[CML 040750] 「赤旗」の辺見庸へのインタビュー・ドタキャン事件その後(3)――小池晃・日本共産党副委員長が同党機関紙「赤旗」のインタビュー・ドタキャン事件について「遺憾だ」とかたったという。しかし、ここには「人間」がいない。

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2015年 11月 22日 (日) 10:58:25 JST


11月21日付けの辺見庸の「日録1」の本節は「小池晃・日本共産党副委員長が数日前、「戦争をさせない1000人委員会」メンバー
にたいし、同党機関紙「赤旗」のインタビュー・ドタキャン事件について「遺憾だ」とかたったという」という節でしょう。

が、前節(まえせつ)の「こんなタイプの人間が、女であれ男であれ、どうしてもすきになれない」以下の社会運動と政党の流砂状況
に関しての辺見の断章も本節と不可分な関係にあるでしょう。「流砂状に足もとが崩れてゆく」状況の説明としては不可欠であろう、
というのが引用者の専断です。そういうわけでその断章のディテールも捨てさることはできません。今回も全文引用させていただく
ことにします(強調と改行はBlog「みずき」)。

なお、辺見の「日録1」の引用の前にichigekistk さんの「日本共産党機関紙しんぶん赤旗が、辺見庸氏へのインタビューをドタキャン」
という Togetterまとめを置いておきます。ご参照ください。
http://togetter.com/li/902471

以下、辺見庸「日録1」(2015年11月21日付)から。

こんなタイプの人間が、女であれ男であれ、どうしてもすきになれない。生理的にダメだ。ひとをチクるやつ。ひとを警察にチクるやつ。
「あいつらをどうか排除してください!」と、警察に恥ずかしげもなく泣きつくやつら。ひところの国会前の空さわぎの荒みにはいくつか
の「腐った根」があるだろうけれど、その最たるものが「権力迎合」である。だが、さいきん、皮肉っぽい友人にアドヴァイスされた。
「いまのわけーもんにゃ犖⇔老濤膈瓩覆鵑憧恭个そもそもありゃせんのだよ。子どものころから犖⇔呂よび現実受容体瓩箸靴
育ってんだから」。はあ、そんなものなのだろうか。

(中略)

小池晃・日本共産党副委員長が数日前、「戦争をさせない1000人委員会」メンバーにたいし、同党機関紙「赤旗」のインタビュー・ドタ
キャン事件について「遺憾だ」とかたったという。「1000人委員会」メンバーからわたしの担当編集者にそのむねの電話があった。わ
たしは「1000人委員会」メンバーではない。「遺憾だ」はわたしへのメッセージではない。小池晃氏は「インタビュー申し込み→急きょ中
止」事件を知っていたが、なにが、なぜ、だれが、だれにたいし、どのように「遺憾」なのかは話しておらず、真相は依然不明だ。ここ
には「人間」がいない。わたしへの直の連絡はきょうげんざい、なにもない。おかしくはないか。小池さん、共産党の大先輩の書いた
「五勺の酒」はお読みになっただろうか。「……個人が絶対的に個人としてありえぬ、つまり全体主義が個を純粋に犠牲にした最も純
粋な場合……」。これはご存じのとおり、天皇制についていっているのだが、「党」の酸欠状態ともかさなっている気がする。「僕は、日
本共産党が、天皇で窒息している彼の個にどこまで同情するか、天皇の天皇制からの解放にどれだけ肉感的に同情と責任を持つか
具体的に知りたいと思うのだ」。あなたがたは中野重治のこの問いに、いちどでもじゅうぜんに「肉感的に」答えたことがあったろうか。
こんどのことをきっかけに、わたしはまた中野重治を読んでいる。

にしても、「赤旗」から電話をうけた(当事者であるはずの)週刊金曜日もほんとうに無責任だ。まるで党の「フラク」(!)ででもあるかの
ように、不可思議な沈黙をきめこみ、問題を記事にもしていない。「個人が絶対的に個人としてありえぬ」空間はこのクニの各処にある。
『1★9★3★7』(イクミナ)をめぐる外国人記者クラブでの会見を昨日、断った。もともと外国人記者クラブからの要請ではなく、広告費を
ケチる週刊金曜日のがわが申しこんだ、あざとい無料宣伝作戦だからだ。版元がこれだから、『1★9★3★7』は、ほぼ予想どおり「不幸
な本」になりつつある。それでよい。(辺見庸「日録1」2015/11/21)

全文は下記をご参照ください。
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-1648.html


東本高志@大分
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http://mizukith.blog91.fc2.com/ 



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