[CML 040582] 今日の言葉 ――なぜニッポンの民衆はたちあがって戦争をやめさせることができなかったのか。天皇制ファシズムと軍国主義が言論のすべてを圧殺して、その結果、戦争が発動されたとはかならずしも言えない。

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2015年 11月 11日 (水) 12:14:50 JST


      Blog「みずき」:東京新聞は先月の10月14日に「平和のための新9条論」と題する「新9条論」擁護論を特報欄に
      大々的に掲載しました。また、朝日新聞は昨日の11月10日に「『新9条』相次ぐ提案 憲法論議に第三の視点」と
      題する「新9条論」擁護論を文芸評論家の加藤典洋の顔写真つきで文化欄にこれもまた大きく掲載しました。そう
      したメディアの退廃と退嬰の続く中での以下の辺見庸の「日録」の言葉です。

      その中で辺見は次のように綴っています。「ニッポンのマスメディアそして狠亮運有瓩離ポチュニズムと幼稚さ
      無知、無責任ぶりは、いまもむかしもまったく変わるところがない」、と。 


      「およそありうべからざることがおきていた」時代は戦前に限ったことではないのです。「社民主義が帝国陸軍と連
      携し戦争を積極的にあとおし」した時代、いまはまさにその「およそありうべからざることが再現している」時代とい
      えないか? とどめようとしても深い嘆息は止みません。

【いまは「およそありうべからざることがおきていた」時代とはいえないか?】
高桑さんとけふ「社会ファシズム論」とコミンテルン第7回大会の「人民戦線路線」について長いこと話す。数十年ぶりのおさ
らい。疲れた。トロツキーの「社会ファシズム論批判」のことも。1920~30年代にはすでに、いまの怪(珍)現象の祖型のほと
んどがあったのにはあらためておどろかされる。

げんざいの歴史は、いまはじめて経験されているのではない。まあたらしいテクノロジーはあっても、新品の歴史はない。19
20~30年代は複雑で、やっかいで、どこまでもいやらしい。あくことない陰謀と裏切りと組織の内訌。なぜニッポンの民衆は
たちあがって戦争をやめさせることができなかったのか。革命は人間的な理由から発して非人間的な結果を生じる、にして
も、ニッポンのマスメディアそして狠亮運有瓩離ポチュニズムと幼稚さ無知、無責任ぶりは、いまもむかしもまったく変わる
ところがない。

「反資本・反共・反ファシズム」の三反主義をかかげた社会大衆党は、なぜあれほどまでにファッショ化し、結局、大政翼賛
会に合流してしまったのか? 対中侵略戦争直前のこのクニには、天皇制ファシズムも軍国主義も自由主義も社民主義も
あるにはあったのだった。天皇制ファシズムと軍国主義が言論のすべてを圧殺して、その結果、戦争が発動されたとはかな
らずしも言えない。日中戦争開始までは言論活動がそれなりに許されていたのであり、ニッポン型社民主義はまだかつかつ
生きてはいた。デモクラシーが理念としてもかんぜんに燼滅したのは、主として戦争発動後である。社民主義は反戦運動を
まったく組織せず、戦争を阻止し(でき)なかったけれども、戦争は社民主義さえ一気に消滅させたのだった。

だいたい社民主義が帝国陸軍と連携し戦争を積極的にあとおしするなどという、およそありうべからざることがおきていたの
だ。とうじは社民主義か国家社会主義か、その区別さえ知識層のあいだでもわからなくなっていた。それが実相だ。いまとの
類似点、いま学ぶべき点、検証されるべきできごとが無数にある。(略)けふ、来春の大阪講演のスケジュール、コンセプトの
あらましが実行委員会から送られてくる。(略)「反戦主義の可能性」の文言だけ、「妥協なき徹底的反戦主義の可能性」に変
えていただくことにする。(略)横浜講演にせよ大阪講演にせよ、少数のひとびとの手づくりだ。こちらとしてはそれまで最低限、
生きていないといけない。(辺見庸「日録1」2015/11/10)
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東本高志@大分
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