[CML 040456] 『昭和天皇は戦争を選んだ!』ご感想等2種!

masuda miyako masuda_miyako1 at hotmail.com
2015年 11月 3日 (火) 18:48:05 JST


皆様
 こんばんは。増田です。これはBCCでお知らせしています。重複・超々(笑)長文、ご容赦を。 

 

 拙著『『昭和天皇は戦争を選んだ!――裸の王様を賛美する育鵬社教科書を子どもに与えていいか――』(社会批評社)について、○○さんが、とても丁寧に読んでくださった上、ご感想を「公開してもいい」ということでお送りいただきましたので、増田のお返事【※】部分も入れてご紹介させていただきます!

 

 ついでに…前田先生、ごめんなさい(笑)…前田朗東京造形大学教授が、ブログで抱腹絶倒のインタヴュー記事を書いてくださっていますので、それも、ご紹介させていただきます。
 
   

*○○さんからのご感想



 ご労作『昭和天皇は戦争を選んだ!』(社会批評社)拝読いたしました。
おしまいに至るまで 胸のすく思いでした。

 井上 清『天皇の戦争責任』以来の快打だと思います。裕仁の死に至るまでの言行を執拗に追及している点で井上本の欠を補い、且つ渡辺 清『私の天皇観』の鬼哭の怨念をも掬する意義を持っているかに思われました。

 

 逆流の只中であえて刊行されたこういう緻密な実証的研究は阿世の「歴史学者」どもに対する痛烈な警鐘となるばかりか、組織的にも理論的にも総破産の惨状にある「左翼」の論客たちの怠慢に対する問責にもなるものと思います。

 

 日本帝国主義のために4代に亘って民衆籠絡の人間印籠(このオソレ多い菊座のモンドコロが目に入らぬか!!)の役を演じ続けている「天皇」一族の論告求刑書を本書の著者にいずれは草していただけないものかと鶴首しております。

 天皇病ゾンビどもからは、本書は間違いなく敵意と憎悪そして怖れを以って迎えられることでしょう。身辺くれぐれもご用心を…

【※増田より:ありがたいことに「天皇病ゾンビども」は本など読まない(笑)ようで、実は少々は心配でしたけど、今も全くぴんぴん元気(笑)でいます。】

 この本は若い世代に読み継がれることで天皇制神話を徐々にしかし確実に浸触していく力を秘めていると思います。

○気になった点いくつか
1) 104頁最後から2行目「石油を輸入」は「輸出」と違いますか。

 

【※増田より:これは『昭和天皇独白録』(文春文庫、P141)より、そのまま引用したので、「ママ」を付すべきでしたね。昭和天皇は「ソ連が我が国に石油を輸入させてくれれば南樺太も満州も与えていい」という意味で言ったのだと思います。】

2)108頁8行目の「人身」は木戸の原文の通りなら「人心」の誤記と思われますので「ママ」ルビを付すべきと思います。

 

【※増田より:お恥ずかしい…木戸日記はちゃんと「人心」となっていました。私の変換ミスが原因です。】

3)119頁2行目・11行目の「斃しつつあった。」はどう読ませる漢字でしょうか。「戦火にさらしつつあった」と読ませるつもりであれば「曝しつつあった」とすべきでは。「ほろぼしつつあった」と読ませるつもりであればこのままで構いませんが・・

 

【※増田より「斃(たお)しつつあった。」ですので、ルビを振るべきでした。】


4)同頁お終いから3行目の「拙文」は「本書」の方がよろしいのでは。

【※増田より:そうですね、その方がいいようです。】

5)137頁1−2行目「何人(なんにん)も」は「多大に」「多数」とすべきでは。「何人も」と言う表現だと「何十人でも、何百人でも」ないわけで精々 一桁の人数になってしまいます。



【※増田より:そうですね、敗戦後の餓死者は、何十人・何百人単位だったでしょうから、その方が正確ですね。】


6)153頁中ほどに「フェラー」が3か所出てきますが、細川によるフェラーズの誤記でしょうから「ママ」ルビを付した方がよいのでは

 

【※増田より:そうでした。『細川日記』の細川護貞が書いたままを載せたのですから、「ママ」ルビを付した方がいいですね。】

7)「玉音放送」(116頁)「民草」(133頁)「売国行為」「赤子」(220頁)「お手植え」(230頁)は、so-calledの意味で「」で、くくった方がよいのでは?

