[CML 040389] 藤田嗣治の戦争画

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2015年 10月 30日 (金) 22:59:00 JST


 坂井貴司です。
 転送・転載歓迎。
 
 太平洋戦争敗北から70年、従軍慰安婦問題がタブーになりました。戦後50
年の1995年には、従軍慰安婦問題は頻繁にマスコミに登場しました。本も数
多く出版されました。しかし、20年経った今、従軍慰安婦がマスコミに登場す
ることはなくなりました。
 
 それに対して、70年目にしてタブーでなくなったものがあります。
 日中戦争から太平洋戦争にかけて、戦意高揚のために描かれた戦争画と、それ
を描いた画家藤田嗣治です。

 古くから絵画は戦争を描いてきました。古代から近代まで描かれた戦争の画は、
勝者である権力者を称えるものでした。
 それが近代になると、国民国家の確立によって、国民の戦意を高揚させるもの
を描くようになりました。

 日本も例外ではありませんでした。

 満州事変以降、戦争を続けてきた日本の軍部や政府は、絵画に注目しました。
大衆を戦争に「自発的に」協力させるプロパガンダ装置としてです。写真や映画
はありました。しかし、白黒でした。絵画ならばカラーで鮮やかに描くことがで
きます。そこに注目しました。
 軍部や政府は当時の有名な画家たちを動員して、200号から300号(幅2
メートル、3メートル)の巨大な戦争絵画を描かせました。それらの戦争画は聖
戦美術展などに飾られました。人々は行列を作って戦争画を観に行きました。鮮
やかな色彩で描かれた戦争画に人々は熱狂しました。

 その中で特に人々の人気を集めたのが、藤田嗣治でした。

 1920年代のエコールドパリの時代、藤田はピカソやダリ、モディリアーニ、
キスリングと並ぶ画家でした。彼は西洋の油絵と日本の伝統的な大和絵を融合さ
せて、新しい絵画を作り上げました。まるで磁器のような「乳白色の肌」です。
苦心の末に編み出したこの技法で、藤田は美術館やコレクターが作品を奪い合う
人気画家になりました。
 しかし藤田は日本に帰国すると、「私は絵筆を持った兵士であります」と宣言
して、凄惨な戦場を描いた戦争画を描くようになりました。これも大きな人気を
集めました。
 太平洋戦争敗北後、藤田は戦争協力者、ファシスト画家と非難を浴び、日本画
壇から追放されました。フランスに「帰った」藤田は、日本国籍を捨ててフラン
ス人となり、一生を終えました。

 なぜ藤田は戦争画を描き、日本から追放されたのかを追います。

 NHK教育
 ETV特集
 「FOUJITAと日本」
 http://www.nhk.or.jp/etv21c/archive/151031.html

 放送日:10月31日
 放送時間:23時〜

 再放送:11月7日0時(金曜夜)
 
坂井貴司
福岡県
E-Mail:donko at ac.csf.ne.jp
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「郵政民営化は構造改革の本丸」(小泉純一郎前首相)
その現実がここに書かれています・
『伝送便』
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