[CML 038740] 今日7月26日は、70年前ポッダム宣言がだされた日

檜原転石 hinokihara at mis.janis.or.jp
2015年 7月 26日 (日) 10:13:45 JST


檜原転石です。

侵略戦争法案(安保法案)も含め安保条約は密接にヒロヒトに関係しますので、
ちゃんと歴史の事実を把握しておきましょう。



▼【抜粋】 『天皇の玉音放送』 小森陽一 (五月書房 2003年8月15日 第1
刷発行) (2005.8.3)

第二章 「玉音放送」を読み直す
http://www.kit.hi-ho.ne.jp/msatou/05-08/050803komori-gyokuon.htm

ポツダム宣言から原爆投下まで

「国体の護持」と「三種の神器」

このような状況誤認の判断がなされた最大の理由は、昭和天皇ヒロヒト及びその
側近たちの関心が、いかにして「国体を護持し、皇土を保衛する」のかというと
ころにしかなく、度重なる空襲による国民の犠牲など二の次三の次だったからで
ある。

事実、ポツダム宣言が発せられる前日の七月二五日、ヒロヒトが木戸幸一に問い
かけたのは、「三種の神器」が守れるのかということだけだった。もちろん「三
種の神器」とは、伊勢神宮に「御魂代(みたましろ)」としてまつってある「八
咫鏡(やたのかがみ)」と、熱田神宮にまつってある「草薙剣(くさなぎのつる
ぎ)」すなわち「天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)」と、現在は行方がわか
らない「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」のことである。・・・

 伊勢神宮が爆撃された翌日の七月二五日午前一〇時二〇分、ヒロヒトから呼ば
れた木戸は、「戦争終結につき種々御話ありたる」ことに対して、次のように答
えている。



「今日軍は本土決戦と称して一大決戦により戦機転換を唱え居るも、之は従来の
手並経験により俄に信ずる能わず。万一之に失敗せんか、敵は恐らく空挺部隊を
国内各所に降下せしむることとなるべく、斯くすることにより、チャンス次第に
ては大本営が、捕虜となると云うが如きことも必しも架空の論とは云えず。ここ
に真剣に考えざるべからざるは三種の神器の護持にして、之を全うし得ざらん
か、皇統二千六百余年の象徴を失うこととなり、結局、皇室も国体も護持〔し〕
得ざることとなるべし。之を考え、而して之が護持の極めて困難なる事に想到す
るとき、難を凌んで和を媾ずるは極めて緊急なる要務と信ず。」(『木戸日
記」、東京大学出版会、一九六六)



これが、はたして二〇世紀半ばの、近代国家における大人の会話なのだろうかと
疑いたくなる内容だ。「皇室」と「国体」を「護持」することが「三種の神器の
護持」という論理。

「本土決戦」に失敗すれば、敵が乗り込んできて、「大本営」、すなわちヒロヒ
トを大元帥とする直属最高統帥機関も「捕虜」となる可能性がある。さらに「三
種の神器」も守れない。すると「皇室も国体も護持」できない、だから「和を媾
ずる」べきだ、ということを木戸は進言しているのだ。

答が、このような内容なのだから、自(おのず)からヒロヒトの問いも明らかに
なる。私の身は安全なのか、「三種の神器」は大丈夫なのか、ということを木戸
に尋ねたのである。

日々空襲にさらされ、命を奪われている国民の危険など、一切関心の対象になっ
ていない。自分の身の安全と、自分の権力を支えるための象徴的器物のことだけ
が心配なのである。

さらに背筋が寒くなるのは、明治天皇以来、「帝国臣民」を国家に動員するため
に新たに捏造された建国神話の宗教的な呪縛に、その権力の中枢に身を置いてい
る者自身が、それこそ骨の髄までからめとられてしまっている、という事実である。

このときから六日後の七月三一日、ヒロヒトは木戸に次のように語る。



「種々考えて居たが、伊勢と熱田の神器は結局自分の身近に御移して御守りする
のが一番よいと思う。而しこれを何時御移するかは人心に与うる影響をも考え、
余程慎重を要すると思う。自分の考えでは度々御移するのも如何かと思う故、信
州の方へ御移することの心組みで考えてはどうかと思う。此辺、宮内大臣と篤と
相談し、政府とも交渉して決定して貰いたい。万一の場合自分が御守りして運命
を共にする外ないと思う」(同前)



ここでいう「信州の方」とは松代大本営のことである。戦争の末期に、米軍の空
襲から逃れて大本営を移転するために極秘に造られていた、長野県松代の大地下
壕である。この大地下壕建設のために多くの強制連行された朝鮮人労働者が働か
されていたのである。ヒロヒトと「三種の神器」と大本営の安全のために、強制
連行=拉致という国家犯罪が行われたことを、私たちは忘れてはならない。

 要するに、ヒロヒトは、ずっと「三種の神器」をどうやって自分が持って逃げ
るか、ということを考えつづけていたことがわかる。伊勢神宮が爆撃されて以
後、ヒロヒトは、自分の命と「三種の神器」の守り方しか考えていなかったので
ある。


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