[CML 037561] 安倍首相の「ポツダム宣言をつまびらかに読んでおりませんので」答弁騒動の本質 ――「問題は、安倍首相が「間違った戦争」だと認めなかったことにある」

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2015年 5月 23日 (土) 21:49:18 JST


この5、6か月ほど投稿を控えていましたが、弊ブログではほぼ毎日のように記事を書いていました。ぼちぼちと記事の発信
を再開させていただこうかと思っています。

なお、私は、別に「投稿魔」、すなわち、趣味で投稿しているつもりはありません。「政治」を本質的に変えていくためには、そ
の「本質」的と思われる政治課題について、それが「本質」的な政治課題であることの思いを周縁、あるいは裾野を形成する
「大衆」という群像が群生する場でできうる限り多くの人と共有する必要があるだろう。中心部の華奢や色取りも周縁、あるい
は裾野の土壌の豊かさがあってこそほんものの華奢であり続けることができる。そう思っての投稿でした。ただ、それだけの
ことです。

しかし、ただ、それだけのことにすぎないのですが、なにが「本質」であるかという点については面倒なことではあっても「思想
戦」を素通りしてしまうことはできません。先日、弊ブログ左端に置いてある「山中人間話」欄に某テレビ局ディレクターの以下
のような「怒り」のツイートをアップしておいたのですが、そこで某テレビ局ディレクターの言う「思想戦」が私の言う「思想戦」の
謂いでもあります。たとえばの一例です。

     ・いずれにせよ、こういうご時世には有象無象が蠢くものである。原発事故の直後、東大医学部の中川恵一氏は放射
     線の安全性を周知することは「思想戦」だとのたまって、「少なくとも科学者の台詞じゃねえなあ」と俺を呆れさせたもの
     だが、いま福島をめぐって起きているのはまさに「思想戦」なのだと思う。(toriiyoshiki 2015年5月14日)

     (略)

     ・何を根拠に、あるいは何を意図して、こうした暴言をばら撒くのか?…ぼくは40年来の反原発派だが、このようなデ
     マ体質の「反原発」(あるいは「脱原発」)派には激しい憤りを禁じ得ない。(toriiyoshiki 2015年5月20日)
     https://twitter.com/toriiyoshiki/status/600884182164774913

     ・本当になんと情けない「脱原発」なのかと思う。こんなの「脱原発」ではないのはもちろん、「放射能恐怖症」ですらない。
     単なる「福島恐怖症」ないし「福島忌避症候群」。こんな連中が「脱原発」を叫ぶことが、どれだけ「脱原発」を遠ざけてい
     ることか。本当に頭にくる。(同上)
     https://twitter.com/toriiyoshiki/status/601008913337569280

     ・ぼくは原発は可能な限り早く廃絶すべきだと思っている。だが、根拠なき「福島差別」や、闇雲な恐怖感の流布を通して
     それを実現したいとは思わない。福島産米が「毒入り」なんぞという低劣なデマを通して「脱原発」を主張しているのを見
     ると、「脱原発」が排外主義の一変種に矮小化されたと頭にくる。(同上) 

     https://twitter.com/toriiyoshiki/status/601011902907490304

以下、今日の弊ブログ記事から。

■安倍首相の「ポツダム宣言をつまびらかに読んでおりませんので」答弁騒動の本質――「問題は、安倍首相が「間違った戦
争」だと認めなかったことにある」
http://mizukith.blog91.fc2.com/

安倍首相の「自分が批判されることを極端に嫌い、すぐに論点をずらし、相手の落ち度や弱点をあげつらってムキになって
反論する癖」、すなわち、安倍首相の反知性主義についてはこれまでも多くの人のそれぞれの観点からの批判がありました
が、「ポツダム宣言をつまびらかに読んでおりませんので」という先の志位共産党委員長との党首討論での国会答弁が同首
相の「反知性」の極北としての「無知」と「」を示す格好のネタとして多くの人からの嘲笑と揶揄と半畳の対象になっているよう
です。

     ・安倍首相の戦後レジーム脱却は「ポツダム宣言」も読めないし読むつもりもなく日本の軍事大国化めざすこと
     (井上伸 2015年5月21日)
     http://bylines.news.yahoo.co.jp/inoueshin/20150521-00045919/

     ・すごい会話。。▶志位「日本の戦争は侵略戦争で誤りだったとポツダム宣言は指摘。総理は戦後政治の出発点の
     宣言を認めないのか?」▶安倍「私はポツダム宣言をつまびらかに読んでないので今ここで答えられません」 (内田
     聖子 2015年 5月20日)
     https://twitter.com/uchidashoko/status/601021265441267712

     ・アベ君。私は恥ずかしい。高校生のキミに歴史を教えたのは私だ(引用者注:もちろん、パロディ)。キミの歴史へ
     の無知は私にも責任がある。(澤藤統一郎の憲法日記 2015年5月21日)
     http://article9.jp/wordpress/?p=4899

     ・安倍首相は「私は、まだその部分をつまびらやかに読んでおりませんので(略)」とポツダム宣言を読んでいないこ
     とを白状したのです!(徳岡宏一朗のブログ 2015年5月22日)
     http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/c287154a6a36e8fd8ea943dc51ae52fc

