[CML 039508] 今日の言葉 ――SEALDsの若者たちに思考し続けてほしいこと。「過去と真摯に向き合う」ときに私たちが引き受けなければならない真の「責任」とはなにか?

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2015年 9月 4日 (金) 15:40:33 JST


【SEALDsの「戦後70年宣言文」について】
今回の「戦後70年宣言文」には、「過去と真剣に向き合い、自らの責任を果たしていきます」とあります。ここでいう「責任」とはいった
い何を指すのでしょうか? とりわけ気になるのは、「戦後70年宣言文」が、「過去と真摯に向き合う」旨を繰り返し述べる一方で、日本
帝国の侵略責任の清算(謝罪・賠償など)については全く触れていないことです。

「尊厳を傷つけられたままの元従軍慰安婦の方々」にも「宣言文」は言及していますが、この問題とどのように「向き合う」のかが不明
です。そもそも、侵略責任の清算という問題をスルーしながら、「過去と真摯に向き合う」ことなどできるのでしょうか?そして「宣言文」
は、「沖縄の過度な基地負担」について触れた直後に、「私たちは、平和国家であることのありがたみを噛みしめ、次の世代に受け
継いでいこうと思います」と述べています。「沖縄の過度な基地負担」と「平和国家であることのありがたみ」とは、果たして矛盾なく両
立するのでしょうか? この「宣言文」が歴史認識との関連で積極的な行動方針として打ち出しているのは、例えば次のような主張で
す。

・「私たちは、二度と同じ過ちを繰り返さないために、自由と民主主義を守っていきます。」
・「私たちは、戦争の記憶と多くの犠牲のうえにあるこの国に生きるものとして、武力による問題解決に反対します。」
・「被爆国に生きるものとして、核兵器の廃絶を求めます。」

こうしたいわば〈未来志向〉の発想の根底にあるのは、従来のSEALDs声明文の、「先の大戦による多大な犠牲と侵略の反省を経て
平和主義/自由民主主義を確立した日本には、世界、特に東アジアの軍縮・民主化の流れをリードしていく、強い責任とポテンシャ
ルがあります」という主張でしょう。果たしてこれが、「過去と真剣に向き合い、自らの責任を果たしていきます」ということの本意なの
でしょうか?

そもそも、日本国の人びとが東アジアの諸民衆とともに平和のうちに生存できるような新しい秩序づくりに参加するためには、その
前提条件として、過去の日本帝国が犯したアジア侵略責任を今の日本政府に引き受けさせ、清算させなければなりません。これこ
そ、「過去と真摯に向き合う」ときに私たちが引き受けなければならない真の「責任」であるはずです。こうした認識が、SEALDsの従
来の声明文にも、今回の「宣言文」にも、決定的に欠けているのではないでしょうか。(略)

「宣言文」には、「私たちは、自分の頭で思考し、判断し、行動していきます。それを不断に続けていきます」とあります。歴史認識問
題についても、SEALDsの若者たちが今後さらに不断に思考し続けてほしいと、心から思います。そして、「思想・信条…などの様々
な違いを超えて、他者を尊重し、共に手をとりあって生きる道を切り開いていきます」という言葉を、私も信じています。
                                        (大田英昭「社会運動上の人権侵害を許さない」2015年9月4日)

【山中人間話】

世界を震撼させる一枚の写真ほか

以下、省略。下記をご参照ください。
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-1511.html


東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/ 



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