[CML 040331] 今日の言葉 ――自分を「左翼」であるとすら考えていない人からさえ「右傾化している」とみなされる共産党とはいったいなんなのでしょう? 

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2015年 10月 27日 (火) 22:40:41 JST


      Blog「みずき」:下記の元朝日新聞コラムニストの早野透さんの志位共産党委員長評価は好意的なものです。その
      中で早野さんは志位さんを「らんらんぎらぎら」と評しています。「らんらん」というのは「政権を奪いあう権力闘争」の
      人を評する早野さん用語です。志位さんは早野さんの目にはデモクラートでもコミュニストでもなく「権力闘争の人」
      と映っているのです。これは皮肉なことというべきではないでしょうか。その評価はコミュニストとしては本来恥とする
      べきことです。ブルジョア的な「権力闘争」とはもっとも無縁な存在がコミュニストであるはずだからです。しかし、コラ
      ムニストの目は好意的な文章の中ではからずも右シフトする共産党とその委員長である志位氏の表層の下にある
      「ぎらぎら」としたものを見抜いてしまっているように私には見えます。 


【「政局」とは「権力闘争」を意味する】
安保法制廃止、昨年7月の集団的自衛権承認の閣議決定撤回の2点で「国民連合政府」をつくるには、「その他の国政上の
課題はいろいろあるが、相違点は横に置く」ことにしなければいけない、そのためには共産党年来の日米安保条約廃棄の主
張もとりあえずは「横に置く」というのだから、志位さんの決心はハンパじゃない。しかも、これまでは全選挙区に候補者を立て
る建前だったのを、選挙協力のためには自分たちは引っ込んでもいいというのである。民主、社民、生活の各党党首に話を
持ちかけて、生活の党の小沢一郎代表からは「頭の切り替えとすばやい行動」への評価と共産党の堅い票の協力は「ものす
ごいインパクト」というエールをもらった。権力闘争のプロの小沢氏の言葉だから、これはなかなかのものということだろう。共
産党が「政局」に乗り出した。政治記者用語でいえば、つまりこういうことである。「政局」という言葉は、政権を奪いあう権力闘
争を意味する。かつては自民党内の派閥が親分を総理総裁にするためにあらゆる手練手管をつかって多数派工作すること
を意味していた。いま、安倍さんの一強支配下、議員たちの顔がくすんでみえるのと違って、かつてそういう時期になると、政
治家連中の顔がらんらんと輝いていたことを思いだす。いま、志位さんの顔を見ると、なんだからんらんぎらぎらとして、志位さ
んもやっぱり政治家だなあと感ずるのである。共産党が初めて、建前の言辞でなく、実質的な権力争奪のプレーヤーになった
というべきか。(早野透「朝日新聞『新ポリティカにっぽん』2015年10月20日)

      Blog「みずき」:自分を「左翼」であるとすら考えていない人からさえ「右傾化している」とみなされる共産党(きまぐれな
      日々氏のいう「世間」の中にはおそらく共産党も含まれています)とはいったいなんなのでしょう? 

【再説:「左折の改憲」のゆくえ】
「SEALDs」及び世の「リベラル・左派」が「SEALDs」を無批判で礼賛する風潮に対して、私はこれまであまり書かなかったが、一
定の批判を持っている。最近、白井聡だの加藤典洋だの池澤夏樹だのが「左折の改憲」を言い出しており、直近では想田和
弘もその流れに乗っかってきているらしいが、改憲派の高橋源一郎(毎月の朝日新聞に載るこの人の「論壇時評」に私はい
つもうんざりしている)とつるんでいる「SEALDs」は改憲派と共産党を含む従来の護憲派とのブリッジ役を果たそうとしているよ
うに見えるのである。しかしそれは「左」からの「SEALDs」批判論であり(私自身は自分を「左翼」であるとすら考えていないのだ
が、世間があまりにも激しく右傾化しているので、相対的に「左」になってしまっている)、「右」からの批判に萎縮して「SEALDs」
の本を撤去することなど論外であることは言うまでもない。(きまぐれな日々 2015.10.26 
 )

【山中人間話】

以下、省略。下記をご参照ください。
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-1605.html


東本高志@大分
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