[CML 037877] 浅井基文さんの丸山眞男の戦後発言解釈で語りたかったこと ――昨日のエントリの続きとして
higashimoto takashi
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2015年 6月 12日 (金) 23:57:34 JST
私は昨日のエントリで浅井基文さんの丸山眞男の戦後発言解釈を紹介しました。浅井さんが丸山眞男の戦後発言に仮託して語り
たかったことは明らかです。すなわち、私が昨日のエントリでボールドで示した部分です。再度、繰り返しておきます。
「集団的自衛権行使の「限界」に対する政府答弁を引き出すことに気を奪われて、憲法第9条は戦争を放棄していることを
常に確認するという基本的立場をどんどん移動させてしまうことは危険なことだ。それは結局、問題提出のイニシアティヴ
をいつも支配権力の側に握られて、我々はただ鼻面を引き回されるだけという結果に陥ってしまう。我々にとって大事なこ
とは、憲法第9条のもとで武力行使は禁じられているという争点を忘れたり、捨て去ったりすることでなく、憲法第9条は戦
争法の成立を許さないということでなければならない。その基本的態度を誤ると、結局いつしか足をさらわれて、気がつい
た時は自分の本来の立場からずっと離れた地点に立っているということになる。」
憲法第9条は戦争を放棄しているということ。したがって、憲法第9条のもとでは武力行使は禁じられているということ。この認識が
浅井さんのいう「基本的立場」のさらに基本です。その基本中の基本の認識を「集団的自衛権行使の『限界』に対する政府答弁を
引き出すことに気を奪われて」見失ってはいけない。「その基本的態度を誤ると、結局いつしか足をさらわれて、気がついた時は自
分の本来の立場からずっと離れた地点に立っているということになる」と浅井さんは忠告しています。
誰に対してか。もちろん、共産党や社民党などの政党や民主的労働組合などのいわゆる民主陣営に属する人々に対してです。
先月5月20日の安倍首相と共産党の志位委員長の党首討論は、志位氏が「ポツダム宣言はつまびらかに読んでいない」という首
相発言を引き出したことでにわかに脚光を浴びることになりました。また、先月26日、27日の安保法制特別委員会での質疑での
志位質問も自衛隊の「後方支援」の違憲性と危険性をあぶり出したという点で脚光を浴びることになりました。「まさに良質の法廷
劇を見ているような知的興奮を覚えたものです」(「五十嵐仁の転成仁語」5月28日)という具合です。しかし、20日の党首討論も26
日、27日の安保法制特別委員会での志位質問も集団的自衛権の行使を中核とする戦争法制の問題点に焦点を当てたもので、
それ自体はもちろん当然のことで誤りではありませんが「この法案は憲法違反だという真正面からの追及」ではありませんでした
(「徳岡宏一朗のブログ」6月6日)。浅井さんの上記のサジェスチョンはこういう事態を指しているでしょう。こういうことでいいのか。
「集団的自衛権行使の『限界』に対する政府答弁を引き出すことに気を奪われて」見失ってはいけない。「その基本的態度を誤ると、
結局いつしか足をさらわれて、気がついた時は自分の本来の立場からずっと離れた地点に立っているということになる」、という。
浅井さんのようなこうしたサジェスチョンがなされる背景には、たとえば共産党及び共産党系の団体が「自衛隊を活かす会」(略称。
呼びかけ人:柳澤協二(元防衛官僚)、伊勢崎賢治(元国連PKO武装解除部長)、加藤zF(桜美林大学教授))の活動に非常に協
調的という事実があります。先日もある左派系のメーリングリストに自衛隊を活かす会のシンポジウム企画が「元自衛隊陸将で派
遣隊長も出席」という鳴り物入りで紹介されていました。ここにはもはや憲法9条違反の自衛隊という存在に対する違和感はかけら
も見られません。まさに「元自衛隊陸将ご一行様大歓迎」の図です。
どうしてこうした図のようなさまになってしまったのか。その原因は「自衛隊の活用」をはじめて正式に表明した2000年9月の共産
党の7中総で採択された第22回党大会決議案にまで遡ることができそうです。共産党の7中総で第22回党大会決議案が採択さ
れる前年の3月に「能登半島沖不審船事件」という戦後初めて海上警備行動が発動される事件が起きました。このとき志位書記
局長(当時)は「自衛隊法82条による海上警備行動の発動という今回の措置が妥当なものであったかどうかは、事態の全容を明
らかにしたうえで、究明する必要がある」という談話を発表しましたが、このときの共産党の対応について、朝日新聞は、「自衛隊
の警告射撃や爆弾投下につながった3月の不審船事件について、共産党が批判しないのも、将来の政権入り後、同様の事態が
起きれば自衛隊を使う可能性をにらんでのことだ」という論評記事を掲載したことがあります(2000年5月4日付)。朝日新聞記者
が予想した事態が2000年9月の共産党の第22回党大会決議案の採択で現実化したということになります。共産党の「自衛隊の
活用」路線はこのときからのものです。その共産党の路線がいかにその後のわが国の革新運動を「右傾化」させてきたか。いまに
なって思えば私としても思い当たることが多いのです。
この決議案で共産党は自衛隊の3段階解消論を打ち出していますが、1980年代半ばに発表された社会党の自衛隊の3段階解
消論とほとんど同じ内容のものです。当時、共産党は、この社会党の自衛隊の3段階解消論をどのように評価していたか。以下の
ようなものです。
「社公合意は(略)事実上の〔自衛隊〕長期存続容認論の立場に立つものであった。社会党の(略)「自衛隊解消」の政策
案も、「政権の安定度」「自衛隊の掌握度」「平和中立外交の進展の度合」「国民世論の支持」の4条件がすべて満たされ
るまでは自衛隊を存続させる、将来の自衛隊解消のプロセスは「当面の処理の段階」「中間的見通しの段階」「究極目標
の段階」の3段階とし、解消の国際環境がつくられるまでは自衛隊を存続させるとしており、事実上の自衛隊の長期存続
容認論に立った社公合意そのものである。(略)この党が安保条約破棄や自衛隊解散という革新的世論にこたえることが
できないことは明白である」(『社公合意以来の社会党をどうみるか』日本共産党中央委員会出版局、1988年)
共産党はいま(というより、2000年中旬から)1988年に社会党を批判したその地平に立って「自衛隊の活用」論を唱えているの
です。社会党の自衛隊の3段階解消論の発表のその後の右転落の過程と社会党の解体、社民党の民主党化の経緯は社会の周
知しているところです。共産党は15年遅れでかつての社会党の誤り(そのことは上記のとおり当時の共産党自身が「誤り」と指摘
していたことです)を繰り返しています。
浅井基文さんが丸山眞男の戦後発言に仮託して語りたかったことはそういうことではないか、とは私の思うところです。
東本高志@大分
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