[CML 037559] 「都教委よ、元陸軍将校生徒の声を聞け!」5/26都教委糾弾ビラまき

masuda miyako masuda_miyako1 at hotmail.com
2015年 5月 23日 (土) 20:34:38 JST


皆様
 こんばんは。犯罪都教委&1悪都議(2悪はすでに消滅)と断固、闘う増田です! これはBCCでお知らせしています。重複、長文、ご容赦を。

 東京都学校ユニオン月末恒例の都教委糾弾ビラまきを、5月は26日(火)8:00〜9:00、都庁第二庁舎前で行います。

 以下、ビラの一面内容をご紹介します。


 「主権者教育を破壊する」ことが、都教委の教育目的で、「聞く耳持たない」人たちが、東京都の教育委員たちですけどね…でも、言い続けましょう!


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都教委よ、元陸軍将校生徒の声を聞け!



 以下は、佐藤昭夫「実教出版教科書問題に関し、違法不当な東京都教育委員会を訴える会」共同代表(弁護士、早稲田大学名誉教授)が米寿記念に出版された「『武力信仰』悪夢再現を憂える」(悠々社、詳細は裏面)からの引用です。実教出版教科書裁判の法廷(2014年5月29日)で陳述されたものの一部です。

都教委よ、実際に大日本帝国の軍人教育を受けた体験者の声に耳を傾けよ!

 

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1. 私の経歴と受けた教育
(1)私の経歴、その時代
 私は1928年生まれで、その後まもなく「満洲事変」(1931年)があり、物心のついた小学生のときには2・26事件(1936年)や日中戦争(1937年・蘆橋溝事件)、中学1年のときアジア・太平洋戦争が起こされるという時代に育ちました。そして、その開戦の翌1942年、13歳で親元を離れ、仙台陸軍幼年学校(陸軍将校の養成機関)に入校、敗戦の45年8月には、陸軍予科士官学校を終え、航空士官学校に進学の直前でした。

(2)当時の教育(略)

2. その悪影響――侵略戦争への動員(略)

 

3. 真実隠し、教育破壊は許されない
(1) 都教委が、問題の教科書を不適切だとするのはなぜか
 生徒が、今回「不適切」とされた教科書の記述を見れば、なぜ一部の自治体が「日の丸・君が代」を強制しようとするのか、それに抵抗する教師がいるのはなぜか、「国旗・国歌」とは、どういう意味を持つものか、などなどについて、事実を知り、自分で考えるきっかけとなります。この教科書を適切でないとする都教委は、真実を恐れ、生徒に自ら考えさせる教育を嫌うものといわなければなりません。


(2)侵略戦争に突き進んだ道への回帰
 かつて日本政府は、無謀な侵略戦争への異論を封じ、教育を権力的に支配し、国民にその戦争を東洋平和のための「聖戦」だと信じ込ませようとしました。そして、そのシンボルとされたものが「日の丸・君が代」だったのです。たとえば当時作られ、広く歌われた歌につぎのようなものがあります。
 「母の背中に小さい手で 振ったあの日の日の丸の 遠いほのかな思い出が 胸に燃えたつ愛国の 血潮の中にまだ残る」(『日の丸行進曲』昭和12年、有本憲治作詞、細川武夫作曲)。

 「土も草木も火と燃ゆる 果て無き広野踏み分けて 進む日の丸鉄兜 馬のたてがみ 撫でながら 明日の命を誰が知ろ」「戦さする身はかねてから 死する覚悟でいるものを 鳴いてくれるな草の虫 東洋平和のためならば なんで命がおしかろう」(『露営の歌』昭和12年、薮内喜一郎作詞、古関裕而作曲)。

 こうした「日の丸・君が代」につき事実を記載した日本史教科書を排除するのは、次の世代の生徒が過去の事実を知り、自ら問題を考える機会を奪うことです。それは、歴史の教訓、犠牲を無にし、かつての「国策教育」を復活させる一歩であり、主権者を育てる教育の破壊です。その反省の上に作られた戦後の日本国憲法に照らし、決して許されることではありません。             

  		 	   		  


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