[CML 039814] 今日の言葉 ――いったい、いつ、どのように採決があったというのか。「議場騒然」をもって、安保関連2法案ほか計5件の案件が「採決」されたとは、到底言い得ない。

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2015年 9月 22日 (火) 12:34:40 JST


【「だまし討ち」による混乱を「採決」と認めてはならない】
参議院の山崎正昭議長と、安保関連特別委員会鴻池祥肇委員長の両者を名宛人として、市民有志から「安保関連法案の
採決不存在の確認」と「法案審議の再開」とを求める申し入れとなっているが、今通常国会の会期(9月27日・日曜日)を過
ぎれば不可能な申し入れとなるから、25日(金)午後に申し入れねばならない。連休中に至急のお願いとなる。戦争法は、
一昨日(9月19日)未明参院本会議の採決で成立したことにはなっている。しかし、どうしても納得しがたい。17日夕刻の
安全保障特別委員会の、あの「だまし討ち」による混乱を「採決」と認めてはならないという思いが強いからだ。この思いは、
多くの人に共有されているはずだと思う。戦争法をその内容において違憲と批判し、その廃止を求める今後の運動の継続
が本筋ではあるが、民主主義の手続的正義を蹂躙した自・公両党の暴挙を看過できない。糾弾せずにはおられない。

多くのところで、その声があがっているが、9月18日のうちに若手弁護士有志225名が素早く発表した声明(参議院「我が
国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会」での安保関連法案の議決の不存在確認および審議の再開を求め
る弁護士有志声明)が代表的なもの。同声明は、「傍聴者や国会中継視聴者からは、およそ外形的に見て採決が存在した
とは到底言い難い状況であった。また,速記録(未定稿)では,鴻池委員長が席に戻った後は『発言する者多く,議場騒然,
聴取不能』と書かれている」との認識を前提に、参議院規則136条1項「議長は,表決を採ろうとするときは,表決に付する
問題を宣告する」、同137条1項「議長は,表決を採ろうとするときは,問題を可とする者を起立させ,その起立者の多少を
認定して,その可否の結果を宣告する」に照らして、これらの手続きを欠く「議決」は、「そもそも意思表明の対象を特定する
ことができないのであるから,議決は外形的に不存在というほかない」と断じている。しかし、世論の指弾を省みることなく、
自公両党はこの「採決」を有効なものとして参院本会議を開き可決してしまった。

いったい、いつ、どのように採決があったというのか。議長周辺での「議場騒然」をもって、安保関連2法案ほか計5件の案
件が「採決」されたとは、到底言い得ない。「強行採決」に抗議しなければならないところだが、抗議の対象となるべき「採決」
がなかったというのが真相ではないか。だから、採決を不存在と確認した上、特別委員会を再開して審議を進めていただき
たい、という要請になっている。(澤藤統一郎の憲法日記 2015年9月21日)

【再掲:いま、直ちに必要なことは「安保関連法廃止法案」の国会提出である】
1 9日未明、安保関連法が成立した。9割の憲法研究者、最高裁元長官、最高裁元判事、内閣法制局長官経験者、日弁連
と54弁護士会すべてが違憲とする法案が参議院で可決・成立した(裁判官75人の声明も参照)。その時、国会議事堂周辺
では、降りしきる雨のなか、たくさんの市民や若者たちが「戦争法案直ちに廃案」「憲法守れ」と叫んでいた。

当日、現場でスピーチした樋口陽一氏(憲法学者)は、デモや集会に参加する若者たちについて、「この憲法13条がうたう個
人の尊厳が具現化された姿だ。・・・彼らは誰に指示されたわけでもなく、今まで当たり前だと思っていたものがなくなる危機
を感じ、自分自身の判断で行動している。まさに個人の尊厳のありようが身についているのです。あの若者たちの姿は、安
倍首相がどんなに壊そうと思っても壊せないものですよ」と語った。(略)この市民や若者たちの声に支えられて、まともな野
党は一致して最後まで院内でのギリギリのたたかいを続けた。

