[CML 038864] ノンフィクション作家・保阪正康と歴史作家の半藤一利の見る目の不確かさと中嶋啓明さん(記者)と酒井克明さん(予備校講師)の見る目の確かさについて

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2015年 7月 29日 (水) 20:09:55 JST


ノンフィクション作家で元『朝日ソノラマ』編集者の保阪正康と同じく作家で元『文藝春秋』編集者の半藤一利はともに「リベラル」
の作家としていまいわゆるリベラル・左派陣営の間でもっとも人気のある(といってよい)作家です。彼らがもともと保守の論客で
あったことは周知の事実ですが、いまはメディアからも左派政党からもまったく「リベラル」の論客として遇される扱いを受けてい
ます。

この点について、辺見庸は2015年2月18日付けの「日録」で「これはnew normal(「新たなる常態」)みたひだが、じつは、戦前、
戦中からずっとおんなじ。といふか、このたぐいのnew normalは、むしろ戦前、戦中特有の現象である。いまはまちがひなく戦前
であり、広義には、世界戦争のさなかである。(略)てっきり「右」系の方かとばかりおもっていた半藤さんが、いまや「左」っぽくみ
えたりするんだから、足下の座標がすっかりかわったのだ」という悲嘆のような感想を述べています。

辺見は「足下の座標がすっかりかわった」ところに保阪、半藤両氏がリベラル・左派層に「リベラル」の論客として遇される契機を
見ているのですが、保阪、半藤両作家の本質的な「反動」を見逃さない眼はまったく消失したわけではありません。

そのうちのひとりの中嶋啓明さん(「人権と報道・連絡会」会員、通信社記者)は「月刊 
 靖国・天皇制問題情報センター通信」(No.
152)は保阪の「反動」の本質を次のように記しています。

     「この間、気になるのが、ノンフィクション作家・保阪正康の言説だ。「昭和天皇実録」の公刊以来、保阪はその分析に精
     力を注いでいる。すでに何冊かの著作をものにし、『サンデー毎日』誌上では毎週、「昭和天皇実録 表と裏を視る」と題し
     た連載を続けている。確かにこの分野で取材を重ねてきた“第一人者”の一人として、その分析には参考になる点がある
     のも事実だ。だが、その主張の基調は、「裕仁=平和主義者」論の再確認でしかない。軍部、陸軍にないがしろにされて
     軍事情報から遠ざけられ、その暴走に頭を痛めながらも立憲主義を貫いて、ひたすら平和を祈念し続けた裕仁。戦後一
     貫して強調され、裕仁死去の際には盛んに繰り返されたそんな主張を、ここに来て保阪はあらためて民衆意識の中によ
     り深く浸透させるための役割を、率先して買って出ているのだ。

以下、省略。全文は下記をご参照ください。
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東本高志@大分
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