[CML 038890] Re: 1945年8月6日の広島原爆の投下は核実験と人体実験

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2015年 7月 31日 (金) 19:47:17 JST


 半月城です。
 広島型の原爆はなぜ事前に実験がおこなわれなかったのか?
これについて、15,6年くらい前に書いていますので、それを引用します。
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  一方、アメリカの原爆開発は、重要な国家プロジェクトとして金に糸目を
つけず、企業の技術者なども巻き込み延べ54万人を動員し、原爆製造に有効
と考えられる方法をすべて試みました(注4)。
  爆弾も二種類、ウラン型とプルトニウム型を同時に開発しました。これは、
どちらが見込みがあるのか予期できなかったためでした。
  プルトニウム型原爆のほうですが、原料のプルトニウムは原子炉さえあれ
ば製造が容易ですが、その反面、爆弾の仕組みがむずかしく、構造によっては
自爆の危険性や、あるいは威力が十分発揮できない可能性もあり、実際の爆発
実験が不可欠でした。
  そこで、45年7月16日、アラモゴード上空で史上初の核実験が行われ
ました。そこでの成功をもとに太っちょのファットマンが製造され、ナガサキ
に落とされたのは上に記すとおりです。

  一方、ウラン型の方はウラン235の濃縮に手間取り、45年8月になっ
てようやく原爆一発分のウラン235ができあがりました。これを爆発実験に
使ってしまうと、日本に落とす実弾がなくなってしまうので、爆発実験は行わ
れませんでした。
  そのかわり、いまアメリカなどで盛んに行われている未臨界実験、すなわ
ち爆発寸前で実験の進行を止める研究で代用しました。たとえていえば、空手
の多くの試合で、技を決める直前に動きを止めるようなものでしょうか。
  一般に、ウラン型原爆は原理や構造が簡単なので、アメリカはこの未臨界
実験で十分確信を持ったようでした。この爆弾はリトルボーイと命名され、ヒ
ロシマに落とされたのはハンギョレ21が伝えるとおりです。
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全文は、「日本と原爆のかかわり」
http://www.han.org/a/half-moon/hm063.html



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