[CML 039521] 「遺骨奉還 70年ぶりの里帰り ご遺骨を韓国のご遺族に届けよう」-市民による関西追悼・法要集会-のご案内

nakata mitsunobu mitsunobu100 at gmail.com
2015年 9月 5日 (土) 08:45:16 JST


日本製鉄元徴用工裁判を支援する会 中田です。
複数のメーリングリストに投稿しています。重複される方申し訳ありません。

北海道に強制連行・強制労働させられた犠牲者の遺骨を市民の手で韓国に届けよ 
うという取り組みです。

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<遺骨奉還 70年ぶりの里帰り ご遺骨を韓国のご遺族に届けよう>
日 時:9月11日(金)~20日(日)
場 所:アイヌモシリ・東京・京都・大阪・広島・下関・釜山・ソウル
主 催:強制労働犠牲者追悼・遺骨奉還委員会 http://2015houkan.jimdo.com

ご遺骨を韓国のご遺族に届けよう - Introduction.

 戦争の時代、戦場で、空襲で、あるいは労働を強いられ、日本人310万人、ア 
ジアの人々は2000万人以上が戦争によって命を奪われました。
 21世紀のいまも無数の遺骨がふるさとへ帰ることなく、異郷の地に残され続け 
ています。
 北海道には戦時下の労務動員により過酷な労働を強いられ、死に至らしめられ 
た朝鮮人、中国人、日本人タコ部屋労働者の遺骨が仏教寺院や埋葬地に 残され 
てきました。
 1970年代からの民衆史掘り起し運動により、犠牲者の遺骨発掘が始まりまし 
た。同時に、市民の手による遺族探しによって、半世紀以上のときを 経て、生 
死すら知らされずにいた日本人、韓国人のご遺族にご遺骨を手渡すいとなみが続 
けられてきました。
 しかし、今もご遺族に届けきれない多くのご遺骨が各地の納骨堂に残され続 
け、いつか故郷に帰る日を待ち続けています。
 アジア太平洋戦争の終結から70年になる今年9月、私たちは日本と韓国の市民 
の共同のもとで、つぎのご遺骨を韓国に奉持し、ご遺族、市民と共に 追悼し安 
置する旅にまいります。

 このたび捧持されるご遺骨は、
・本願寺札幌別院に残されてきたご遺骨のうち、韓国出身者    71体分
・旧三菱美唄炭鉱犠牲者のうち常光寺に安置されてきた韓国出身者     6体
・朱鞠内雨竜ダム建設工事犠牲者、旧光顕寺に安置されてきたご遺骨     4体
・旧浅茅野日本陸軍飛行場建設犠牲者、浜頓別天祐寺に安置されてきたご遺骨 
     34体
       計115体

70年ぶりの里帰り 遺骨奉還団 ー 10日間、3,500km の旅
浅茅野(天祐寺)=朱鞠内(旧光顕寺)=美唄(常光寺)=札幌(本願寺札幌別 
院)=東京(築地本願寺)=京都(西本願寺)=大阪(北御堂・津村別 院)= 
広島(本願寺広島別院)=下関(光明寺)=関釜フェリー=釜山=ソウル
 ご遺骨奉還の道程は、戦時下に労働者の多くが朝鮮半島から北海道へと連行さ 
れた道を逆に故郷へと戻るものです。総行程3500km、10日間の 旅では、ご遺骨 
を運ぶ奉持団の車列が陸路を進み各地において犠牲者の通夜(追悼の夕べ)を過 
ごしつつ、玄界灘を渡ります。釜山からソウルに至り、 ご遺族と多くの市民と 
共に合同葬儀を執行の後、ソウル市公立追慕公園に安置されます。
 この遺骨奉還の旅は、若者の未来を奪ってきた70年前の戦争と植民地の時代に 
決別し、失われた命の軌跡を辿り、アジアの平和な未来を切り開いて ゆく旅で 
もあります。 
 どうぞ、この70年ぶりの里帰りに、二度と戦争を繰り返さない決意のもと、多 
くの皆さまの同行とご支援を呼びかけます。

2015年8月 強制労働犠牲者追悼・遺骨奉還委員会  

以下 関西での追悼・法要の案内
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-市民による関西追悼・法要集会-

<日 時> 9月15日(火)19時より

<場 所> 本願寺津村別院(北御堂)
           地下鉄御堂筋線本町駅下車2番出口徒歩2分

<スケジュール>
19時~ 法要
20時~ 基調講演「朝鮮人の遺骨をめぐって」尹健次(『在日総合誌抗路』編集 
委員)

※当日は平服にてお越しください。
※一般駐車場は21時までとなっておりますので、公共交通機関をご利用ください。

戦時下のアジアからの労務動員は、高級官僚で後に商工大臣も務めた岸信介(安 
倍晋三首相の祖父)などの発案とされる。
強制労働を体験した方の聞き取りによれば、朝鮮の若者が各地の警察署などに集 
められ、釜山港へ移送、関釜連絡船で玄界灘を渡り、下関港からは客車 ではな 
く 貨車に乗せられ、外から施錠されたという。窓もない貨車にすし詰めで移送 
され、青森から青函連絡船に乗せられ、再び貨車に押し込められる。到着し た 
土地に は雪が積もっており、現場監督からは「ここは四方を海に囲まれている 
から絶対に逃げられない」と聞かされたという。70年以上の時を経て、生きて 
帰ることの出来なかった死出の道を、再び故郷の地へ辿っていきます。

関西実行委員会 代表  出口湛龍
関西事務局〒544-0034大阪市生野区桃谷3-1-21 3F コリアNGOセンター内
TEL:06-6711-7601FAX:06-6711-7606


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