NHK政治部(「官邸広報部」改め)の記者たちは、「与野党の攻防」だの、「法案に対して国民の意見が分かれている」だの
といった解説をしていたが、とんでもないミスリードである。(略)採決が議事録に記載なしという異常事態が起きていたので
あって、「法学的にはクーデター」(石川健治東大教授)であるだけでなく、「連隊長」が指揮した文字通りの「クーデター」と言
って差し支えないだろう。あの強行採決を、与党も野党も「どっちもどっち」と冷笑的にコメントする態度は、この暴挙を正当
化する以外のなにものでもない。この安保関連法案は違憲であって、「意見が分かれる」といった問題ではない。「一見極め
て明白に違憲無効」の法案が、特別委員会で強行採決され、本会議で可決・成立したのである。(略)

いま、直ちに必要なことは、「安保関連法廃止法案」の国会提出である。すでに、盗聴法、政党助成法など、いくつも先例が
あるが、一番参考になるのは、「イラク特措法廃止法案」である。衆議院には3度、参議院は1度提出された。実は参議院で
は可決されたのである。メディアがあまり報道しなかったので、世間の注目を浴びなかったが、違憲法律の問題性をクリア
にするには、この廃止法案という手法は有効である。19日に成立した安保関連法に対するさまざまな訴訟が準備されている
が、訴訟は時間がかかる。参議院選挙前に最高裁判決が出ることはむずかしい。(略)この法律が憲法違反であるという緊
張感を持続させ、この法律の正当性を剥奪するたたかいを続けることが大切である。参議院選挙まで安保関連法について
国民の関心を持続させることで、安倍政権の「忘却戦術」(大衆の「忘却力」は大きい。これに依拠せよ。アドルフ・ヒトラー
『わが闘争』)に抗する有効な手段となるだろう。(水島朝穂「今週の直言」2015年9月21日)

【山中人間話】

Blog「みずき」:「山中人間話」(9月21日付)の問題意識の続きとして大田英昭さんの問題提起を読みました。

(中略)

【Blog「みずき」の問題意識に基づく要約】
このたびの安保法案をめぐる安倍政権の独善ぶりと反対運動の高揚について、六十年安保が想起されることが多いようで
す。ただし問題の根本として、1952年4月28日発効のサンフランシスコ講和条約・日米安保条約によって確定した、戦後の
国際秩序における日本国家の位置づけにまで遡って考える必要があると思います。(略)戦後日本国家の進むべき針路の
根本をめぐり、吉田政権の推進する対米一辺倒の単独講和+日米安保条約支持か、ソ連・中国を含む全連合国との全面
講和+安保条約反対かをめぐり、世論を二分する論争が繰り広げられました。そのさなかの1951年10月、全面講和論の中
心だった日本社会党の内部で、右派が単独講和支持(ただし安保には反対)に回ったため、同党は左右に分裂しています。
その際、左派社会党の中田吉雄は、右派の態度について1930年代の無産政党の右旋回を想起しつつ、これを次のように
批判しています。(略)「過ちのその二は、日支事変が勃発し昭和十三年国家総動員法が提出されたときの積極的な賛成で
ある。社大党の麻生書記長が政府原案に賛成したとき、〔民政党の〕永井柳太郎は『そう簡単に賛成されては困る。反対論
も多いので慎重に考えてもらいたい』といったほどである。三十七名の代議士をもつ社会大衆党は代議士会で委員会の審
査を省略し、本会議で一審で可決すべきであるとすら極論し、賛成討論に立った西尾末広氏は、『もっと大胆率直に、日本
の進むべき道はこれであるとムッソリーニの如く、ヒトラーの如く、或いはスターリンの如く大胆率直に日本の進むべき道を
進むべきであると思うのであります』と叫んだ。」(略)

「〔右派社会党がサンフランシスコ講和条約賛成に回ったことは、かつて戦前に〕堂々社民党が『帝国主義戦争反対』をとな
え、社大党が反資本主義、反共主義、反ファッショ主義の三反主義をとなえ大衆にアッピールするゼスチュアをとりながら、
あまりに大きなあやまちを犯したのと同工異曲である。歴史はくりかえすというが、心すべきである」(広瀬健一『左派社会党
の実態』大衆社、1955年、27~29頁)戦前の無産運動の指導者たちが、「革新官僚」らと提携して戦時体制の中に積極的に
組み込まれていったという歴史の事実。現在の日本の社会運動・革新政党が同じ「あやまち」を犯すことはあり得ないと、普
通には考えられています。しかし本当に恐ろしいのは、多くの人が意識しない深層の部分で「歴史がくりかえされる」ことでし
ょう。(大田英昭 2015年9月21日)

以下、省略。


東本高志@大分
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