[CML 037575] <テント日誌5月24日(日) 経産省前テントひろば1352日目、商業用原発停止616日目>

Kimura-m kimura-m at ba2.so-net.ne.jp
2015年 5月 25日 (月) 11:59:26 JST


(転送します)

テント日誌5月24日(日)
経産省前テントひろば1352日商業用原発停止616日

盛り上がったピーチ大作戦 水俣など各地から集まった 川内テントから
5月24日、日曜日、普段は天気がどうであれたいして気にしないのだが、今回はとりわけ天気が気になった。
というのは、我々川内テントが原発現地の人びとに呼びかけて行う初のイベント「久見崎海岸ビューティフルビーチ大作戦」の日だからである。
午前中は小雨パラパラ、出足が鈍るかとの心配もものかわ、集合時間の午前10時続々と人々が集まり、その数40名。この間親しくなった水俣の人たち、鹿児島市や日置市からの顔も見える。
この日の 行動は、アカ海亀の産卵に備えて海岸の大掃除をすることなのだが、それはそれ、昼食時のバーベキュー、続くミニコンサートなどでは反原発の思いをそれぞれ語り、大いに盛り上がった。(E)

薩摩川内市久見崎町久見海岸番外地 脱原発川内テント?問い合わせ先
090-5339-2243 090-320―7897  mail image9 at docomo.ne.jp


1万5千人のシュプレヒコールがこだまする国会周辺

 今日は「止めよう!辺野古新基地建設 許すな!日本政府による沖縄の民意圧殺を!」の国会包囲ヒューマンチェーンがあった。
10時過ぎテントに着くとKさんが配布するチラシの準備を熱心にしていた。
 多分行き帰りにテントに寄ってくださる方が多いだろうと12時近くにテーブルを出し、氷水の用意などをする。

行動は2時からだとのことだが、矢張り早めに来て寄ってくださる方がいて嬉しい。かけこみ亭のボケさんが長野の人と一緒に来てテント前で他の人と待ち合わせだとか?

テントは待ち合わせの場所として使われることも多いのです。
それだけ有名になったのかな?
ボケさんは水のサービスなど手伝ってくれた。 ありがとう!

私は色んなイベントの時いつもテントの留守番だったが、今日はTさんとたんぽぽ舎のOさんにお任せして国会に向かった。
まずAエリアに行き改憲阻止ネットの椅子に座らせて頂く、スピーカーから「沖縄を返せ」の歌が鳴り響いていた。

しばらく休んだ後様子を見にぐるりと回ってAエリアに戻る。
制服向上委員会の若い子が沖縄への思いを語り、歌を唄ったのが印象的だった。
官邸前では警官に道をふさがれ遠回りを強いられたのに腹が立った。
あちこちで色々な知り合いの顔が見られて良かった。

3時前テントのことが気になったので戻る。
寒い間体調を崩していたTさんが元気に来る人をもてなしていたのに元気つけられた。

第2テントの人も机を出してTシャツの販売などをしていた。
予想に反して暑いくらいの好天で氷水のサービスはみんなに喜ばれて良かった。
最後の一団が去った後一坪反戦の人たちと沖縄の安次富さんが寄って下さったのは嬉しいハプニングだった。

今日のイベントには約1万5000人集まったそうだ。
兎に角原発も沖縄も根っこは同じ、みんなの力で何とかしなければと改めて思う。(I・K)



ひだんれん(被団連)設立集会に参加

 日曜の午後、安次富さんも稲嶺市長も来られるのにと迷いつつ、私は福島県二本松市に出かけ「原発事故被害者団体連絡会(ひだんれん)設立集会」に参加した。今の福島をもっと知りたい、しっかり応援したいと考えたから。集会が始まってすぐに、来てよかったと思った。福島の怒りと悲しみに共感し、歴史的な設立集会に立ち会うことができた。

