等感にさいなまれる
> 者のもうひとつの顔、すなわち殉教者面をよそおう。じつのところ、多少見識の
> あるひとびとは、与党の大物から国会前のハ
> ナクソテモ(あれはデモとはいえまい。ニュースピーク的にいえば、せいぜいが
> temonstration)参加者まで、安倍を内心、見く
> だしていた。安倍はじぶんがひそかに見くだされていることをよく知りつつ恨み
> を燃やし、それをパッションとしてのしあがって
> きた。だが、報道の自由度世界61位という栄えある極東の弧状列島ジャパンに
> は、安倍を「憐れみをさそう犬のような顔」
> 「知的劣等感のかたまり」「貧相な下痢男」と書けるジャーナリム(とその自
> 由、その発意、その創意)はない。
> 
> かくして「人間は、すくなくとも時によると、闘争とか自己犠牲を望むものだ
> し、太鼓とか旗とか観兵式などが好きなのは言う
> までもない。経済理論としてはともかく、心理学的には、ファシズムとナチズム
> はいかなる快楽主義的人生観よりはるかに
> 強固なのである。おそらくスターリンの軍国主義的社会主義についても同じこと
> が言えよう」という、オーウェル1940年の言
> 説は依然、一読にあたいすることとなる。われわれは当面、爛ぅ船クソウカツ
> ヤク瓠紛攵祿押房匆颪捻物をひりちらかし
> て生きるほかはないのだ。安倍をみくびってはならない。共産党をみあやまって
> はならないように。おなじくオーウェルに「素
> 面のときはコミュニストなのに、酔ったとなると熱烈な愛国主義者になる」男が
> でてくる(『パリ・ロンドン放浪記』)。しかも「手
> に負えない排他的な愛国主義者」だ。男たちはインターナショナルもラ・マルセ
> イエーズも春歌もうたう。たからかに。心をこ
> めて。労働歌とキミガヨをおなじ口でうたうのとさしてかわらない。(辺見庸
> 「日録」2016/03/30)
> 
> 
> 以下、省略。全文は下記をご参照ください。
> http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-1853.html
> 
> 
> 東本高志@大分
> higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
> http://mizukith.blog91.fc2.com/
> 
> 
> 


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