上記の論者が一様に問題にしているのは安倍首相の「無知」についてです。安倍首相の「無知」を問題にするのはもちろん
間違っていません。とりわけ「ポツダム宣言を受諾しなかったから原爆を落とされた」(月刊誌「Voice」2005年7月号)など
という発言は「無知」そのものです。そうした日本の敗戦時の基本中のキの歴史的事実も知らないような人が「戦後レジーム
からの脱却」などと日本の歩むべき進路を誤誘導しているのですからなおさらです。

     ・これが本当だとしたら首相は「ポツダム宣言を受諾しなかったから原爆を落とされた」という基本的な経緯を理解し
     ていなかったことになる。歴史観をうんぬんするレベルに達してないし、資格がない。→ポツダム宣言「本当に読んで
     ないようだ」 志位氏が皮肉 http://t.co/jvaMN5kKKE(想田和弘 2015年5月22日)
     https://twitter.com/KazuhiroSoda/status/601593064688361472

しかし、今回の安倍首相の「ポツダム宣言をつまびらかに読んでおりませんので」発言を「無知」の問題として嘲り、批判する
のは、嘲った分だけ安倍首相の「無知」発言の真意を見損ない、追求しなければならない問題の本質を自ずから逸らしてい
くことにつながりかねない愚論の体を帯びてくるように私には見えます。

が、それらの点について、批判の視点を明確に提起している論がありました。「五十嵐仁の転成仁語」の論です。以下、ご紹
介させていただこうと思います。そして、安倍首相の徒な「無知」批判のなにが問題なのかを考えていただければと思います。

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間違った戦争」だと認めなかったことにある(五十嵐仁の転成仁語  2015-05-21)
http://igajin.blog.so-net.ne.jp/2015-05-21

党首討論での志位共産党委員長の質問に対する安倍首相の答弁が話題を呼んでいます。「ポツダム宣言」を読んでいなか
ったかのような答弁をしたからです。日本の首相が、その国の戦後体制の基礎になった最重要文書を読んでいなかったと
いうことが明らかになり、しかも、その「戦後レジーム」からの脱却を唱えていた当人が「まだ、その部分をつまびらかに読ん
でおりませんので、承知はしておりません」と答えたのですから、多方面から批判を浴び、顰蹙を買ったのも当然だと言える
でしょう。

しかし、問題の本質は「その部分をつまびらかに読んでおりません」というところにあるのではありません。こう答えることに
よって、志位委員長が質問した「ポツダム宣言は、日本の戦争について、第6項と第8項の2つの項で、『間違った戦争』だ
という認識を明確に示しています。総理にお尋ねします。総理はポツダム宣言のこの認識をお認めにならないのですか?
端的にお答えください」という質問をはぐらかし、それへの回答を拒んだというところに最大の問題があります。読んでいた
かどうかは問題ではないのです。この時、志位委員長は「その部分」を読み上げて質問していたのですから、読んでいなく
ても「その部分」の内容は分かったはずですから……。それにもかかわらず、安倍晋三首相は「ま、この、ポツダム宣言を
ですね、我々は受諾をし、そして敗戦となったわけでございます。そして今、え~、私もつまびらかに承知をしているわけで
はございませんが、ポツダム宣言の中にあった連合国側の理解、たとえば日本が世界征服をたくらんでいたと言うこと等も、
今ご紹介になられました。私は、まだ、その部分をつまびらかに読んでおりませんので、承知はしておりませんから、今ここ
で直ちに、それに対して論評することは差し控えたいと思いますが、いずれにせよですね、いずれにせよ、まさに、先の大戦
の痛切な反省によって今日の歩みがあるわけありまして、我々はそのことは忘れてはならないと、このように思っております」
と述べて、「端的に」答えることを回避しました。ここに、最も批判されるべき最大の問題があります。

ここで注目すべきは、「何だ、ポツダム宣言すら読んでいないのか」と馬鹿にされたり批判されたりすることよりも、「今ここで
直ちに、それに対して論評することは差し控えたい」と答えることの方が、安倍首相にとっては重要だったという事実です。
まともに答えず、のらりくらりと言い逃れることの方を優先したというわけです。安倍首相にとっては、馬鹿にされることよりも
「間違った戦争」だと答えることの方が、ずっと辛かったということなのでしょう。そのような回答を避けるためには、「ポツダム
宣言も読んでいないのか」という嘲りさえも、安倍首相にとっては甘受すべきものだったということになります。それほどに、
安倍首相は「間違った戦争」だったと認めたくないということなのです。この点にこそ、党首討論でのやり取りが示している本
質があり、安倍首相の歴史認識が持っている問題点が集約されているということになります。

この一連の経過を通じて、「私は、まだ、その部分をつまびらかに読んでおりませんので、承知はしておりません」と言って
「論評すること」を拒んだ当該箇所についても、安倍首相は十分に知ることになったにちがいありません。今度は、ちゃんと
ポツダム宣言を読んだことでしょう。どなたでも結構です。今後の国会審議で、もう一度、質問していただきたいものです。
「ポツダム宣言は、日本の戦争について、第6項と第8項の2つの項で、『間違った戦争』だという認識を明確に示していま
す。総理にお尋ねします。総理はポツダム宣言のこの認識をお認めにならないのですか?端的にお答えください」と……。
安倍首相はもう、「私は、まだ、その部分をつまびらかに読んでおりませんので、承知はしておりません」などと言って逃げる
ことは許されません。「間違った戦争」だったことを認めるのか否か、真正面から「端的に」答えるべきです。
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東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/ 



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