 まず、福島に18年住んでいた秋山豊寛さん(ジャーナリスト・京都造形芸術大教授・宇宙飛行士)の記念講演で、参加者300名の心を一つになった。

 原子力ムラが昨年から元気になってきた、世界中の原子力ムラが反転攻勢をかけてきた、日本が原発輸出しようとするトルコには日本の情報が伝わっていない、3.11を経験したから日本の原発がより安全とされている。
 広島原爆被害は世界に伝わってきたが原発事故も世界に伝えることが私たちの使命、分断に対抗するには連帯しかない、我々はいずれ死ぬけれどもこの声を若い世代に伝えよう。「ひだんれん」を世界に伝えよう。
 16年間住んだ福島の素晴らしい自然が放射能汚染された。もうさんまも食っていない、椎茸も樹木もセシウムを吸い込んだ、私たちが生きている世界を破壊した、福島の生態系そのものが壊された。
 事故前の安全神話に代って、今は多少の放射能が大丈夫だよのキャンペーン。同調しない者は出ていけと排除の論理まで。おかしいことはおかしいと言う勇気を伝えることが「ひだんれん」の役割。声を上げ続けましょう。ここに集まった人が勇気の塊に。会場に来なかった人たちの気持ちを、声を上げられない人たちの気持ちを、エネルギーにしよう。
 60年安保の後も政治の世界から経済の世界に移った。今もお笑いとグルメばかりのテレビ。これからはオリンピックも。
 足を踏まれた人の気持ちはなかなか分からない。原告になることは余計な時間ではなく創造的なこと。ここにいる私たち一人一人が重要なミッションを抱えている。

 続いて、参加の11団体からの活動報告。団体の旗を横に一人一人が切々と厳しい現実とそれに対する闘いを報告した。怒りと悲しみのあまり言葉がつまる人も、会場もシーンとなって発言を待った。各地に自主避難している人たちの苦労も実感、一人一人が被害を言葉にしていかないとの声。人が人としての生活を! 故郷を返せ! 事故の責任をとれ!
 連帯の挨拶では、広瀬隆さんが安倍(首相)にイチエフで水浴びを大熊町で泥遊びをさせたい、航空機事故では一人1億円も賠償するのに事故賠償がひどい、再稼働を阻止しよう。海渡雄一さんの真っ黒なフレコンバッグの山には(放射性廃棄物でなく)飯館村の宝物が入っている、は意外ですぐには意味が分からなかった、そう長年かけてできた豊かな土が入っているのだ、それを放射能漬けされているのだ。
 終わりに、発言者全員が舞台にあがり、「手をつなごう!立ち上がろう!原発事故被害者団体連絡会設立宣言」を武藤類子さんが読み上げた。続いてみんなで「ひだんれん 手をつなぐ」を掲げ、参加者全員が一体となった。
宣言は例えば、
http://blog.goo.ne.jp/ikukohebiishi/e/c1f171504e536fe0e3abcaeb51921cad にアップされている。是非読んでください。

 幸い、テレビニュースでも東京新聞、毎日新聞にも大きく報道された。朝日新聞は記者がしっかり取材していたのに今朝はまだ載っていない、自粛でなければいいのだが。
(K・M)


ストップ!川内原発再稼働311キロリレーデモの通信
みなさん、おはようございます。御声援ありがとうございます?
(転送拡散歓迎?重複の方は御容赦ください)
ストップ!川内原発再稼働311kmリレーデモ
九日目5.24(日)は9時〜山鹿市役所(は工事中のため、厳密には付近の施設)前から、いよいよ福岡県に入り、八女市でランチ休憩、JR久留米駅東口に到着
※他方、鹿児島県では10時〜川内原発前テントの【久見崎海岸(アカウミガメが産卵に来られるよう)の美化クリーニング&バーベキュー】が行われました!
http://blog.livedoor.jp/saikadousosi/archives/31392271.html(日報は後ほど追加します)




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