[CML 037403] ジョンダワー「敗北を抱きしめて」

T.kazu hamasa7491 at hotmail.com
2015年 5月 12日 (火) 11:44:46 JST


みな様

報道特集ロングインタビューを先日ご紹介したジョンダワー氏の
(1/2)https://www.youtube.com/watch?v=0pclSjbYzVY
(2/2)https://www.youtube.com/watch?v=hHcw8ymHRo8
著書「敗北を抱きしめて」上・下(古書)届きました。

増補版では、写真、風刺漫画など図像とそのキャプションを、増補したそうです。
私のようなイイカゲン男には助かります。
まずパラパラとそれをめくると、上下2巻の全体、
すなわち、民主主義に歩みだした先輩たちの戦後史を
ビジュアルに俯瞰することができます。

今年は「戦後70周年」だそうですが、
この本の記述対象は1945敗戦から1952血のメーデー(私が5歳)までです。
しかし、この戦後7年ほどの歴史が、
70年後の今日の、各紙1面「安保法制固まる」の記事たちを
読み解く基礎のように思えました。

ダワーは日本を研究して、
「日本」、「日本人」、「日本文化」を単数形で呼んではいけない、
かならず、「日本たち」「日本人たち」「日本文化たち」と複数形で呼ぶべきだと、
序文に書いています。

それこそが戦後の日本で、
日本人自らが、「国民服を着た単一国ニッポン」から脱しようとした、
エネルギッシュな道のりだったというのです。 


しかしダワーの原著1999から16年もたっています。
とくに2000年を迎えた(東京都知事に石原愼太郎を迎えた)あとからは、
日本人たちの問題意識の懐(ふところ)の深さは消えうせ、
自らすべてを「単数形」で呼び合おうではないか、
という勢いが増しています。

面倒な社会的対立など起こさず、
「がんばろう日本」「がんばろう○○」といったように、何でも「単数形」で包んでしまったほうがラクだ、
と思う人が増えてきたからでしょうか。
さまざまな困難が凝集している福島と福島県民のなかでは、その傾向が大手を振るっています。
きっと、表面的なものに過ぎないでしょうが・・・。

体勢に飲み込まれずにその人なりの色を堅く守っている人たち、
・・・・「福島たち」「福島人たち」「福島文化たち」「いろんな福島」に心からの敬意を評して。

今日の東京新聞
「安保法制」関連記事のほか、
・「こちら特報部」では榊原記者が健筆を振るった『風評被害』、
・2面には片山記者の『福島第一暑さとのたたかい』があります。

ni0615田島拝



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