【※増田より:確かに、そうですね!】


8)「無知で善良」(252頁)も、ぼくなら「善良を装う無恥(無知?)な天皇病患者三百万の日本人が」とでも言いたいところです。

 

【※増田より:ん〜〜…昭和天皇死去時「自分の身はどうなってもいいから国民を救ってほしいとマッカーサーに一身を投げ出した御仁慈の人である。昭和天皇は常に国民と苦楽をともにした人である、常に国民とともに歩んだ人である。昭和天皇は常に国民の幸福を祈念していた人である」という、真っ赤なウソ情報を本当の話と信じ込んでいる無知で善良な日本人の三百万人が、『平癒祈念』の記帳に行った、といわれている。」のところですが、私は彼らは心底「善良な」人々なんだろうと思っているのですけど…】

 

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*前田朗東京造形大学教授のブログから

http://maeda-akira.blogspot.jp/2015/08/blog-post_18.html
 Tuesday, August 18, 2015        増田都子は闘いを選んだ!
    増田都子『昭和天皇は戦争を選んだ!』(社会批評社、2015年)



「本日拝謁の際、御話、増田の問題に触れたるが、我が国は歴史にあるジャンヌ・ダルクや柳寛順のような行動、極端に云えばオランプ・ド・グージュの様なことはしたくないね 神代からの御方針である八紘一宇の真精神を忘れない様にしたいものだねとのお言葉あり。自分としては免職女性教師の立場の弱さに乗じ要求を為すが如きいわゆる火事場泥棒式のことは大いに好むのであるが、『騒擾の塵』を為すが如き結果になるのも面白くないので、あの本は認めておいたが、増刷については慎重を期する。」 

 

【※増田より:これは『井上朗&前田ひさし 合作日記』からの引用かもしれません(笑)】
*  *
 <『冥界通信』2015年8月15日号に掲載された特別インタヴュー記事からの引用>

――これはこれは、増田先生。こんなところまでよくぞいらっしゃいました。(感慨深げに)生者がここまでやってきたのは、何千年ぶりのことだろう。

 増田――いくら探しても見つからないので、とうとう地獄の一番奥底まで来てしまったわ。

――増田先生が生きたまま三途の川を渡って以来、地獄は大騒ぎですよ。早く捕まえて、地上に強制送還すべしと。

 増田――私だって地獄に来たくなんかなかったのよ。でも、奴に直接インタヴューして本当のことを言わせないといけないから(と言いながら、周囲を見渡す)。

――焦熱地獄では、次々と亡者を捕まえて自白を迫ったので、ヒデキ君とかノブスケ君とか、みんな悲鳴を上げてましたね。

 増田――(肩をすぼめながら)小物ばかりで、どうしようもない連中。

――極寒地獄では、氷河までひっくりかえしてしらみつぶしにして、イワネ君やセイシロウ君の奥歯をガタガタいわせてましたね。

 増田――だって、みんな、奴の居場所を吐かないんだもの。

――アベ地獄、じゃなかった、阿鼻地獄ではアドルフ君やベニート君が「いや〜〜あの先生にはまいった。死ぬかと思った」と笑い泣き。

 増田――亡者がいまさら死ぬわけないじゃない。

――「死んだ方がましだ」と叫びながら逃げるのを増田先生が追いかけるものだから、閻魔さまも困って苦笑いしていました。

 増田――(不思議そうに)叫喚地獄にはジョージ親子がいるかと思ったら、いなかった。

――親子大統領はそろって存命中ですよ。

 増田――極悪大統領だから、片足はこちらかと思ったけど、まだなのね。

――とにかく、そろそろ地上にお帰りいただけませんか。

 増田――そうはいかないわ。奴の首根っこ捕まえてインタヴューするのよ。

――ここにはいないとあきらめてください。

 増田――そんなはずないわ。人類史上最低最悪の極悪人がここにいるのは間違いないのよ。

――全部調べたじゃないですか。

 増田――まだよ。もう一カ所調べなくちゃ。

――(驚愕して)えっ、ということは、もしかして・・・

増田――その、もしかして、よ。あなたの後ろの扉を開けて頂戴。

――駄目です。ここだけは。地獄の奥の奥、底の底で、名前もない、「地獄の地獄」です。生者の入れるところではありません。

 増田――焦熱地獄だって叫喚地獄だって、生者の入れるところじゃないでしょ。

――ですから、早くお帰り・・・

増田――私の本に文句をつけるチンピラ・ウヨクたちを黙らせるには、本人に喋らせるのが一番なのよ。文献資料は調べ尽くしたんだから、あとは本人に吐かせるだけ。地上に引きずり出して、生き返らせてやる。

――あっ、やめてください。あっ、だ、だ、駄目・・・(と言いながら、身体を半身にしてよける)。・・・あ〜あ、本当に行っちゃった。         		 	   		  


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